第75話 続・交流について 後
異界の友人らが毎日の昼餉を食する場所。
ガクショクなる場所で、私と師匠は隣り合って卓についていた。
その周囲は、当然異界の友人たちが固めている。
今から始まる私たちの昼食を、見守るつもりなのだ。
「なに、これ・・・?」
「なんだ、これは・・・?」
私と師匠は、同時に声を上げた。
目の前に並べられた、大きな深い皿。
その中には、冒涜的な光景が広がっていた。
まず目につくのは、薄茶色い汁である。
恐らくさまざまな材料で出汁を取ったのであろうそれは、今までに嗅いだことのない、しかしなんとも食欲をそそる奇妙な香りの湯気を立てていた。
それだけではない。
汁の上には、大きな大きな二枚の薄切りの肉と、少しばかりの刻まれた野菜が乗せられている。
一見すると、なんとも粗雑な汁料理である。
しかしてその実態を示すのは、さらに下から顔を覗かせているものである。
なんと。
汁の中には、麺が漬かっていたのだ。
ありえない。
ありえない光景である。
普通、麺というものは、時間の経過とともにかけられた醤などの水分を吸い取ってしまうものだ。
そうやってふやけた麺は、絶望的な程に味が悪くなり、よって短時間での完食が必須だ。
それなのに、これはどういうことだ!?
なんでわざわざ大量の汁の中に、麺をいれてしまうのだ!?
しかもこの汁は、立ち上る湯気から相当な高温であることが分かる。
つまり、熱々の麺を、大急ぎで完食しなければならないということだ。
「これって、ごうもん!?」
「そんな筈はない。彼らは、純粋に歓迎してくれている。つまり・・・」
つまりこれは、異界では。
このニホンにおいては、普通の食べ物なのだ。
らぁめん。
その不思議な響きの名前を持つ料理は、まさに冒涜の二文字がふさわしい。
味の落ちやすい麺を、このように食べにくい形で出してくるだなんて・・・!
『さあ、どうぞ召し上がれ!』
異界の友人、ショウタロウは、笑顔でそう言った。
その眼に、邪な感情など一切浮かんではいない。
ただただ、私たちを喜ばせたいという思いがこもっているだけなのだ。
私と師匠は冷や汗を流しながらも、肉叉を持ち上げた。
ここまであからさまにむけられた善意を無碍するなど、街の代表として許されない。
いや、それ以前に、女がすたるというものではないか。
「ええいっ!」
「ままよっ!」
私と師匠は、大急ぎで祈りをささげた。
本来私は、偉そうな神様に感謝なんてする娘ではない。
祈りの文句の意味だって、まともに知らないのだ。
だが、この地獄を表現したような料理を食すためには、救済の女神の加護が必須のように感じられたのだ。
毎日耳にしている師匠の言葉を、必死で真似て祈りをささげると、私と師匠は麺が伸びないうちにと、急いで“らぁめん”に突撃した。
「あっつい!」
予想していた通りに、汁は高温だった。
当然、その中に浸されていた大量の麺もだ。
金属製の肉叉は即座にその熱を伝え、麺を絡ませてそれを口に入れるたびに、麺と肉叉の熱で口の中を焼かれるような思いだった。
だが、しかし・・・
「うむ・・・!これは!」
師匠の、歓喜の声が聞こえた。
分かる。
分かるよ、師匠。
この料理は。
この冒涜的な料理は。
「うまい!」
そう!
とてつもなく、旨いのだ!
この汁は、独特の風味でありながらしつこくなく、大きく底の平たい匙で何杯でも飲めてしまう。
肉と野菜は、大量の麺に飽きた舌を楽しませてくれる。
汁、麺、肉!
汁、麺、野菜!
交互に、交互に!
口を休めず!舌を休めず!
ああ、なんて。
なんて、素敵な料理なんだ!
気が付くと、私と師匠は汗だくになって汁を飲み干していた。
僅か十分足らず。
完食である。
その食べっぷりに、異界の友人たちは歓声を上げた。
『やった!』
『喜んでもらえた!』
『これぞ、附中の学食伝統の味ってね!』
そんな中、私と師匠は満足げな顔で。
いや、師匠はいつもの無表情の中にどこか喜びを湛えて。
女神アリシアさんへと感謝の祈りをささげていた。
楽しい時間というのは、かくも早く過ぎ去っていく。
あっという間に制限時間が過ぎ去り、私たちは管理区画へと戻ることになった。
名残惜し気に私と師匠を取り囲む子供たちに、私は笑顔をむけた。
『また、会おうね!きっとだよ!』
『うん!また、あおう!』
ほとんど半泣きの女の子から異界のお菓子の包みを受け取り、私は頷いた。
両手で抱える程のこれは、彼らの手作りに用たくさんの甘い菓子である。
文通で私の好物だと知っていたので、わざわざ用意してくれていたのだ。
勿論だとも。
素晴らしい、私の友だち。
必ず、また会おうではないか!
『これ、どうぞ。大学の先輩方が醸造したもんです』
『これは・・・!かたじけない』
師匠の方は男の子から、何やら紙で包まれた怪しげな品を受け取っていた。
その形状から、瓶のようなものだと推測できるが。
ということは、中身はあれか。
私は、こそこそとそれらを身体の影に隠そうとする師匠を半目で眺めた
だがまあ、こんな素敵な日なのだ。
野暮なことは言わないでおこう。
『さあ、急いでください!もう時間がありません!』
正門のすぐそばに停められた馬なし馬車から、緑服の男が顔をのぞかせながら怒鳴っていた。
残念ながら、こうして別れを惜しむ暇すらないらしい。
周囲の子どもたちが、悲痛な顔で別れを惜しんでくれていた。
その様子を見て、私はやっと一つの事実を理解した。
そうか。
この人たちも、私と同じなんだ。
お互いを友だちと信じ、再会を喜び、そして別れを悲しんでいる。
その心は、私たちのそれと同じ。
世界は違えど、私たちは同じ。
そうとも。
私たちは、友だちだ!
『だいじょうぶ!あんしんして!』
私は、つたないニホン語で、大声で叫んだ。
きちんと発音できているだろうか?
いや、そのようなことはどうでもいい。些末な問題だ。
なぜなら。
『わたしは、また、ここにくる!』
なぜなら、私と彼らの心は同じ。
ならば、私の気持ちは、絶対に伝わる筈なのだから!
『きっと、ぜったい、また、あいにくるから!』
私は恐れず、卑屈にもならず。
笑顔で、高らかに宣言したのであった。
『今日は、本当にありがとう』
『いえいえ。楽しんでいただけて、私たちもうれしいですよ』
黒と緑の男たちは、初対面の時とは全く違う態度で。
まるで互いを良く知った友のような表情で、私たちを見送りに来てくれた。
残念ながら、学生であるショウタロウたちはこの管理区画まで入ることが許可されていないため、最後はこの二人と周囲の軍人たちだけだ。
だが、寂しくはない。
今回のことではっきりと分かったが、異界の人々は決して私たちを嫌っている訳ではない。
彼らは精一杯の準備をして私たちを歓待し、私たちを受け入れてくれた。
これから先は、きっと。
もっと交流が増えるだろう。
なにせ私たちと彼らは、同じ。
同じ心を持つ、友達なのだから。
『では、またお会いしよう。異界の友人たち』
師匠のニホン語での挨拶に倣い、私も別れの言葉を告げた。
『またね、ニホンのともだち!だいすきだよ!』
そう言って、満面の笑みで手を振ると。
黒と緑の二人の男は、微笑みを返してくれた。
そしてなぜか、周囲の軍人たちも、顔をふにゃふにゃとさせていたのだった。
私と師匠は、それを満足げに見届けると。
両手と胸の中に一杯のお土産を抱えて、“環”を下りて行った。
「らぁめん、らぁめん・・・」
「我慢だ。我慢だよ、君」
「らぁめんたべたい、たべたいよう・・・」
「ええい、仕方がない。許せよ、君。・・・とりゃっ」
「ぐえ」
「よし。・・・私だって、我慢しているんだ」
「・・・」




