中古自動車屋
次の日から、俺は仕事に行くことになった。
大学は午前中までで授業が終わったので、
12時過ぎから仕事に入る。
相沢先輩の管轄の中古自動車屋で待ち合わせすることになった。
昼過ぎ。
オフィス街が途切れ、工場街がはじまるあたり。
その境目の通り沿いに、その中古自動車屋があった。
敷地には、色とりどりの中古車が並んでいる。
どれも微妙に年季が入っていて、太陽の光を鈍く返していた。
入口の横に、妙に大きなマスコットが立っている。
ピンク色のウサギ。
笑っているのか、歯をむいているのか分からない表情。
その足元の看板には、
――TANUKI中古車センター
と、太い文字で書かれていた。
店先には、数人の客がいた。
黒いシャツにサングラス。
腕組みをして、車を見ている。
ヤクザ風の男たちだった。
ウサギのマスコットだけが、
その場違いな笑顔で、ずっと立っていた。
初めての仕事で緊張する。
遠くに相沢先輩の姿が見えた。
「相沢先輩、おはようございます」
と俺は頭を下げた。
「なに……、かしこまって。相沢先輩なんて名前やめてくれる? 相ちゃんとかにして」
と相沢は笑った。
「ははは。相ちゃん」
と俺は言った。
「なに? 八百井ちゃん」
と相沢は笑顔で言った。
「この呼び方じゃないとダメですか」
と俺は尋ねる。
「うん。そうよ」
と相沢は答えた。
目が真剣だ。
断り切れない、
そう悟った。
「今日は何から始めるんですか?」
と俺は尋ねた。
「そうね。今日は中古車のチェックね。怪しいのがあるって連絡来てたから」
と相沢は言った。
誰かを探しているようだ。
「あぁ、淳ちゃん」
と相沢は手を振った。
50過ぎの白髪交じりの男が手を振り返した。
相沢は、その男に向かって歩いていく。
俺もついていく。
「淳ちゃん。今日はどの車? あっ、この子は新人君。私が面倒みるから、気にしないで」
と相沢は言った。
「こっちだ」
と男は言った。
俺らは男についていく。
どこからともなく、魚の腐ったような臭いがする。
「この臭いヤバくないですか?」
と俺は尋ねた。
「ちょっとヤバいわね。服に臭いつくかしら」
と相沢は服を気にしている。
いや、そっちじゃねぇだろう。
俺は思ったが、ツッコむのをやめた。
先に進むと、黒塗りの高級外車が止まっていた。
「相ちゃん、これだよ」
と男は高級外車を指さす。
そこには、無数の黒い影が絡み合っていた。
なんだあれは、気持ち悪い。
「ひーふーみーよー。いったい何体いるのかしら。珍しいわね」
と相沢はじっと観察している。
「じゃあ相ちゃん、頼んだよ」
と男は去っていった。
どう考えても、ヤバい案件だ。
俺はとっさに般若心経を唱えた。
「なにしてるの? 気持ち悪い。やめてくれる?」
と相沢は言った。
「いや。霊がいるから」
と俺は答えた。
「霊がいるからって、般若心経を唱えたらいいってもんじゃないわよ」
と相沢はため息をつく。
「じゃあ、どうすれば」
と俺は言った。
「あのね。ここは私の管轄で、八百井ちゃんは素人でしょ。黙って見てなさいよ」
と相沢は答えた。
相沢はずっと数を数えている。
(ぱんぱんぱんぱん)
相沢は急に手を叩く。
柏手か……。
「みんな注目。いい? 私がわかるわよね」
と相沢は霊に向かって近づく。
心臓の鼓動が激しくなる。
危険だ。
今にも逃げ出したい。
そう身体が訴えている。
しかし、
相沢を止める言葉も出てこない。
相沢はさらに近づく。
「君たちさ。どうなってるの? 絡まっちゃってるの?」
と相沢は尋ねる。
この人。
いったい何を……。
「そんなに絡まって不便じゃない?」
と相沢は尋ねた。
何を言っている。
訳がわからない。
絡まって不便?
霊が……。
「ちょっと見せてね。ほら、大丈夫よ。私がどういう人間か、わかるでしょ」
と相沢は笑った。
相沢は手招きして、俺を呼ぶ。
嫌だ。
そんな怖いところ行きたくない。
と思ったが、相沢のほうが怖かった。
「なんですかぁ。ちょっと怖すぎなのですけど」
と俺は目をそらす。
「なに言ってるの。怖くないわよ。ほらココ見てごらん」
と相沢は指をさす。
そこにはどこかのお守りがあった。
そのお守りに向かって、霊の手が一斉に伸びて、絡み合っている。
「これお守りですよね。なんで霊が?」
と俺は尋ねた。
「こういうケース珍しいわね」
と相沢は鼻をかいた。
「ヤバくないですか」
と俺は尋ねた。
「この子たちは、大丈夫よ。悪さしないから」
と相沢はふと優しい目をした。
強面なのに、こんなに優しい目をするんだ。
そのギャップに驚いた。
「これどうなってるんですか?」
と俺は尋ねた。
「たぶんね。このお守りが作り変えられてるんだと思うわ」
と相沢は答えた。
「作り変える? なぜそんな事を」
と俺は尋ねる。
「それはね。中身を見たらわかる」
と相沢はお守りを拾い、中を見る。
「そんな。見たらダメなのでは」
と俺は言った。
「基本的には勧められたものではないけど、関係者は見るからね」
と相沢は答えた。
たしかに、そうだ。
お守りを作る人は、中に何が入っているか見る。
道理は合っている。
「あぁこれだわ」
と相沢は小さなビニール袋を引っ張り出した。
中には縮れた毛のようなものが入っていた。
「それは一体何ですか?」
と俺は尋ねた。
「十中八九、女性の陰毛ね」
と相沢は答えた。
「陰毛って、あの?」
と俺は尋ねた。
「そうよ。女性の陰毛を持っていると、運がつくといってね。ギャンブラーがよく女性の陰毛をお守り袋とかに入れて持ってたりするのよ。
それよ。きっと」
と相沢は答えた。
黒い物体は、小さいビニール袋を追いかける。
「それでなぜ霊が?」
と俺は尋ねた。
「お守り袋の中のお札が古くなったのと、その陰毛の気のバランスが悪くなったんでしょうね。同じ状況を作ったからといって、同じ現象が再現可能かどうかは怪しいけど。
今回はこうなったと思う」
と相沢は言った。
「それでどうするのですか?」
と俺は尋ねた。
「まずお守りは、神社かお寺の回収所に入れる。この陰毛は……、
あなた欲しい?」
と相沢は尋ねた。
「いりませんよ」
と俺は首を振った。
「そりゃそうよね。誰か知らない女のとか」
と相沢は笑った。
そういう問題じゃないだろうと、
言いたかったが、ツッコむ余裕はなかった。
「じゃあ、燃やしましょう」
と相沢は、ビニールから陰毛を取り出し、ライターで火をつける。
毛が燃える不快な臭いがして、一瞬で陰毛は消え去った。
絡んでいた霊は、行き場を失い、うろうろしている。
「この霊たちは?」
と俺は尋ねた。
「もちろん、放っておくわよ」
と相沢は笑った。




