君がいるだけで。
後ろは振り返らない。ルームミラーも見ない。見れば多分、後ろにいるから。そこまで強くなっていた嫌な寒気は、事実目をそちらに向けなくても、それが彼女であることが、つまり女性だということが手に取るように感じ取れた。
何も感じない須口は、俺の冷や汗を見て、体調不良か、等と呑気な事を言う。ここまで鈍感なのもそうそういないだろう。羨ましくてたまらない。彼女は、俺を見ている。須口でなく俺を見ているのがわかる。この旅を企画したのは須口なんだし、見るなりとり憑くなりするなら須口にしてほしい。何故俺なのか。
段々と怖い、という思いから何で俺なんだという不満に変わっていく気持ちを抱き、しまいにはブツブツと文句を言い始めた。気分転換に煙草に火をつける。
それに合わせて須口が車の窓をあけた。先程同様に風が車内へ舞い込んでくる。この風にのって何処かへ飛び去ってくれないだろうか、等と思うも、その感覚は一向に残ったままであり、それがいなくなっていないことが容易に把握できた。
「もうすぐファミレスにつくぞ。」
その言葉がありがたい。一度、どこかで休憩して落ち着きを取り戻したかった。
須口の言葉から2分位経った頃、車はファミリーレストランにたどり着いた。車のドアをあけて深呼吸する。後部座席は気になったがやはり、見ないことにした。
とりあえず店に入って落ち着いたら須口にちゃんと話そう。なんだか、あの車の中では、その話題を出すことを躊躇われた。だからこうして店につくまで待ったのだ。
喫煙席2人と店員に告げ、席に案内される。あれ、三人じゃないんですか。等と聞かれなかったのはありがたい。冗談だとしてもこの状態では冗談にはならない。
席に座り、水を口にする。喉が潤っていくのがよくわかった。ああ、よほど緊張していたのであろう、だんだんと神経の張り詰めが緩んでいくようだった。
「それで、君は一体どうしたというんだい。冷や汗をかいて青くなったと思えば、ブツブツと文句を言い始める。具合が悪いのか、機嫌が悪いのか、どっちなんだ。それとも両方か。」
須口がやれやれと言った口調で訪ねてきた。
お前は気づかないのか、何も感じないのか。鈍感にも程があると思いつつ事実を告げた。死人坂で感じた寒気、そして車から消えた人形、車の中で強くなっていく感覚。それらすべては後部座席の俺の真後ろにその女性が居る、ということが明白に伝わってきている、と。
まさかそんな、という具合に最初は聞いていた須口だが、段々と俺の真面目な喋りに耳を傾けはじめ、終いには本当に居るのか、後ろに。と信じ込んでいた。
「なぜ、君はそんなに感じるというのに、僕は感じないのだ。」
そんなことは知らない。お前が鈍感すぎるだけだろうと思うが、答えないでおいた。
「しかし、君の言うことはなかなかに興味深い。事実、後ろを見もしないで女だってことを理解しているのが不思議だ。そう、感じる、と君は言ったな。その感じるとは何か、僕にはわからない。そもそも主観的な事柄は第三者には伝わらないからね。ただ、幽霊に憑かれた人間の中でも、見えないが感じる、と主張する人間は少なくない。君もその一例だろう。君は死人坂で幽霊に取り憑かれ、運悪く外れた人形のあった後部座席にそいつを連れ込んでしまった、というわけだ。何れにせよ、今のままでは埒が明かない。店の席で話していてもね。とりあえずここで食事をとったら後部座席に塩でも撒いてみるか。このままでは君も帰れないだろう。家に連れて行くわけにもいかない、なら、この旅の途中のどこかで落としていくしかないということだ。」
確かに、その通りである。このまま家に帰るわけにもいかない。今は寒気がしないから、車の中にいるのだろう、ならばこのまま車を置いて帰りたいくらいであったが、そういうわけにもいかないだろう。須口の言うとおり、食事が終わったら塩でも撒いてみよう。
「ならばさっさと食べてしまおう。腹が減っては戦はできぬ、だろう。」
そう言って須口は呼び鈴を押した。
二人で安いハンバーグステーキを食べ終わり、食後の一服も終えた頃、そろそろ行こうかとばかりに須口は上着を着て立ち上がった。俺もそれに習い立ち上がる。
車に戻りたくない、ここにずっと居たい、等と思うがそれも無理な相談であり、レジに近づくにつれ一歩一歩と車にも近づいていくのであった。
会計は須口が払う。外の空気でも吸ってろ、という須口の言葉に甘え、外に出た。その時である、車にふと目が行ってしまったのは。それは、ああ、そうだろうと言わんばかりに自分が感覚で伝わり、頭の中で思い描いたままの女性だった。車の後部座席に座っている、ミッドナイトブルーの仄暗い車内のなかでやけにハッキリと、でも薄らぼんやりとして俺の目に映っていた。もう、感じる、ではない、見える、になってしまったのだ。




