全ての仕事は金の為よ。
中古自動車屋の仕事を終え、
俺たちは休憩にむかった。
午後二時。
工場街とオフィス街の境目に、昔ながらの定食屋があった。
相沢のいきつけの定食屋だ。
引き戸を開けると、卵焼きと味噌の匂いがふわりと漂う。
店内には、丸いスチール製の椅子が並んでいる。
座面のビニールはところどころ破れ、
黒い布テープで雑に補修されていた。
長く使われてきた椅子だった。
壁には、短冊のようなメニュー札がずらりと並んでいる。
焼き魚定食、しょうが焼き定食、唐揚げ定食――
ざっと十種類ほどの定食の名前。
その横には、色あせたビール会社の看板。
蛍光灯の光の下で、
店は静かに昼の時間を続けていた。
まさに昔ながらの定食屋という風情で、
常連客しかいないような店だった。
俺はコロッケ定食。
相沢はおさかな定食を注文した。
「ところで、相ちゃん。霊能力を使ってお金儲けっていいんですかね」
と俺は尋ねた。
「なんでそんなこと聞くの?」
と相沢は言った。
「なんか、霊能力は神に与えられた才能だから無償で提供しなければいけないみたいなことがネットで書かれてあって、ちょっと罪悪感を感じて」
と俺は答えた。
「アホのいうことだわ。気にしないで良いわよ」
と相沢は笑った。
「しかし……」
と俺は言った。
テレビでは、海外のプロ野球チームに移籍した選手の話題が流れていた。
「見て。彼、良い男だわ」
と相沢は言った。
「そうですね」
と俺はうなづいた。
「彼って年俸が10億とかなんだって。才能あるんだわね」
と相沢は言った。
「そうですね。才能ですよね」
と俺は答えた。
「じゃあ、彼も無料で働かないといけないわね。10億円も返さなければならない」
と相沢は俺の目をじっと見た。
「いやでも、彼は実力で」
と俺は言った。
「そうよね。実力でのし上がった。しかし神に与えられた才能じゃない?
ネットの人もそう言うんじゃない?」
と相沢は尋ねた。
俺は何も言い返せなかった。
野球選手が神に与えられた才能と、霊能者の神に与えられた才能。
どこが違うんだ。
「ねぇ。トメさん。あんた確か警備員だったわよね。あなた、警備員の才能を神から与えられたから、警備の仕事はタダでしろって言われたら、どうする?」
と相沢は常連っぽい客に話しかける。
「ぶん殴ってやる」
と常連客は拳をみせた。
「ありがとう。ほらね。こういう事なのよ。霊能力だって警備員や野球選手と変わらないわ」
と相沢は答えた。
俺は心のわだかまりがほぐれ、胸の奥が熱くなった。
なんだ。
この感情は……、
きっと、
霊能力者は職業としては認められない。
遊んでいるように見られる。
でも、
実際はどうだ。
相ちゃんは、
ちゃんと働いている。
報酬があって、しかるべきだ。
「報酬があって、
あるのが当然だと思います」
と俺は言った。
「目が強くなったわね。
霊能者ってね。
共感性が高いから、
ガマンしがちなの。
でもね。
それはダメ。
同族の霊能者の、
マイナスになるわ。
だから私は金にならない仕事はしない。
それだけよ」
と相沢は笑った。
コロッケ定食と、おさかな定食が運ばれてくる。
「私ね。昔バイト先で、そこの上司に弁当を買ってくるように言われたの。
おたかな弁当って、上司は言ったわ。
たかな弁当に、”お”をつけるなんて、丁寧な人だなと感心したの。
それでね。たかな弁当を買っていったら、おさかな弁当だって、激怒しちゃってね。
ウケたわ」
と相沢は遠くを見た。
「たしかに、おさかな弁当って、ネーミングないと思います」
と俺は言った。
「この定食もおさかな定食だからね。たまにウケるから、注文してるの。
しかし、このおさかな定食って、なんでこのネーミングにしたの?」
と相沢はカウンターを見た。
「あぁそれはね。その時々の旬の魚を出してるから、お買い得なのよ」
と定食屋のおばあちゃんは言った。
「なるほど、謎が解けたわ」
と相沢は深くうなづいた。
俺たちは食事を終え、
定食屋を出る。
次の現場へ歩いていると、
黒い影が近寄って来る。
「助けてくれ」
と黒い影は言った。
相沢はちらりとみたが、
何もせずに進む。
「あの相ちゃん。助けてくれって来てるけど、無視でいいの?」
と俺は尋ねた。
「なぜ助けなければいけないの?」
と相沢は答えた。
「すがられたから」
と俺は言った。
相沢を指さす。
「見てなさい」
と相沢は言った。
よく見ると、黒い影は通る人、通る人に声をかけている。
「みんなに声をかけてますね」
と俺は言った。
「そうよ。
あの手のはね。
自分で努力して、成仏しようとしないのよ。
そして、助けてくれる人が見つけたら、そこにずっと依存するの。
これは憑依じゃないけど、それに近いものよ」
と相沢は答えた。
「ずっと依存って、成仏しないんですか?」
と俺は尋ねた。
「基本的にね。成仏する気のある霊は、とっくに成仏してるわ」
と相沢は答えた。
「じゃあ、この世界にいる霊は成仏する気がない霊だと?」
と俺は尋ねた。
「成仏する気がないってのは、ちょっと言いすぎかもしれない。
正確にいうと、霊は記憶喪失みたいなのが多いの」
と相沢は言った。
記憶喪失の霊……、
いったいどういう意味なんだ。
「すみません。意味が少しとれません」
と俺は頭をかいた。
「いいの。ここの感覚は難しいわ。霊って言うのは、ショックを受けて残る事が多いわけよ。人間もショックなことが起きれば、記憶喪失にならない?
霊にも同じ現象が起きていても、おかしくないと思わない?」
と相沢は尋ねた。
「たしかに、そうですね。それほどショックなことが起きていれば、記憶喪失になってもおかしくない。それに記憶があれば、復讐してるだろうし、時間が経てば復讐も終わっているでしょうしね」
と俺は言った。
「そう。その理解で良い。よく出来たじゃない」
と相沢は笑った。
俺は黒い影を再び見る。
手を伸ばし、
色んな人に触ろうとして、
触れずにいる。
その姿は不気味ではあるが、
気付いてもらえない悲しさもあった。
俺は子供の頃を思い出す。
無制限に霊を見てしまい、
苦しかった。
でも、
その苦しさを表にだすと、
明確な拒絶を受けた。
「個性の時代だから、個性を出さないと!」
と学校で言われた。
個性を出せば、拒絶される個性。
それを持っている者は、無視される。
多様性には、
性的な多様性しか認められていない。
霊能力者という、
太古の時代から存在する存在は、
多様性の中から消されてしまった。
ファンタジー、
オカルト、
ホラー、
この文脈でしか生きる事ができなかった。
俺は、
相沢に君も生きていいんだよ。
そう言われている気がした。
相沢の頭が日に照らされて、眩しかった。




