後編
最初の段階で外交官夫人から無視された上に『いないもの』扱いを受けたリリーは、当然というべきか、夫であるギルバート第一王子に泣きついたそうです。目に涙を溜めて「皆が私に意地悪をするの」とか「おば様方が若い私に嫉妬して嫌がらせをしてくるんだわ」とか「訳の分からない外国語で話しかけてきたのよ?どうして王国の言葉で話してくれないの?」など宣ったそうです。
伯父さまから聞かされた私はどこから突っ込んだらいいのか分からなくなりました。
「ギルバート第一王子に泣きつく前に、自分で外交官夫人との仲を改善しようとは思わなかったのですね」
「あの女にそんな器量はないだろう。寧ろ、悪化したようだ」
「まだ、ナニカしたのですか?」
「普通はしないだろうことをしたな。あれで王子妃だというのだから世も末だ」
嫌な予感がします。
伯父様が「クックックッ」と悪い顔で笑っているんですもの。
絶対に碌なことではありません。
「よりにもよって、外交官夫人の夫に泣きついたらしいぞ」
「は…い?」
何か言いました?
耳が遠くなったのでしょうか?
それとも聞き間違いでしょうか?
「残念ながら、聞き間違いでも何でもない」
あら。心の声がいつの間にか口に出していたようです。
「涙ながらに外交官夫人達の行為を訴えたらしい」
「訴えてどうするのですか?仲良くして欲しいと、夫である外交官から夫人に取り成しでも頼んだのですか?」
「いいや。訴えただけらしい。もっとも、アレは訴えたというよりも夫人達への不満や愚痴といった方が正しいだろうな」
「御自分の妻の不満を言われて相手は気を悪くしたことでしょうね」
溜息が出そうです。
余計に印象が悪くなるでしょうに。
「それがそうでもないようだ」
「と、言いますと?」
「なにせ、相手は若くて愛らしい王子妃だ。年配の男達にとっても悪い気はしないということだよ。日頃から気位の高い妻を相手にしている分、見た目が弱弱しい王子妃から“相談”をされて庇護欲が湧いた者もいるようだ」
意味が分かりません。
「しかも、懇ろになった外交官が数名いるらしい」
……呆れる他ありません。
リリーはなにを考えているのでしょうか?
不貞など許されない行為ですよ。
離縁どころか毒杯を与えられても文句は言えません。
「これで秘密の関係にしていれば公にはならなかったのだがな」
「バレたのですね」
「バレたというよりも、元から隠す気が無かった、といった方がよさそうだ。妻である外交官夫人の前でさえ親密さを隠さなかったと聞くからな」
頭が痛いです。
一体全体、なにをしているのですか。
ギルバート第一王子も何故止めないのですか?
外交問題に発展するでしょう。
「マリアンヌの言う通り、当然、外交問題になった」
あぁ、いけません。心の声がまた口から出ていたようです。
「ノルデン王国側がかなり譲歩したようだ。外交交渉でも不利になることを承知で王子妃の醜聞を抑え込んでいたからな。一応、公にはされなかった」
「公然の秘密という訳ですね」
「その通りだ。流石に下位貴族や一般市民は知らないだろうがな」
当然、リリーは『落第者』の烙印を押されました。
そして、外交に二度と出ないことを条件に、相手の夫人達はことを収めたそうです。それだけで済んで良かったですね、本来なら国際法で訴えられても仕方ありません。
相手も『若い王子妃』であったことも情状酌量の余地ありと思われたのかもしれませんね。
幾ら誘ったのがリリーからだとしても、世間が観れば、『世間知らずの幼い王子妃を誑かした悪い大人達』ですから。
「“公務がまともに出来ない王子妃”と揶揄されているらしい」
「こればかりは仕方ありませんね。彼女自身の問題です。名誉挽回するにも、大変な努力が必要となるでしょう」
「最近では“不義から生まれた王子妃”、“血筋の劣る王子妃”、“略奪が得意な王子妃”と噂されている」
あらあらあら。
やっと、リリーが義妹ではなく異母妹であることが分かったのですね。皆さん鈍すぎます。
「ずいぶん遅かったですね」
「全くだ。王家と公爵家が隠蔽し続けていたのだろう。だがマリアンヌが帝国人になったことで真実が表に出て来てしまった。王家と公爵家は今では批判の的だ。“身分制度を理解出来ない私情を優先する愚かな王家”、“大国の皇女を妻に娶りながら裏切り続ける卑怯な公爵家”、と揶揄されている。国内だけでなく、国外でも批判され噂が流れている」
「事実しか噂になってませんね」
「これが外交方面にも響いているようだ。ノルデン王国の外交官も第一王子も苦労しているみたいだぞ。政略結婚を疎かにし相手の女性を裏切り蔑ろにする国の人間は容易に約束事を破るだろうから信用出来ない、と言われてな」
お可哀そうなギルバート第一王子。
真実であるが故に否定することが出来ませんものね。
「外交の責めを負う形になるのですか?」
「そうなるだろうな。王家も公爵家も求心力を落としている。貴族も民衆も彼らを信じない。生贄が必要なのだろう」
「それでは離宮行きですか?」
「高位貴族は、それは甘い処置だと考えているようだ」
甘い?
いずれは『病死』ですよ?
それ以上の処罰をお望みとは。
「では公爵家に行きますの?」
「いや、公爵家は伯爵位に降格された。跡取りも遠縁から養子を貰ったようだ」
あら?
何時の間に。
「それなら王妃様の実家ですか?」
「王妃とその一族は落第者を匿うほど優しくはない」
それもそうですね。
かの侯爵家は実力主義でもありますもの。
「では……」
「平民の身分に落とされるそうだ」
「それは…また」
随分思い切ったことをなさいます。
ギルバート第一王子もリリーも平民として暮らすなど無理もいいところ。一日とて、もたないでしょう。
「第一王子の頑張り次第でそれは無くなることもあるようだがな」
「外交で、ですか? なんとか出来ることなのですか?」
「無理だろうな。妻と離縁して、改めて高位貴族の令嬢を正妃に迎え入れれば、”なんとかなるかもしれない”、といったところだろうからな」
「それこそ無理なことではありませんか。お二人は離縁出来ない夫婦なのですから」
「ははははははっ!!! 我が姪よりも遥かに劣る女を選んだのだ。しかも“真実の愛”と宣ってな。あの国の輸出が規制対象になったのも、輸入品の値段が上がったのも、不利な取引をせねばならなくなったのも奴らの自業自得だ!」
伯父様は思った以上に我慢していたようです。
ノルデン王国にも、王家にも、公爵家にも。
戦争になれば間違いなく帝国が勝ちますが謂れなき誹謗中傷を浴びてしまう恐れもあります。三年前にそう言って伯父様たちを説得したのですが、いっそのこと戦争で何もかも奪われた方が彼らも王国も幸せだったのかもしれませんね。
物価も上がり続けていると聞きます。
そのうち、一切れのパンを巡って殺し合いが始まるかもしれない、という噂も耳に入ってきます。
まあ、噂は誇張されて広まるのが常ですからね。
信憑性はありません。
どこまで本当なのか分かりませんが、諸外国から経済制裁を行われて通常に機能しているはずありません。噂も事実である可能性が高いでしょうね。
実際、そうなってしまっても帝国には関係ありませんから助けようがございません。
私が王太子妃にでもなっていれば話は別だったでしょうけれど、お気の毒に……。
恥ずべき行為を行ってきた自分達を恨んでください。
帝国の目を気にして経済制裁を自ら行った諸外国ですが、私たちはなにも言ってませんよ?
ただ、帝国の外交官の一人が「約束を常に反故にする国と仲が良い国のことも色々と思うことがある」と仰っただけですもの。
ね、なにもしていませんでしょう?




