第18話 第二百三十七回 異界交流記録
カチリカチリと、手中の九ミリが空しい音を立てていた。
全ての弾丸が吐き出されているというのに、自分は未だに引き金を引き続けていたのだ。
どれ程に訓練を積んでいても、実戦経験の無さは誤魔化せなかったようだ。
ゆっくりと、自分のシグを掴んでいたもう一つの手が離された。
「落ち着け」
目の前の異世界人は、静かに言った。
口から大量に吐血していたため、非常に聞き取りづらかった。
ありえない。
自分は、何度もその言葉を繰り返していた。
心臓のある位置に向かって、至近距離から九発。
全弾命中したはずなのに、死ぬどころか倒れもしていない。
化け物だ。
やはり異世界の人間は、化け物なんだ。
「ちがうよ。私も君と同じ、人間だ」
燃えるような赤毛の男は、腰を抜かしていた私から離れ、隣で横たわっていた佐々木中尉に手を伸ばした。
「だめか。すまない」
そう言ってその男は。
青年は、静かに何かを呟き始めた。
まるで、祈りを捧げているようだった。
一体何が引き金だったのだろうか。
自分が、彼らの持つ“剣”を時代遅れと笑ったことか。
あるいは、彼らが自分達を“ひ弱”と罵ったことか。
目の前の惨状を前にしては、上手く頭が回らない。
とにかく確かなのは、あちらさんと自分達とで、ちょっとした取っ組み合いが始まったことだ。
もともと、お互いに良く思っていなかったのだろう。
自分達地球人と異世界人には、肉体的に大きな差がある。
単純に、彼らの身体能力が高すぎるのだ。
彼らにとっては軽く小突いたつもりでも、自分達にとっては全力で殴られた程の痛みや傷を伴う一撃なのだ。
そう。
異界の代表の一人である彼は、ちょっとばかり強く小突いたつもりだったのだろう。
そして小突かれた自分は、派手に転がって意識を失ってしまった。
断じて言うが、大げさに表現しているのではない。
彼らは、本当に優れた肉体を持っているのだ。
“初接触”の際に判明したことだが、拳銃程度では至近距離か、あるいは急所に数発当てない限り、彼らにとっては致命傷にはなりえない。対して自分達は、彼らの剣による一太刀で容易に死に至るのだ。
だから異世界の住人らと会談をする際には、自動小銃を携行することとなっていた。
非常識なことだが、異世界の代表団たちは封建的な社会制度における貴族であるらしく、片時も剣を手放そうとはしなかったからだ。
向こうが自分達の命をいつでも奪えるというのなら、こちらもそうであらねばならない。
そんな上層部の強硬な姿勢を反映する形で、話し合いの場所に最新の八十九式なんていうものを持ち込む形になってしまったのも、この惨状の原因の一つだろう。
「そりゃ、そんなもの持ってたら撃っちゃうだろ。しょうがねえだろ・・・」
自分が殴られたことに怒った同僚は、反射的に小銃を異世界人たちに向けてしまった。
彼らだって、馬鹿ではない。
自分達が持っているものが、人を殺すための道具だってことが、分かってたんだ。
畜生め!
そこからは、なし崩しだ。
ほんの十秒ほどしてから意識を取り戻した時には、もう手遅れだった。
目にしたのは、飛び交う銃弾と魔法と、あと剣戟だ。
自分以外の同僚二人と外交官は、剣で切られたり、焼かれたり、凍らされたりして、一人としてまともな死に方をしてはいなかった。
あちらさんだって、似たようなものだ。
この小会議室の中では、ハチキュウの弾を防ぐものなどありはしない。
自分を小突いた彼も、全身に穴を開けて血を垂れ流していた。もう一人の彼の仲間も同じだ。
下らないきっかけだったはずなのに、なんでこんなことになっちまったんだ。
全てが終わった後。
恐慌状態になった自分を、この赤毛の男が落ち着かせようとしてくれた。
その際に、自分は腰の九ミリで・・・
「何事だ!?」
近くで控えていた同僚達が、どやどやと会議室へと踏み込んできた。
そして惨状を目の当たりにし、自分へと駆け寄ってきた。
「おい、大滝!大丈夫か!?何があった!?」
同僚の一人が自分の肩を揺するが、自分には返事ができなかった。
後で聞いて分かったのだが、ストレス反応だったのかもしれない。
「おいお前!動くな!」
他の同僚達は、残った一人に向かって銃を構えていた。
自分は、それをただぼんやりと見つめていた。
「通してくれ」
いつの間にか、赤毛の男は穴だらけの異世界人を両肩に担いでいた。
彼のシャツの胸元には穴が開いていたが、血の一滴もついていなかった。
自分が打ち込んだはずの九ミリの弾痕も、何故かそこからは見えなかった。
「動くなと言っている!」
同僚達は、血の臭いに当てられたのか、興奮しきった口調だった。
赤毛の男は首を振り、構わず会議室の出口の方へ、つまり同僚達の方へと歩き出した。
即座に、発砲音が響いた。
合計五発。
ぼんやりしていても、訓練のおかげで数えることが出来ていた。
赤毛の男は、額と右目と右胸に穴を開けていたが、倒れる様子はなかった。
先程と同じく、いくつもの致命傷を受けているはずなのに、まったく意に介さずに同僚達の顔を見回していた。
同僚達の息を呑む声が聞こえた。
やはり、そうだ。
この男は、自分達では殺せない。
自分達では、止められない。
赤毛の男は、また静かに歩き始めた。
同僚達は銃を構えたまま、出入り口から離れた。
男は「ありがとう」と礼を言い、会議室を出ていった。
記録終了