第7話 厄災の象徴
「……店が閉まる前に着いて良かった」
ウィルは腕時計で時間を確認すると、ほっとしたように安堵の息を漏らした。
私たちの目の前には、〝WAND〟と筆記体で書かれた、ブリキの看板が目印の煉瓦造りの建物が立っている。店の扉には、『杖のことなら、なんでもWANDにおまかせ!』と書かれたポスターが張られ、ガラス張りのショーウィンドウには様々な色や形をしたたくさんの杖が飾られている。
この店は、魔法の杖を販売する時の国きっての人気店。魔法の杖以外にも体を支える杖や、刀剣を忍ばせる杖など、ありとあらゆる用途の杖を販売している。大陸中にもその評判が知れ渡っており、わざわざ遠方からこの店にやって来る人も多い。
「はあ~! やっとついた~」
私は大きく伸びをすると、「ジョーカーの店からここまで遠すぎるでしょ」とため息交じりに嘆いた。
ウォール街の外れに位置するこの店は、城から歩いてもジョーカーの店から歩いても三十分以上はかかる。それでいて坂の上にあるため、倍疲れるのだ。
「もう歩けない……」
そう言ってへたばる私に「ほんと体力ないよな」とウィルが呆れたように呟く。
「だって、この坂、長いし急だし。逆に疲れない方がおかしいわよ……」
はあと息をつく私にウィルは「そうだなー」と考えるように言うと、
「じゃあ、修理に出してるジジィの杖を取ってくるから、ベンチにでも座って待ってろ」
そう言って、店の近くにあるベンチを指差すと、薄暗い店の中へと入っていった。
カランコロンと扉に付いたベルの音が遅れて聞こえる。
私は店の近くにあるピーコックグリーンのベンチまでよろよろ歩くと、ゆっくり腰を下ろした。ベンチの横に立つガス灯に明かりが灯る。
(ほんと、ウィルってば体力おばけなんだから。それにしても、杖を修理に出したって言ってたけど、つい最近も修理に出してウィルが取りに行ったばっかりじゃなかったっけ……?一体、いくつ修理に出してるんだろ)
ふとそんなことを思い出して、首をひねった。
ウィルが先ほどから呼んでいるジジィというのは、フェネガンという時の城の初代王のことだ。
大昔、大悪魔を封印したとかいう伝説の持ち主で、今でも大陸中で大賢人だとか大魔法使いだとか謳われている。
すらりとした長身に曲がっていない腰。絹のような白くて長い髪に裾が金色で縁取られた白のローブ。そんな姿を人々が目にすると、感激して泣き崩れてしまうらしい。
そんな英雄のような扱いを受けているにも関わらず、当の本人は城でだらけた生活を送っている。自室にこもっては、煎餅片手にテレビを見たり、ハムスターのハムちゃんに餌をあげたり。特に理由もなく朝早くに起きては、城の中を徘徊して、使用人に驚かれたり。その姿はどこからどう見ても、ただの老人だ。
(ほんっと、あの超マイペースのじいやが大悪魔を封印したなんて信じられないわ)
地面に付かない足をパタパタ揺らしながら、頭に普段のじいやの姿を思い浮かべた、そんなときだった。
『―― 呪われた子だ』
『厄災の象徴』
『災いが起こるぞ』
『恐い、恐い』
不意に道を行き交う人々から、そんな会話が聞こえた。
声が聞こえた方に視線を移せば、夕陽に染まるWAND前の大通りにコートを着た紳士や華やかなドレスに身を包んだ貴婦人が集まっているのが見えた。そして、その集団の中の貴婦人が数人、羽扇子で口元を隠しながら、明らかに〝私〟に蔑んだ視線を送っていた。
(な、に……?)
その軽蔑な眼差しにゾクッと体が震える。まるで心臓を射貫かれるかのようだ。
『―― 呪いの子に我らは殺されるぞ』
『厄災の象徴は消えてしまえ』
『―― 殺してしまえ』
怖くなって俯向く私にさらに言葉が投げられる。
(厄災の象徴? なんのこと……?)
今まで言われてきた〝お国無しっ子〟とは違う、何か別の意味を孕んだ言葉に背筋が冷えていくのを感じた。
(今までそんな言葉、言われたことないのに……)
自分にはその言葉の意味が分からない。でも、自分には向けられる。その得体の知れない言葉がどうしようもなく怖かった。
泣きそうになって顔を歪めれば、さらに容赦ない言葉が飛んだ。まるでこの大通りにいる人々が皆、私に向かって言葉を吐いているかのような感覚に手足が震える。
『―― 消えてしまえ』
『―― 殺してしまえ』
『殺してしまえ』
次から次に聞こえてくる悪魔の囁きのような言葉に呼吸をするのが苦しくなった。あたかもいくつもの見えない手に深い海の底に引きずられていくような――― 徐々に苦しくなっていく感覚に視界がかすむ。
『―― 消えてしまえ』
『―― 殺してしまえ』
『厄災の象徴は、殺してしまえ』
人々の薄気味悪く囁く言葉に耐えきれなくなって、崩れるようにベンチの前にしゃがみ込んだ。
(もう嫌。怖い、怖いよ。そんな言葉、私は知らない。私じゃない。聞きたくない……)
「もうやめて……」
そう掠れる声で呟いた、そのときだった。
「相変わらず口が悪いな。貴族は」
そう声がしたと思えば、震える体を包み込むように肩にコートがかけられた。
その随分自分にも馴染んだ匂いがするコートに安堵して涙が溢れそうになる。
「こいつは時の城の者だ。呪い? そんな迷信を信じてるようじゃ、貴族も廃れたものだな」
ウィルは吐き捨てるように言うと、「立てるか」と優しく私に問う。
包み込むように肩に回されたその手に泣きそうになるのを堪えながら、「うん」と頷いた。
不安と恐怖で冷えきった心が徐々に温まっていくのを感じた。すると、
『―― ああ、思い出した。あの方は、ウィル王子だ』
『あの、王に捨てられた王子か。可哀想なことよ』
『―― おまえ、王子の前だぞ。口を慎め』
肩を掴んでいるウィルの手に力が入ったのが分かった。その手が小刻みに震えていくのを感じる。
「ウィル……?」
顔を上げれば、ウィルの顔がすぐ横にあった。
ちょうど前髪で瞳は見えない。どんな表情をしているのかも分からない。でも、噛み締めた唇にはうっすらと血が滲んでいるのが分かった。
「ウィル、大丈夫?」
恐る恐る頬に触れる。すると、ウィルは我に返ったように私の手を取ると、ゆっくり立ち上がった。
「こんなところで話している暇があるなら、さっさと帰るんだな。今、世間を騒がせている連続殺人事件の犯人に命を奪われるぞ」
ウィルはそう吐き捨てるように言うと、私の手を引いたまま、歩き出した。
「ウィル……」
私の呟く声は背を向けたウィルには届かない。後ろを振り向けば、貴族がそれでもまだこそこそと囁く声が聞こえた。
(王に捨てられた王子って……何のこと?)
その言葉が一体何を指すのか分からない。
私はウィルに手を引かれるまま、夕陽がさすウォール街の坂を下った。




