第19話 交流について 後
巨像群の前で、彼らはにわかに騒ぎ始めた。
一体、何をそんなに興奮しているのだろうか。
「私にも、よく分からない」
師匠が首をかしげながら、異界の子ども達を眺めていた。
「自由な銃の少年?移動式の服?分からないな」
彼らが口々に叫ぶ言葉を翻訳しているようだが、私にも何がなんだか分からなかった。
異界からの子ども達との出会いの後、私達は彼らを巨像群へと案内した。
と言っても、“環”が管理されている施設から昇降機を幾つか乗り継いで、建物の内部を標識に従って歩いてきただけだ。
時間だって、十分程度しか掛かっていない。
なにせ今回の交流は、たったの二時間という限られた時間しか許可されていないのだ。
本当だったら、私の行き着けの菓子屋とか服屋なんかを案内したかったのだが。
せっかく同年代の子ども同士で交流できるというのに、残念でしかたがなかった。
「じきに、それができるようになるさ」
師匠がそう慰めてくれたが、本当にそのような時は来るのだろうか。
予定通りに巨像群へと到着すると、まずは並び立つ巨像の視察が始まった。
なぜだかニホンの人々の、特に男性は、これらを見ると異様に興奮するのだ。
そんなに珍しいものなのだろうか。
「巨像を表現する言葉は幾つかあるようだから、似たようなものならあるのかも知れないな」
次に、隣接している食事処や土産物屋へと移動した。
今回は異界からのお客様が着ているので、街の住人はいない。貸切状態だった。
いつもなら大勢の客が入ってくるお昼時なのに、お客が三十人とちょっとしかいなかったため、私達が入った料理店の店員たちは微妙な顔つきだった。
これらの店舗の成り立ちから考えれば、本末転倒ではあるが。
異界からきた彼らにとっては初めて見る、そして初めて食す料理だったが、喜んでもらえたようだった。
あちらにも似たような食器があるようで、私などよりも余程行儀よく食事をしていた。
そう。
異世界の客人たちが食事をしている中に、師匠と、そして私も加わっていたのだ。
あまり師匠の手伝いにはならなかったが、とにかく私も彼らへの案内をしていた。
はっきり言って、ニホン語はまったく分からなかったので、殆ど身振り手振りでの説明ばかりだった。
それでも彼らは察しが良いようで、私の意図するところをきちんと把握してくれていた。
それどころか、私たちの標準語でお礼すら言ってくれた。
恥ずかしい話だが、私には同年代の知り合いが殆どいない。
故郷に帰ればいるにはいるが、知り合いではあっても友人とは言い難い関係の人間ばかりだ。
だからなのだろうか。
言葉通じぬ異界の子ども達との触れ合いは、とても楽しいひと時だった。
私よりも二周り程年上と思しき彼らは、それでも私を軽んじることなく真摯に接してくれていた。
ちょっと鼻筋の通った顔つきの少年が片言で、『かわいいね』などと言ってくれたときには、思わず顔を赤らめてしまったし。
私が進めた氷菓子や土産物も、女の子達には好評だった。
お互いに似合いそうな服飾品を見繕ったり、ちょっとした魔法の芸をする店なんかを一緒に視たりするのは、とても新鮮な経験だった。
写真機を使用することを許可されていないことが、心から悔やまれた。
ああ、そうか。
私は異界の子ども達に囲まれながら、ちらと師匠の方を見た。
異界の大人二人と、遠巻きにこちらを見ていた師匠は、少しだけ。
ほんの少しだけ微笑んでいた。
師匠は、街とニホンとの交流だけではなく、私と異界の子ども達との交流を図ってくれたのだ。
楽しい時間というのは、かくも早く過ぎ去っていく。
あっという間に二時間が過ぎ、再び私達は“環”の前へと戻ってきていた。
「きょうは、どうも、ありがとう」
子ども達の代表として、一番背の高い男の子が、私達にお礼の言葉を述べた。
交流は、つつがなく終了した。
二時間前には不安で一杯だった彼らは、今では両手に一杯のお土産を抱えて、満足げな表情を浮かべていた。
私たちの街を楽しんでもらえて、本当に良かった。
私は、素直にそう思った。
「この交流で、少しでもチキュウとの距離が縮まるだろう」
師匠は、私の両肩に手を置いて言った。
「では、仕上げだ」
そして私の耳元で呟いた。
ええっ!?私が!?
「さあ、行っておいで」
師匠が私の背中を押した。
私はぎくしゃくしながら、その男の子の前へと歩み出た。
私の緊張が伝わったのか、男の子も少し身を硬くした。
私は、大きく息を吸い込み、意を決した。
そして私は、ちょっとびくびくしながら、右手を男の子に差し出した。
それを見た男の子は、あっと口を開けて、顔を赤くした。
そんなに照れないで欲しい。
私の方が、もっと恥ずかしくなってしまうではないか。
男の子は赤面したまま、私の右手をそっと握った。
生まれた世界は違っても、こうして私達は、分かり合えるのだ・・・
「あ、言い忘れていた」
私が男の子の手を握り返そうとした瞬間に、師匠が突然言った。
「あまり力を込めてはいけないよ」
その言葉の意味を私の脳みそが理解し終わる前に。
目の前の男の子は、私が握り返した右手の手首を押さえて叫び声をあげた。
ちょっと握っただけなのに。
これだけ言葉を交わしても、やはり人と人とは分かり合えないらしい。
例え同じ世界に生まれ、価値観の大部分を共有し、同じ言語を理解し、共通の文化を持っていたとしても。
「まったく、君の言う通りだな」
そう応える師匠の手が、私の方へと伸びてきた。
しかし私は、卓上へと跳び退ってそれをかわした。
「皿を置く場所にっ」
師匠が珍しく声を荒げて追いすがってきたが、私だって負けてはいない。
つま先で卓上の籠を引っ掛け、師匠の方へと蹴り上げた。
籠は宙を舞い、中身の林檎がばらばらとぶちまけられた。
「食べ物を粗末にっ」
師匠がさらに声を荒げ、目にも留まらぬ速さで空中の林檎をぱぱぱっと受け止め、同じく受け止めていた籠へと仕舞っていった。
しかし、最後の林檎に手を伸ばしたところで邪魔が入った。
「しろすけぇっ!?」
師匠の右腕に、林檎を横から掻っ攫おうとしたしろすけが噛み付いていた。
そのまましろすけは、師匠に覆いかぶさるようにして押し倒してしまった。
「約束しただろうっ、次は私が連続戯曲を視る番だとっ」
途端に始まる、二頭の獣による醜い争い。
師匠は私に言葉をかけるが、しろすけへの対処で手一杯のようだった。
師匠が私の追跡から林檎の防衛へと完全に移行したのを確認して、私は悠々と席寝椅子へと身を投げた。
そして手の中に大事に持っていた遠隔操作機を、目の前へと向けた。
『それでは、今日はこの方から歌っていただきましょう!』
受像機から予定通りに贔屓の歌番組の映像が流れ出したことに安堵し、私は菓子の袋を開けた。
「もう君は一時間視ただろう。次は私が・・・くっ」
しろすけに右手ごと林檎を飲まれながら、師匠は権利を主張してきた。
しかし師匠は今、“手が離せない”状態だ。
ならば私が代わりに視ても問題はない。
「これだけ言っても、分かってくれないのかっ」
びったん、どったんと暴れまわる獣達に辟易して、私は受像機の音量を上げた。
なおも師匠が私に声をかけてきたが、もう何を言っているのか分からなかった。
対話とは、言葉とは、時に無力なのだ。
「なんでくみあいいんじゃなくて、ししょうがつうやくしたんですか」
「それについては、単純な理由がある」
「なんですか」
「組合員のニホン語習得が間に合わなかったからだ」
「・・・」




