表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11

このお話で一旦完結です。

「平凡な令嬢 エリス・ラースの憂鬱(仮)」に続く予定です。

 エリスがラース侯爵家に帰ると、ハルはラース家の地下室、別名、懲罰房に魔術を封じられ、決して解けない魔力縄で雁字搦めに縛られて放り込まれていた。顔は殴られたのか腫れ上がり、口元には乾いた血がこびり付いている。


 ハルを迎えに来たエリスは、ハルの様相にため息を吐き、パチリと指を鳴らして戒めを解いた。途端、ハルが凄い勢いでエリスの足元に縋り付く。


「エ、リス、様っ!」


 捨てられる恐怖に怯える駄犬は、必死に主人に縋り付き、許しを乞う。


「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありませんっ」


 足元に蹲り、恥も外聞も捨て去って、泣きながら謝るハルに、エリスは再度ため息を吐く。


「シャンとしなさいな、ハル。わたくし、美しいお前が気に入っているのよ?」


 ぐしゃぐしゃに乱れた髪を手櫛で直してやれば、ハルは揺れる瞳で見上げてきた。


「ふふ。シュウは厳しいわね。ハルがここまでやられたの、久しぶりに見たわ」


 温かなエリスの魔力が身体を巡り、ハルの身体を癒していく。そっとエリスが手を離せば、そこには髪を僅かに乱し、服はボロボロだが、怪我一つないハルの姿があった。

 しかし身体の傷は癒えても、ハルの表情から不安は消えない。ションボリと頭を垂らしている。


「エリス様。どの様な罰でも受けます。ですから、ですからどうか、捨てないで」


 エリスの服の袖を力無く握り、弱々しく懇願するハルに、エリスは苦笑した。


「……ねぇ、ハル。ブレイン殿下のお申し出はお断りしたの。とても情熱的な告白だったけど、わたくし、好きな人がいるのだもの」


 エリスの言葉に、ビクッと、ハルが肩を揺らす。


「それにね。わたくし、お兄様とのヒプレス勝負に負けてしまったの。残念な事に、ラース侯爵家を継がなくてはならないのよ」


 エリスは唇を尖らせた。父に倣ってヒプレス勝負で後継の座を賭けたはいいが、僅差で負けてしまった。全く見破れなかったがあれは絶対イカサマだと、エリスは確信していた。エリスもイカサマを駆使して兄との対戦に臨んでいたのだが、あと一歩の所で及ばなかった。


「侯爵家を継ぐのに、王太子妃にはなれないでしょう?殿下もお分かりになっていて、お気持ちに踏ん切りを付けるために、求婚なさったそうよ。存分に振ってくれて構わないと、笑っていらしたわ」


 言われた通り遠慮なくエリスが断ると、ブレインはどこか晴々とした様子だった。


 だがこの国の王太子など、ハルにはどうでもいい事だった。アレがエリスの側に纏わりつく羽虫でなければ、道端に転がる石と同じだ。興味はない。そんな事より。


「好きな……人」


 辛そうに顔を歪め、ハルは首を振った。


「嫌だ。認めません、そんな、エリス様に好きな人なんてっ!」


 駄々を捏ねるハルに、エリスは首を傾げる。


「あら、困ったわ。わたくし、侯爵家を継がなくてはならないのですもの。せめて結婚相手ぐらいは、心のままに好きな人を選びたいわ」


「ダメですっ!エリス様に、他の男なんて、嫌だっ!絶対に嫌だっ!認めないっ!そんなヤツ、私が秘密裏に処分してやるっ!」


「でも、どうしてもその人がいいのよ?ねぇハル?どうしたら認めてくれるのかしら?」


 エリスの一言一言が、柔らかく、だが確実にハルの心を切り付けた。ハルはそれに抵抗する様に、必死に言葉を連ねる。


「そんなのっ…、少なくとも、わ、私よりも有能で、私よりも剣も魔術も強く、私よりも優雅で完璧な所作を身につけ、私よりもラース侯爵家に忠誠が厚く、私よりもっ」


 熱の篭った涙目で、ハルはエリスを見つめる。


「私よりも、エリス様を深く愛せる男でなければ、認めないっ」


 ハルはエリスに跪いた。


「そんな男、絶対にこの世に存在しませんっ!私以上に、エリス様を想う男など、絶対にっ!」


 だから他の男など想わないでくれと涙に暮れるハルに、エリスはクスクスと笑った。


「ねぇ、ハル。学園を卒業したら、お前を専属執事から解任するわ」


「エリス様っ!!」


 絶望を漂わせ、ハルはエリスを呆然と見つめる。

 このまま。このまま、捨てられてしまうのなら、いっそ。エリスを攫って、逃げてしまおうか。誰も知らない場所に、彼女を閉じ込めて。2人きりで誰にも邪魔されない様に。誰にもエリスを取られない様に。


「考えてる事が怖いわ、ハル」


 いつものエリスの言葉で、暗い思考がパチンと断ち切られる。子どもの我儘を相手にしている様なエリスに、羞恥で頬が熱くなった。


「ねぇハル。もしかして最近、魔物の討伐と魔道具開発に力を入れてるのは、イジー家の陞爵の為かしら」


 エリスが跪くハルの髪をサラサラと撫でる。いつもならうっとりとその感触を噛み締めるのだが、ハルはエリスの言葉に激しく動揺し、それどころでは無かった。


「そ、それは…」


「もしかして。わたくしが将来輿入れする時に、子爵じゃ釣り合わないから陞爵しようと思ったの?」


 ハルは思わず顔を伏せた。エリスに知られぬ様、必死で努力していたというのに。優雅な水鳥が、水面下で足をバタつかせているのを知られた様で、ハルは惨めな気持ちになった。


「ふふ。ハルは向上心が高いのね」


 相変わらずエリスはサラサラとハルの髪を弄んでいるが、ハルはもう惨めな気持ちで一杯で、逃げ出したいぐらいだった。エリスは強くて美しいものが好きなのだ。だからハルはずっと、そうであろうと努力してきた。


 ただ、エリスの側に在るために。ただ、エリスの一番になりたくて。


 必死の思いで勝ち取ったエリスの専属執事も、エリスが学園を卒業すれば解任される。当たり前だ。エリスはラース侯爵家の後継となるのだ。彼女に懸想する執事など、エリスの未来の夫が許すはずがない。


 それなら、いっそ。

 もういっそ。殺してくれないだろうか。側に置けないと言うなら。一思いに。


 そんな事をハルが思い詰めていると、頭上から笑い声が聞こえた。


「ハル。貴方って、本当にわたくしの事が好きなのね」


 エリスに楽しそうに瞳を覗き込まれ、ハルは魅入られたように見つめ返した。


「楽しみだわ。ハルの成長が」


 エリスは悪戯っぽく笑った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 エリスの口調に、とろりと甘いものが含まれる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 頬に柔らかな感触。今まで近づいた事がない距離にあるエリスの顔。慣れた香りが鼻先をくすぐったと思ったら、すぐに温かさは離れていく。


「……」


 その時囁かれた言葉は、ハルの耳に、確かに聞こえた。


「ねえ、ハル。卒業まで2年よ。誰にも文句を言わせないように頑張ってね。楽しみにしているわ」


 サラリと、エリスは立ち上がった。その姿はラース侯爵家を背負うに十分な、強さと美しさを秘めている。


「先に戻るわね」


 でもその頬が、僅かに赤らんでいて、いつもの擬態とは違う、恥ずかしそうな素の表情は、ハルも初めて見るもので。ハルの心臓は、比喩でもなんでもなく、一瞬、その鼓動を止めた。


 懲罰房に一人取り残されたハルは、まるで夢でも見ていたような気持ちになった。


「エリス様がラース侯爵家の後継。今の私より、エリス様を愛する者があの方の隣に立てる」


 先ほど頬に触れた柔らかな感触が信じられず、頬を押さえた。妄想でも願望でもなく、確かに触れていた、柔らかなもの。

 

 ハルの口角が上がる。触れた箇所が、火を押し当てられたように熱く感じる。


「つまり今より高みを目指せばいいだけか。それで、あの方のお側にいられるなら、簡単な事だ」


 それにしても、とハルはため息を吐く。

 なんと、罪作りな人なのか。たった一言で、意のままに男を操るなんて。


 あの時囁かれたエリスの一言は、生涯、ハルの胸から消える事はないだろう。
















★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」


★「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常 」


こちらの作品も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんと素晴らしい…
[一言] 読んでいて小気味良かったです。 ハルを選んだ結末が満足度を上げてくれました。
[一言] 主人公、恐ろしい子(笑) 面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ