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幻想フラグ 1-6

遅くてすまんやで


「し、失礼します……」


 暫しの時間を経て、無花果さんが浴室へ入ってきた。身を隠す物を一切持たずに。うん。恥じらいはどこに置いてきたのかな?


「あ、えと……先輩……?」


 違うわ。ちゃんと羞恥は感じているみたいだ。茹でダコの如く耳まで真っ赤だし。ただ、先程と違って瞳には理性の光が宿っている。

 どうやら、正気には戻ったらしい。良かった良かった。


「あの、流石にじっと見られると中々に、その……」


「す、すまん!」


 心もとなさそうに腕で身体を隠す無花果さんから慌てて視線を逸らす。ヤバいヤバい。現実味の薄さから、指摘されるまで普通に眺めてしまっていた。

 いやでも、主に見てたのは顔だからきっとセーフな筈。多分。きっと。Maybe。


「い、いや! すみません! 自分の覚悟が足りなかったッス! そうですよね。こっちも先輩のご子息様を堪の……見ちゃったので、等価交換で視姦くらいは許容しないとダメですよね!」


「等価交換ってそういう物だったっけ」


「こんな薄っぺらい身体で良ければ、隅々までどうぞ!」


 ちょっと何を言っているのかよく分からないから、身体を差し出してくるのは辞めて欲しい。顔を背けた先に風呂鏡があったせいで反射で見えちゃってるんだわ。もっとも、湯気で曇っているから丸見えという訳ではないんだが。

 そんな事より、早く湯船に浸かって身体を温めて貰っても良いですかね。あ、今は俺が独占している状態だから、ここから退かないと無花果さん的にも入りずらいか。

 え? 一緒に浸かる? 何を仰る。そんな自殺行為とも取れる舐めプをかます訳がないだろう? ここは素直に撤退一択だ。無花果さんが浴室に来るまでの時間で俺は十二分に温まったからな。


「それはまたの機会に置いておくとして、俺はもう出るから無花果さんはゆっくりしてくれ」


「全く動じて貰えない……!? やっぱり、普段から大きい胸に囲まれているから……!」


 ちゃんと動揺しているから、極力見ないようにしているんだが? これが親の心子知らずという奴ですか。

 というか、普通にミスったな。無花果さんから逃げるように浴室に来たから、前を隠すものがないわ。このまま立ち上がると当然のように俺のゾウさんがご対面してしまう。

 ……散々見られたし、今更取り繕っても意味無いか? どうだろう。こういう些細な諦めが積もり積もって致命的な間違いを引き起こしそうだが。インシデントはアクシデントの前触れって言いますし。


「こうなったら、他の手段を……そうだ、先輩

! お背中、お流しします!」


「……なんで?」


 思わず、無花果さんの方を見てしまった。そして、見てしまったからには感想も浮かぶ。


「い、色々と便宜を図って貰ったので、その恩返しをば……!」


 薄っぺらい身体と自虐めいたものをかましてはいたものの、痩せぎすという訳ではないし、胸も某風紀委員長な先輩よりはある気が……ハッ、どこからともなく殺気が!?

 勿論、水夏とかと比べると肉付きは劣るがそれでも丸みを帯びている部分はしっかり女性然としていて、歴として魅力的な肢体だった。


「…………」


「先輩?」


「ごほんごほん。か、風邪を引くから、先にお湯に浸かって欲しいんだが?」


 あ、危ねぇ! なんだかんだ視姦しちゃってたわ! そんな事をする気なんてなかったのに。これが等価交換の法則ってやつか。対価、ちゃんと受け取っちゃったね。


「それは先輩も付き合ってくれるんスか?」


「俺はこれ以上入ってると逆上せるから、さっきも言ったけど先に上がらせて貰うよ」


「……むぅ」


 おい。どうして、そう不服そうに扉の前で立ち塞がる?


「不服ッス」


「言葉にもされた」


「そりゃそうですよ。先輩は自分に恩返しの一つもさせてくれないって言うんですから」


「恩に着せたつもりはないんだが」


「先輩の中ではそうなんでしょう。ですが、自分は確かに恩を感じています。そして、この世界は御恩と奉公で成り立っているんスよ」


「鎌倉時代の人かな?」


 戦国武将の名前を出していたし、無花果さんは日本史が好きなのかもしれない。


「それなのに、先輩は自分の奉仕を拒んでいます。そんなの主君にあるまじき応対ではないですか?」


「いつ俺が主君になったんだろう」


「上に立つ者としてそんな度量の小さい……いえ。度量がくっ、くく、クソザコなのは如何なものかと」


「……ははっ」


「な、なんで笑うんスかぁ!」


 いやだって、明らかに言い慣れてないし。無花果さんにメスガキムーブは余りにも似つかわしくない。


「むーむー! ふぅちゃんの言いつけ通りにやったのに、全然効果ないじゃないですか」


 そんな事だろうと思ったけど、風花ちゃんは何を教えてるんだ。何を。

 似つかわしくないと批評したけど、急な罵倒にちょっとだけドキッとしたのは秘密だぞ。


「ごほん。自分の未熟なメスガキは一旦置いとくとして。やっぱり、先輩のお背中を流させてくれませんか?」


 おっと。話が戻ってきたという事は、無花果さん的にここはどうしても譲れないラインらしい。

 うーん。背中の一つや二つで彼女の気が済むなら、別にいいか? 少なくとも二人で同時入浴よりはマシな気がする。


「それに」


「それに?」


「調子に乗って脅迫紛いをした負い目もありますし……」


 ああ。ちゃんと自覚はあったのね。

 それなら、まあ……無花果さんの罪悪感を帳消しにする為に一肌脱ぐか。と、その前に、


「俺が良いって言うまであっち向いててくれない?」


「自分は見るのは勿論ですが、見られるのも気に……しませんよ?」


「やだ、カッコいい……」


 普通は男女の立場が逆じゃなかろうかと僕は思うんですけどね。



「それでは、誠心誠意御奉仕させて頂きますね?」


「敢えて不純な言い方をしてない?」


 バスチェアに腰掛けた俺の後ろに回る無花果さん。この後輩、何故かノリノリである。

 色々と吹っ切れたのかな? そんな子に背後を取られるのは少し怖いぞ。


「えっと、ボディシャンプーは……」


「うん。さっき教えたよね?」


「あれ? どこにあるか全然皆目見当もつかないッスね……」


「そっちに置いてあるから、ボディシャンプー取る振りをして密着は無理があるぞ?」


「先輩の背中、おっきぃ……すりすり、くんくん……っはぁ……」


「せめて建前は残しておこうな?」


 ここぞとばかりに自分の欲を満たすな。


「あ、あったあった。これッスね」


「漸くか」


 ちょっとじゃれついて満足したのか、無花果さんの気配が少し遠のく。

 ……ふぅ。なんだかんだこういう状況に慣れてきた自分が居るな。昔だったら既に心臓バクバクでヤバかっただろうけど、色々な経験をしたお陰で、この程度なら然程動じなくなった。

 これは、このままいけば今回も無事に乗り切れるな! ちょっと田んぼの様子見に行ってくる!


「んしょっと……じゃあ、先輩いきますね?」


「はいよ……っ!!??」


 とか思ったのが不味かったのか、背中から伝わってきた感触は繊維ではなく、明らかな人肌。それがぬるりと俺の背中を擦り上げる。

 ちょっ、おま、ボディタオルはどうしたァ!


「んっ、んっ、あっ、これっ、思ってたより、むずかし……」


 あまりの衝撃に固まっている間に身体を上下に動かす無花果さん。ただ、その動きはめちゃくちゃぎこちない気がする。された事ないから知らんけど。


「そうだ……! こう、したら……っ!」


 その言葉と同時に俺の肩を抱くように無花果さんの腕が伸びてきた。なるほど。これなら俺自身が支えになるから確かに安定するわな。

 なんて、現実逃避している場合じゃない。


「んんっ、ふぁ、ぁんっ! や、ヌルヌルで、これ、結構……きもち、ぃっ!」


 気づけば、無花果さんに好き放題されとるがな。俺の背中でローションプレイとは中々に業が深い。

 後、気のせいでなければ時折しこりみたいな物の感触がするんだが……。


「先輩っ、どう……ですかっ、自分、うま、ぁん、くっ……やれて、ぁん、ますか?」


 いや、あの。聞かないで貰えますか。何を答えたらいいんだよ。力加減か?


「あ……んふふ。愚問でしたね」


 動きを止めた無花果さんが俺の肩口から顔を出し、視線を下に向けて笑みを浮かべる。

 ええ。そりゃ勃起してますとも。当たり前だよなあ! そんな色っぽい声聞かされながら身体擦り付けられたらさあ!


「ど、どうします? こ、これって自分がスッキリさせた方が良いですよね?」


 スッキリしたら死んでしまうので、そっとしてくれるのが一番有り難いんだが、そう言った所で果たして聞いて貰えるのか疑問が残るな。

 よし。ここは一般論で誤魔化すとするか。


「そういうのは好きな人としかしちゃダメなんだぞ」


「──え?」


「ん?」


 あれ、なんかおかしな事を言ったかな?


「せ、先輩? もしかしてなんスけど、自分の気持ちに……気づいてない、です?」


「無花果さんの気持ち?」


 はて? 一体なんの事だろうか。皆目見当もつかないのだが。


「マジですかぁ……」


 そんな俺の様子を見て深々と息を吐く無花果さん。

 なんだなんだ。どうして気落ちした雰囲気を出しながら離れていくんだ。


「ということはなんスか。自分、先輩を脅迫して混浴を所望するヤバい女と思われた訳ですか」


 ヤバいとまでは思ってないけど。混浴に関してはお互いに一番風呂を譲りあった結果だし。

 あのままだと堂々巡りの果てに体調を壊していた可能性があるので、結果的には悪くない手段だったんじゃないかな。


「ふ、ふふ……。これは終わった……終わっちゃった……」


 だから、そんな隅っこで蹲って絶望する必要はないんだが。一体、何がそこまで無花果さんを打ちのめしたのかな。ちょっと考えてみるか。

 重要なキーワードは間違いなくさっき無花果さんが言っていた「自分の気持ち」という単語だろう。こういうシチュエーションで言う気持ちに含まれそうな意味は男女の……うん? え? あれ……? どうしよう。勘違いだとしたらとても恥ずかしいのだが、ここは聞かねばならぬ場面か!?


「もしかして、無花果さんって俺のことが好き、なのか……?」


「当たり前じゃないですかぁ! そうでもないと一緒にお風呂入りましょうなんて言いませんよ! 言っときますけど、今まで男の人に裸を見せた事ないんですからね!」


「なん……だと……」


 バカな。この俺が無花果さんから出ていた矢印を見落としていた?

 全く微塵も気づかなかったけど、そんな事ある? これではまるで、俺が鈍感主人公みたいじゃないか。


「そこで驚くって事は本当に気づいてなかったんだ。先輩のにぶちん……」


 はい。どうやら鈍感主人公だったみたいです。いやまあ、下半身観察がバレているのに付き合いが変わらない時点で嫌われてはないとは思っていたけど、まさか好意まで持たれていたとは予想出来んやん?

 はい。勝手判断です……。完全に俺の落ち度だな。やっちまった。


「なんか、すまん……」


「……いえ」


 気まずぅ! どうすんだよ、この空気!

 何か喋った方が良いのか!? いやでも、下手な慰めにしかならなそうだし、そもそもどの口が言うんだってなりそうじゃね!?


「はぁ……」


「っ……」


 ちょ、溜め息はやめてください。心臓に悪くて、ビクってなります!


「まあ、元はと言えば迂遠な言い方をした自分のせいッスね、これは」


 こちらを向いた無花果さんが力なく笑う。ああ。ダメだ、その顔は。


「そんな事は無い」


「……先輩?」


「迂遠がなんだ。要は奥ゆかしいって事だろ。そんなの気づかない方が悪いんだ」


 分かっている。無花果さんの好意を蔑ろにし続けた俺が言うのは烏滸がましい事くらい。

 だが、それでも。こればかりは見逃せない。

 自分の気持ちが相手に伝わらなくて悲嘆するという体験は、俺も前世で死ぬほど経験したのだから。


「それを先輩が言うんスか?」


「俺だから言えるんだよ」


 無花果さんからしたら、この自信満々な回答は意味不明だろう。


「……ふふ。なんスか、それ」


 案の定、彼女は小さな笑みを浮かべる。よし。調子が出てきたな。


「俺も昔は引っ込み思案でな」


「小学生の時ですか?」


 前世の学生時代ですね。今の俺とそう変わらない年齢の時だわ。


「照れ臭さやらなんやらで、好きな相手に告白が中々出来なくて苦労したんだ」


「先輩にもそんな時期が……」


 結局、勇気を出したのも卒業間近だったしな。ばっちり振られたけど。そのまま卒業したからダメージが少なかったのが救いだった。


「だから、無花果さんは凄いと思う」


 混浴なんて、俺の告白なんかより余っ程勇敢だろ。それだけでも、無花果さんの覚悟は俺以上だと分かる。


「気づいて貰えなかったッスけどね、好意」


「うぐ……。すまない」


「……一つ聞きたいんスけど」


「なんだ?」


 おずおずと。上目遣いで繰り出してくる無花果さん。やべ、冷静になって考えたら裸で向き合っているの股間に悪いな。


「先輩は自分に告白されたら嬉しいですか?」


「そりゃ勿論」


 女の子からの告白であれば基本的に嬉しいし、それがましてや推し絵師からの告白ならば、有頂天にならん奴おる? ってレベルだわ。浴室でなければ飛び跳ねてるぞ。滑って転ぶからやらんけど。


「んふ。今はその答えで満足です。では、そろそろ自分もお風呂頂きますね?」


「お? おう」


 (おもむろ)に立ち上がる無花果さん。前を隠しなさい。

 まあ、何はともあれ、どうやらメンブレは回避出来たっぽい? それは良かった。安心したし、俺も身体を流したら出るとしますかね。

 時間的にはそうでもないけど、色々あったせいで結構な長丁場に感じたわ。

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