第76話 魔法士見習いクリスのお話 その1
魅力的なキャラクターを出したいのですが、彼は魅力的でしょうか?
僕の名前はクリス。
みなしごです。
先日十二歳になりました。
一応、男です。
僕には、お師様がいます。
ずっと昔に両親を魔物に食い殺された僕をひろい、育ててくれています。
僕は、この人にとても感謝をしています。
なにせ才能のない僕を、魔法士として鍛えてくれているからです。
「ただいま」
いつも通りのすました顔で、お師様は帰宅しました。
疲労した様子は一切ありませんでした。
「お帰りなさい!お師様!」
「クリス。これ、洗っといて」
帰ってくるなりお師様は、いつものように余所行きの服をポイポイと脱ぎ捨てました。
お師様はまだお若いのに、恥ずかしげもなく僕の目の前で着替えます。
この家は狭いので、居間とお師様のお部屋と僕の部屋はぶち抜きで繋がっています。
正直言って、かなり、眼の毒です。
それにしても、流石はお師様。
つい三十分程前に出て行ったばかりだというのに、もう仕事を終えてしまったようです。
『森の聖地に巣くった“悪霊”を退治して欲しい』
本来ならば街の聖職者に依頼されるべきその難題は、人間嫌いの森人たちの性格が災いして、僕のお師様の元に流れ着いていたようでした。
ひょっとしたら、彼らの信ずる自然な在り方とは対極にある街に足を踏み入れることが我慢ならなかったのかもしれませんが。
とにかく、必死な様子の森人からの依頼を受諾したのがつい先日。
何か特別な準備をするでもなく、優雅に昼食を済ませたのが一時間前。
『ちょっとひねってくるわ』と言って、お師様が出かけて行ったのが三十分前。
夕食までにはお戻りになるのかな、などと思っていたのがつい五分前のことでした。
そして、やっぱり僕のお師様は素晴らしい魔法士なんだなあ、と感心したのが今この時です。
“悪霊”とは、死んでなおこの地上に強い執着心を持ち、それを満たさんがために周囲に害をなす“幽霊”の一種です。
生半可な武器では彼らの未練を断ち切るどころかその実態を持たない身体に触れることすらできないため、魔法的な能力か、あるいは聖職者の祈りが無ければ対抗することはできません。
また、例えその一時に彼らを退けられたとしても原因が取り除かれない限り彼らは何度でも蘇り、永遠にその場にとどまり続けるんです。
「こんなに早く済ませるだなんて、一体どうやったんですか?」
僕はお師様の美しい肌から眼をそらしながら、問いかけました。
僕もいい加減に多感な時期になっているというのに、お師様は気にもしてくれません。
この女性にとっては、僕はいつまで経っても泣き虫小僧なのでしょう。
「アタシの手で地獄に堕とされるか、自分で天上に逝くかを選べって言ったのよ」
「ああ、それは・・・」
僕は、その名も知らぬ“悪霊”に同情しました。
一般的な人間種よりも魔法に通ずる森人が手を焼くような“悪霊”であっても、僕のお師様はゴキブリ程度の脅威すら感じないでしょう。
以前、二万年も昔から悪行を重ねていたという不死人を退治した時だって、まったく抵抗らしい抵抗をさせなかったのですから。
僕のお師様は、きっと邪神だってやっつけてしまえるような、とっても偉大な方なのです。
決して誘惑に負けた訳ではない僕の尊敬の眼差しをよそに、お師様は箪笥をごそごそとやっていました。
しばらくして引っ張り出したのは、いつもの代わり映えのしない黒色の服でした。
お師様はとてもお美しいのに、黒色以外の服を着たがりません。
多少は生地や仕立が違ったりしますが、色だけは必ず黒色にこだわるんです。
きっと、他の色でもお似合いでしょうに。
以前、興味に任せて訊ねてみたのですが、なんだか照れたような顔で誤魔化されました。
『だって、アタシに一番似合う色は黒ですもの』
その少女のようにはにかんだ笑顔は、僕の大好きなお師様の顔です。
「じろじろ見ないの、純情少年」
僕の視線に気づいていたらしく、お師様は釘を刺してきました。
「ごっ、ごめんなさい!」
僕はお師様の服を抱きしめると、急いで洗濯場まで走っていきました。
街からちょっと離れた、鬱蒼とした木立の中。
ここには、お師様と僕が暮らす小さな家があります。
お師様はお金持ちなのに、何故だか街で暮らしたがりません。
こんなところよりも、ずっと便利な生活ができるでしょうに。
以前、興味に任せて訊ねてみたのですが、なんだか不機嫌そうな顔で誤魔化されました。
『だって、街には嫌なヤツがいるんですもの』
その少女の様に口を尖らせた不満顔は、僕の大好きなお師様の顔です。
「よいしょっと!」
僕は家の外の洗濯場までやってくると、大きな桶の中にお師様の服を入れて、愛用の杖を腰から抜き放って詠唱を始めました。
“念動”。
教わってから日が浅いこの魔法は、手で触れずとも離れた物を動かすという魔法士の代名詞的な魔法です。
これがまともに扱えてようやく一人前の魔法士、ということなのでしょう。
「今日こそは・・・」
僕は小さな桶を宙に浮かせて、大きな水がめの中にまで移動させました。
そして水でいっぱいになったその桶を、再び宙へと浮かび上がらせました。
この家の中では鍛錬の一環ということで、街では普通に使用されている魔法製品の一切の使用が禁止されています。
まあお師様ほどの使い手になれば、それら高額な魔法製品の能力の一切を片手間で再現できてしまうため、買う気にならないのでしょう。
でも、僕は違います。
「集中、集中・・・」
水を入れて重くなった桶は、実際に自分の手で運ぶよりもよほど消耗してしまいます。
魔法士でない方々にはピンとこないのでしょうが、魔法ってそんなに万能なものではないんです。
そもそも魔法を一つ覚えるのだって、膨大な時間と労力が必要なんです。
父親の形見の呪文書に掛かれていた内容を、長い時間をかけて理解したり。
はたまた、教えて貰った魔法を長い時間をかけて呪文書に書き込んだり。
それを使うのだって、大変です。
今使っている“念動”はそうでもないですが、より強力な魔法は特別で高価な構成物質が必要だったり、場合によっては年単位で下準備が必要なものもあるそうです。
さらに、発動した魔法を使いこなすのだって苦労するんです。
特に長い時間魔法を維持しなければならないとなると、意識をその魔法に集中しなくてはならないため、とても強い精神力が必要になります。
そうやって初めて、僕ら魔法士は便利で不便な魔法を使うのです。
まあ僕はまだまだ見習いなのですが。
「うわわっ」
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、集中力を欠いてしまったようです。
あとほんのわずかで成功というところで、水の重さに耐えきれずに桶が傾きました。
ばしゃん!
洗濯ものが入った桶の中ではなく自分の足元に水をぶちまけてしまい、僕は盛大にため息をつきました。
お師様の元に来てから、すでに七年目。
毎日毎日一生懸命に鍛錬や勉強をしていますが、一向に上達する気配がありません。
いい加減に才能がないことは自覚していましたが、僕のお師様は気にもしていません。
お師様程の超々天才にとっては、多少の才能の有無など道端の石ころ同士の競り合い程度にしか思えないのでしょう。
だからお師様は、『気長にやればいいわ』と優しく慰めてくれるんです。
僕は杖を置いて腕と膝をまくり上げると、陰鬱気分で転がっていた桶を拾い上げ、改めて水を汲みました。
「冷たっ!」
「まだまだねぇ、少年」
「ぐすん。僕って、才能のない駄目なやつです」
「大丈夫よ。才能なんかなくったって、大成するわ」
「ほ、本当ですか?」
「大成するまで、お尻を叩くもの」
「・・・」




