幻想フラグ 1-4
「はぁ……酷い目に遭った……」
「そ、そうッスね……」
二人して濡れ鼠になりながらもなんとか帰宅した俺達──最初は走っていたけど、結局ずぶ濡れになったので途中から諦めて急ぎ足程度の速度で歩いていた──を迎えた我が家は人の気配が微塵もなかった。
これはタイミングが良いのか悪いのか。水夏はいつも通り部活、平日だから秀秋さんも仕事で、心春さんもパートっぽいな。
「とりあえず、着いてきてくれ」
「お、お邪魔します」
むぅ。急な土砂降りのせいで湿気が高まった影響か、家に着いたらじんわりと汗ばんできたわ。とても気持ち悪いですね。
それに濡れた衣服を着たままでは、幾ら夏場とは言え風邪を引く可能性もある。なので、すぐさま服を脱ぎ捨てて一風呂浴びたい所ではあるが。
「……まあ、お湯を張る所からよなあ」
荷物を玄関に置いて一直線に向かった浴室は、心春さんがパート前に掃除でもしたのかとても綺麗な状態であり、当然浴槽には水の一滴もなかった。
うーん。一人ならシャワーでサクッと済ませるんだけど、無花果さんの事を考えるなら風呂に入れる方が良いか。
致し方あるまい。給湯器のボタンをポチッとな。
「良かった。持ってきていた服は無事みたいッス」
脱衣所に戻ると背負っていたリュックを下ろし、中身を確認していた無花果さんが胸を撫で下ろしていた。
「それは何より。後、これタオル。応急処置にしかならんと思うけど、風呂が沸くまで我慢して欲しい」
「わ、有難うございます。でも、着替えればいいだけなので、お風呂まで頂かなくても大丈夫ですよ?」
ふむ。まあ、無花果さんの事だし、遠慮するんじゃないかなと思っていたが、案の定だな。
他人の家の風呂とか使いにくい事この上ないだろうから、気持ちは分からんでもないが。
「それは慢心というものだよ、無花果さん」
「言い過ぎでは?」
「風邪は万病の元とも言うし、用心出来るのであればするに越した事はない。特に無花果さん……いや、ミリィ先生は色々と予定が立て込んでいるだろう?」
「それはそうッスけど」
「更に付け加えるのであれば、対策が可能であったにも拘わらず、ミリィ先生におめおめと風邪を引かせたとなったら、俺が風花ちゃんにどやされる」
「ええ……。流石のふぅちゃんもそこまではしない……とも言い切れない……。めっちゃ自分のファンですからね、彼女」
「つまり、無花果さんが風呂に入って身体をしっかりと温める事で間接的に俺が助かるって事なのさ!」
「ふふ。なんスか、それ」
髪の水分をタオルで拭いつつ小さく笑う無花果さん。うん。このまま勢いで押し切れそうだな。
「そんな訳で、お湯が溜まったら遠慮なく入って欲しい」
「え? いやいや、一番風呂なんて頂けませんよ。ここは先輩からお先にどうぞ」
「そういうの気にしないし、俺は後で全然大丈夫だから」
寧ろ、風邪を引いた方が色々と都合が良いかも……いや、看病イベントみたいなのが起きるだけか。ダメだな。
「こういうのは家主に優先権があると思うんスけど」
「居候だからノーカンノーカン」
「そんなに自分の残り湯に浸かりたいんですか?」
「そうは言ってないよ?」
唐突に右フックかましてくるのやめてくれない?
ま、まあ? それだけ俺に対して気兼ねしなくなったという事なんだろう。良い事だ。
何が切っ掛けでエロい展開になるか分からないので、言動には気をつけるべきではあるんだが、無花果さんは推し絵師だから個人的には仲良くしたいんよな。
「じゃあ、先輩にお尋ねしますけど」
「どうした」
「後に待っている人が居て、落ち着いて湯船に浸かる事が出来ますか?」
「む」
一理ある。だが、それは何も無花果さんに限った話ではない。
俺も俺で濡れたままの無花果さんを置いてゆっくり風呂に入るなんて出来ないし。
つまるところ、この場には相手を慮るあまり先手を譲り合う人間しか居ないという訳で。
同じ考えに至ったのか、無花果さんと視線が交錯する。
「ここは潔く」
「そうッスね」
「ジャンケンで──」
「一緒に入りましょう」
「うん? ……んん?」
恨みっこなしを提案しようとしたら、なんか凄い発言が聞こえたような。
「なんて?」
「い、一緒に入りませんか?」
若干照れ気味ではあったものの、聞き間違えではなかった。……聞き間違えであって欲しかったな。ここにもあったか、裸の付き合いイベントが。
「どうしてそうなった?」
「えーっと、順番に一人ずつ入るとすると、後に入る人はそこそこの時間濡れたままで待たされますよね?」
や、俺が後手になった場合、無花果さんを浴室へ見送ったら濡れた服はすぐに脱ぐけど。着替えなら自室に山ほどあるし。
「そうなると日が当たらない室内では寒さでガタガタ震える事になるでしょう」
寧ろ、体温を奪う風雨が遮られたお陰で既に暑くなってきているが。この蒸し暑さ、日本の夏だねえ。
「その状態の人を放置していると考えてしまっては、先にお風呂に入った人も全てが中途半端な状態で上がる事になると思うんスよ」
全くの杞憂である。
つまり、これはあれだな。無花果さんに先手を譲れば、彼女の考えている様な事は起こり得ないと理路整然に説明すれば、珍しく回避出来そうなイベントだ。
「いいかい、無花果さん。俺は着替えたら」
「さっき先輩が仰った様に『着替えたら大丈夫という油断が体調を崩す』ってその通りだと思いますし、お風呂で身体を芯から温めるのは大事ッス」
「せ、せやな……」
自己の発言のせいで、俺の足掻きがやる前に潰されただとぉ!? 数十秒前の俺、何してんのぉ!
い、いや! まだだ! まだ風呂に二人で入る以上、必ず避けられない事がある!
「一緒に入るとなれば、否が応にも裸を俺に見られる事になるんだが、それで落ち着いた入浴もなくないか?」
作戦AIがガンガンいこうぜ染みてる風花ちゃんと違って、無花果さんは至って普通の感性を持っている。だから、こうやって羞恥を煽ってやれば、それもそうだと納得してくれるはず……!
裸の付き合いというハードル、貴女にとってはそれ程低くないですよね!?
「背に腹はかえられませんし、それに」
「それに?」
「──自分のはもう見られてますから」
「……はい? はいい!?」
え!? いつ!!??
ぼく、また何かどこかでやっちゃいました!?
「時雨さんと村雨さんに後から聞きましたけど、体育祭の時、気絶していた自分を最初に見つけたのは先輩なんですよね」
「スゥー……」
あぁ、思い出しました。
「その際、先輩は確か……その……自分の下半身辺りに、えっと……顔を近づけていたとか……」
「…………」
やっべ、その通り過ぎて何の弁明も出来ねえ。改めて聞くと酷い変態が居たものだな。
「あの時の自分は阿久野君の取り巻き達に乱暴される直前だったので、下は脱がされていた筈です。起きた時にはちゃんとハーフパンツを履いてましたけど」
起こす前にこのままでは可哀想だからと二人が履かせてたからね。
「ここまでの話を踏まえると、先輩は自分が気絶しているのをいい事に……お、おま……こをじっくりと……それはもう、た、丹念に観察していたのではと」
「そこまではやってないよ!?」
真っ赤な顔をして爆弾発言が過ぎるわ!
でも、性器のとこを恥ずかしすぎてごにょごにょ言っている無花果さんは正直可愛い。動画にして保存したい。リピートアフタープリーズ。
「そこまでという事は、見たのは認めるんスか?」
「それは、まあ……」
状況証拠の多さから言い逃れ出来んし。実際、結構マジマジと見たし。
「ズルいと思いませんか?」
「なにが!?」
「自分はネット画像とかでしか実物を見た事がないのに、先輩はその目で見たお陰で現物を知っているんですよね? 童貞なのに」
「今、言葉のナイフで刺してくる必要が本当にあったか?」
確かに童貞ですけども。
「……ごほん。話を戻すんスけど、一度見られたのであれば、二度もそう変わらないかなと」
その顔で言われても説得力が皆無なんだが。そうすぐに慣れるもんでもないだろうに。というか、そのままの君で居て欲しいぞ、俺は。
「確かにまだ全然恥ずかしいッス。けど、それで先輩と一緒にお風呂へ入れるなら安いもんスよ」
「無花果さん……」
やだ。この子ったら、そこまでして俺の事を案じて……。トゥンク。
「何より」
「?」
「先輩のおち〇ちんが見たいんスよ、こっちは! その為ならこの貧相な身体の裸体の一つや二つ些細な物。その代わり、先輩のそれを資料にさせろください!」
「商魂たくましいな、オイ! 」
胸の高鳴りを返して欲しい。
「ぐへへ、じっくり観察してお前の下半身を商業デビューさせてやるからなあ!」
「嫌すぎる……!」
後、熱量のせいで貴女のキャラが変わっています。早く戻ってきて。
「まあ、先輩が嫌なら拒否しても良いんですよ」
「急に冷静になるな」
びっくりするから。
「ただ、ここで負債を返済しといた方が先輩的には良いと思うんスよねえ」
「つまり……?」
「後々、この事を出にもっと凄い要求をするかもしれませんよ?」
「す、凄い要求って……?」
「肉体関係を迫るかも……?」
「よし。風呂に入るぞ、無花果さん!」
そして、過去の事は水に流そう。風呂だけに。
主人公のやらかしは風花フラグ4-1に




