さっきの敵はもう友達。
事実は小説よりも奇なり、まさにそうであろう。死人坂で拾ってきた幽霊と仲良くなったり、俺が作った守り刀だと名乗る少女が現れたり。どれもこれも皆、奇々怪々である。
そしてその少女は、誰の目が見ても明らかなくらいに憤慨していた。
「昨日の晩に私を作っておきながらね、何で翌日には他の女と、しかも私と同類みたいな女と仲良く手を繋いじゃったりしてるわけ。さすがの私も、刀に収まっていられなかったわよ。だからこうして出てきたの。都合よく人形が一つ外れたことだしね。」
桐の話を黙って聞く。確かに、桐の目からみればこれは浮気のようなものだろう。
「しかし、都合よく人形が外れたから出てきたっていうのはどういうことだ。人形があると出られないのか。」
人形は車に置いてある。車以外の場所なら出られたのではないだろうか。
「ああ、国木田君。それは僕から説明しよう。というか、君にはもうひとり、桐という人物が見え始めたようだね。なんというか、何故かまた僕に見えないのがとても悔しいよ。桐と言うのは確か君が昨日守り刀に付けていた名だったね。守り刀の聖霊でも現れたかな。ならば僕の守り刀の聖霊も現れて欲しいところだ。おっと、話が逸れてしまったね、どうして人形があると出られないのか、という話だが、それは僕達の固定概念が関係してきている。国木田君、僕達の概念で、鍵のかかったドアは、鍵がなければ開くことはできないだろう。それと同じで、この車は5人乗りだ。人形が2体に僕達2人、そして慈さんがいて合計5人になる、つまりもう満席というわけだ。僕達は車で移動しているわけだから、車に乗り込めなくては僕達についてくることはできない。つまりこの車は僕達にとっての結界になっているというわけなんだよ。だから、結界の一部である人形が外れたことで、慈さんが乗り込み、桐さんが乗り込んできた、というわけさ。」
須口は説明しながら俺を見つめていた。その目は羨望と憧れが見えた。自分で企画し、楽しみにしていた旅が、まさかこんな形で自分が体験できないとは思ってもみなかっただろう。俺も好きで見えているわけではないのだが。なんだか申し訳ない。
「あの、あなた何なんですか。私は圭ちゃんとお付き合いしているわけじゃないんですよ。ただ、圭ちゃんは私を気遣って手を繋いでいてくれただけなんです。」
桐の発言にムッと来たのか、慈は不機嫌そうに言う。
「あら、私のご主人を気安く、圭ちゃん、なんて呼ばないで欲しいわ。それに、付き合っているわけじゃないなら別にいいわよね、こういうことしても。」
桐も慈に対抗するように喧嘩腰で反論しつつ、そして、すっと車から外に出ると、反対側の俺がいるほうまで歩いてきて、俺の体に抱きついた。そして頬を胸にすり寄せてくる。
「な、何をしているんですか!あなたは!圭ちゃんが困惑しています、嫌がっています。離れてください!」
慈の言うとおり困惑している俺に抱きつく桐を、慈は必死に引き剥がそうとする。だが桐は、しっかりと俺に抱きついて離れない。
「私が自分の主人にくっついたっていいじゃない!あんたこそ勝手に取り憑いて、圭一を困らせて!ダメよ、圭一は私のものなんだから!」
ドタバタと騒ぎ始める二人、どうしようもない俺、何も見えない須口。どうすればいいのだろう。
「私はね、ずっと前に圭一に買われて、そして昨日守り刀として生まれ変わったの。私はね、そんな圭一が大好きなんだから!あなたはどうなの、圭一が好きなの。」
慈がピタリと動きを止めた。俺もピタリと動きを止めた。慈は、そのまま黙り込む。
「ほら、何も言えないんじゃない。その程度のものなのね。私は圭一が大好きよ。何度でも言えるわ。でもあなたはそうじゃない。だから私の圭一と触れ合う資格はないわ。」
得意げに語る桐。慈は若干震えながらうつむいていた。桐は意地の悪い笑みを浮かべながら慈を見ている。俺は、どうしていいのか、何を話せば良いのかわからないままいると、
「好きです!」
慈はありったけの力を込め、そう叫んだ。
「私は、圭ちゃんが好きです、圭ちゃんが大好きです。こんな私に、こんな迷惑かけてる私に優しくしてくれて。手を繋いでくれて、私のために必死になってくれて。そんな圭ちゃんが大好きなんです。まだ出会って何時間も経ってないけど、それでも、圭ちゃんが好きです。だから私は、圭ちゃんをあなたに渡したくない。これじゃダメですか!」
その想いは、爆発した慈から解き放たれ、そして、発散した慈は、赤面する。
「な、なによ、私だって圭一のこと好き、好きだし、あんたに渡したくないのは一緒なのに。」
慈に威圧されたのか、小声になり、目の端にうっすらと涙のようなものを浮かべた桐はどもってしまう。
「国木田君、今どういう状況なんだ。僕にわかるように説明してくれないか。」
何も見えない須口は困惑したように訪ねてくる。俺だってどう説明したら良いのかわからない。
「圭ちゃん、はどっちが好きなんですか。って、分からないですよね。私も桐さんも、こうして出会ってまだ全然時間が経ってないんですからね。」
その通りだ。情けないが、俺はどう返答していいかわからなかった。慈のことも、桐のことも、俺は、まだわからない。
「そうよね、私もちょっと熱くなりすぎたかもしれないわ。圭一だって私を認識したばかりなんだものね。一番大事なのは圭一の想いだわ。」
桐も落ち着きを取り戻したようにそう語り、すっと俺から離れた。俺は、本当になんと返答すれば良いのだろう。この二人の女性は、俺のことを想ってくれている。俺はそれに対して。
「だからつまり、あんたと私はライバルってわけね。」
悩んでいる俺を尻目に、桐が慈に向かって手を差し出した。
「そういうことになりますね。桐さん、あなたには負けませんよ。」
その手を慈はしっかりと握り返す。もう、頭が追いついていかない。さっきまで言い合ってたと思ったら、今はなんだかライバル同士の友情、みないなもので結ばれている感じがする。
「国木田君、説明を頼むよ。」
一人何も事情を知らない須口のつぶやきが、悲しく俺に問いかけてきた。