7話「トロール戦:2」
「待たせたね」そこには騎士レオン=ハースブルクが立っていた。
「すまないハイル、ここに居てくれ。すぐ終わらせる。」
そう言ってハイルの肩に乗せていた手をよけ、トロールの方へと足を向けた。腰据えた剣は抜かずに険しくも凛々しい目を奴らに向けた。
「なんだよぉ…さっきから邪魔しやがってぇ。おいガノ!こいつは条件に合わねぇからそのメスみてぇにぶっ潰してもいいよなぁ??」
グーテがイラつきながらそう言って背中にあったこん棒を手に持つとレオンの方へと歩いてきた。
素手でさえあんなにも怪力を発揮するのにトロールが使うこん棒の大きさで、いくら親衛隊長のレオンは剣も抜かずにどう終わらせるというのか。
「待てグーテ。こいつは外の奴らに任せておいた小人かもしれねぇ。ここにいるのはありえねぇ話だがなぁ。」
そうだ。確かに外にはここにいるトロールより強いらしい奴らがレオンの班を足止めするはずだった話だが、ここにいるというのはそれを突破してきたという事になる。もしかしたら本当に一人でこいつらの相手ができるかもしれない。
「残念だがあり得る話だ。外に居たあなた達の仲間は退治させてもらった。さすがにあの数相手にするのはこちらも少し手こずらされたよ。でも……相手が二人だけなら、先程みたく剣で牽制する必要すらないようだね。狭い洞窟だしね。」
剣で牽制して退治?剣を使ったらしいが本来の使い方ではないと思った。それに気のせいだろうかレオンは余裕な顔をしていた様に見えた。やはりやってくれるのかこの騎士は。するとグーテはレオンの言葉に怒りこん棒を振り上げながらレオンへと走って言った。
「待て!グーテ!そいつは例の剣聖候補ってやつだぁ!」
ガノは怒りやすいグーテに言っても無駄な助言を言った。ハイルも予想はしていた。そんなこと言ってこの怒り狂ったトロールを止めようとするのはもう遅いと。あとはレオンに任せるしかない。
「ナメやがってぇクソォ!なら剣聖らしく礼ェ儀正しく武器持って来いってんだぁ!オラァァァ!」
グーテはレオンの居た場所に思いっきりこん棒を振り下ろした。衝撃が広がり、岩が飛び散って土煙が舞った。よくわからない状況だが常人なら間違いなく肉片となっているだろう。徐々に土煙が晴れてきて一番初めに見えたのはグーテの顔だ。満足げな顔でニヤついている。
「へへへ。ちょいぜ…な!?」
あり得ない話だった。いやむしろ剣聖候補と言われているからいだからあり得ることなのか。只々混乱状態だった。なぜならそこには左腕でこん棒を軽々と受け止めているレオンがいたからだ。
「生憎、まだ剣聖ではないんでね。」
グーテは目の前の状況の整理が追いつかなかった。戦いでは一瞬の遅れが機転を左右することをハイルでも知っている。もっとも今、もしもレオンが遅れをとったとしても戦いが左右することはないだろうという力の差を見せつけられ、グーテ自身も感じたであろう。
レオンは受け止めた左腕でこん棒を振り払い、一気に距離を詰めて右足を軸にして体を捻り、左足の踵をグーテの腹に押し込めた。回し蹴りだった。
「グハッーーーー」
トロールは吹っ飛んだ。なるほど、おそらく外にいた連中は剣で牽制されるくらいだからもっと酷い目に遭ったに違いない。頭から洞窟の端の岩へと突っ込んでいるグーテは動かない。一撃の威力が半端じゃないらしい。狭い洞窟が崩れそうだった。上から小石が少しばかり降ってきて洞窟が唸っていた。出発前にレノが言っていたレオンの強さ逆に仇となるというのは冗談じゃなかった。
服のシワを整えながらレオンはガノを睨む。
「険しい環境下での戦闘は加減が難しいんだ。それに仲間も負傷しているし、ここは大人しくその手に握っている女性を降ろして投降してくれないか?ここが崩れてしまう前に」
洞窟の唸りはまだ続いている。じきに崩れてしまうだろう。レオンはわざとそうしたのか、それとも本当に加減ができなかったのか、だとしたらとんだ迷惑だ。ガノは初めて焦りの表情を浮かべた。投降する様子はないが、グーテよりは冷静なガノはパンを握り潰す様子もない。しばらく黙り込み、何かを思いついたように焦りながらもにやつき、口を開いた。
「…へ、へへ、降参だぁ。だから逃がしてくれよぉ、なぁ?」
「女性を降ろすんだ。」
「ああ、今降ろしてやるから……よぉ!!」
なんとガノはパンを投げつけてきたのだ。レオンもこれには驚き咄嗟にジャンプしてパンを受け止めた。パンは脇腹から出血していた、それも大量に。レオンが治療の術を持たない限りこのままだと出血死してしまう。さっきから受けるダメージが大きなものだから恐らく長くは持たないだろう。レオンはできるだけパンに負担をかけないように着地すると出血に気づき、苦い顔をした。
「レオン!パンの腹から血が!長い時間あいつに掴まれてたんだ早く治療しないと…」
「くそ…不甲斐ないが治療魔法は簡易的なものしか施せない」
するとガノはその事を好機と見て近くにいたレノを今度は握りだした。レノは強く握られ口から血を吹き出し、片手に持っていた短剣を離してしまった。短剣は崩れ行く洞窟に金属音を響かせレノから離れてしまった。
「レノ!あいつ……」
「騎士さんよぉ、そのメスを治療させてやるから追ってくんなやぁ。こいつを握り潰されたくなきゃなぁ!」
「汚い手を…、レノ待っててくれ今助ける」
レオンはパンを治療しないといけないので手が離せなく、レノはもう体力が尽きたようだ。ピーターも体を潰されて危ない状態であった。そんな中レノは
「レオン…ハイル…俺はいいから…早くピーターも連れて脱出してくれ」
見捨てろという。できるはずがない、またあの目だ。幼い頃の唯一の悪夢のような思い出で誰かわからない女性が死ぬ間際にこちらに向けた目だ。しかし今度のは悲しみだけで優しさはなかった。
「もう依頼なんざクソくらえだぁ!俺はここから逃げる。お前ら動くなよぉ、騎士もろとも死にやがれぇ!!」
ずっと嫌な予感がしていた。依頼のことだ、奴ら曰くレノの班の内、一人を捕らえろとの依頼でその見た目などは詳しく教えてもらえてなく、四人を仕方なく捕まえていた。しかし目的の人間は男性だと言うことで問答無用でパンを殺しにきた。
レノはピーターとパンとは恐らく長い付き合いなのだろうこの班で任務をすることが多いと考えると…もしかしたらその依頼の人物は自分だったのかもしれない。レオンの班は外で足止めを食らい、ハイルのいる車を罠にかけた。そう考えると辻褄が合う。ならこの班は今、自分のせいで傷を負っていることになる。そしてレノはトロールの手の中でもがき、自分を見捨てろと言っている。
自分のせいで他人が傷ついている。ハイルはそう結論づけた。
どうしたらいいのだろう、レノを助ける為に何ができる?助け出す為に。もう分かっていることだ。戦うんだ。戦ってあいつを倒す、戦って助ける。戦ってあいつを殺せばいいんだ。昔みたいに目の前で誰かを失うわけにはいかない、ましてやこれから仲間になるであろう者達と。だからあいつを殺す!!
ハイルはガノだけに意識を集中させ、体にムチを叩き込む勢いで立った。
全身の関節が痛む、特に膝が。立っているのがやっとだ。地面に叩きつけられた肺に空気を入れて膨らませる。手を握る力が強くなっていく。痛みはだんだんと遠のいていく。助ける為の殺意はやがて力となった。どこからか湧き上がる不思議な力だった。ハイルは気付いていない、自分の火傷を負った腕が微かな光りを灯していることに。レオンはそれを見て驚いていた。
「ハイル…君は…!」
「うおォォォォ!!」
ハイルは走り出しながら光りを灯した右腕を構えトロールに向ける。
「何だおまえ!?どけぇ死に損ないがーーッ!
ウガッ!??」
ハイルはガノの蹴りをかわし、ジャンプでガノの胸元まで飛ぶと右手を胸にぶちかました。
レノが手から離れて空中を飛んでいるのをみるとハイルは急いでレノを空中で捕まえたが、レオンみたいな穏やかな着地はできずに、二人で転がってしまった。と次の瞬間レオンが二人の上を飛んで行った。右手にはレノの短剣が握られていた。
「よくやったハイル。あとは任せてくれ」
「なッ!??ありえないぃーー!!」
そう言って剣を構え、しっかりと握りしめた後で、胸を殴られて後ろへ飛んだトロールの前に着地した。
剣は右上から左下へ振られた。トロールの姿は斬られた傷から瞬く間に消し飛んでしまった。まだ少し舞っていた土埃が一気に腫れ上がった。
するとレオンはピーターを腰で抱え、肩にはパンを乗せて
「レノを頼む!」
「わかった!……よし、行けるぞ!」
ハイルはレノを担ぐ程の余裕ができていた、なぜだかは分からない。
「こっちだ付いて来てくれ!」
そう言って一行は崩れゆく洞窟から脱出した。