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聖フラグ 1-1

サブタイトルがネタバレ


「室内プール及び更衣室の清掃ですか」


「はい。それが今回の学長と共謀して生徒達を混乱に陥れた罰となります」


 夏休み初週。朝からエレちゃん先生の補習を受けた後、呼び出された生徒会室で会長からそう命じられた。

 この出頭自体は事前にトークアプリで伝えられていたので驚きはない。けど、内容の方はただの一学生へ課すにしては荷が重くないか?


「専門家の役目では?」


「プール内部は業者を入れますが、それ以外の部分は素人でも大丈夫でしょう」


「それでも、ちょっと敷居が高いような。まあ、清掃員の人にやり方を聞けば良いか」


「ちなみになんですが、うちが専属契約している清掃員の方はぎっくり腰になったらしくて」


 はい?

 ええと、つまり……。


「お察しの通り、後輩君は一人で頑張るしかありませんよ」


 どないしろと?

 普段通りであれば、計画の手助けをしてくれる隼も俺と同じ罰を受ける筈なんだが、今回は一人でやっちまったからなあ。


「代わりの清掃員は……」


「すぐに派遣するとは言われましたが、その方にいきなり全ての範囲の清掃を押し付けるつもりですか? 流石に可哀想だと思いませんか?」


 いつもの様に椅子に座る彼女は、今まで読んでいた手に持つ何かしらの資料から目を離し、正面に立つ俺を見上げる。

 ええ。何それ。この学園の清掃って一人で賄ってるの?

 学校の広さがそれ程でもないとかなら分からんでもないけど、聖まあち学園は設備施設が色々と整っている分、中々に広大な敷地面積を誇る筈なんだが。


「もしかして」


「ブラックではないですよ」


「いやでも」


「ブラックではありません」


「あ、はい」


 こちらの発言を先読みした上で有無を言わせないじゃん。


「そもそも、毎日清掃しなくても良い場所もありますから。それに後輩君みたいな善意の協力者も時たま現れますし」


 物は言いようが過ぎる。勿論、俺だって好きで罰を受けている訳ではない。やらかした事へのケジメをちゃんと取っておかないと誰も着いてきてくれない事を知っているだけだ。


「今回は学長も手伝いを申し出てくれましたし」


「学長が!?」


 そろそろ還暦に入るかなりいい歳した人だよ!?


「折角なので全学年のトイレ掃除を命じてみました」


「怖いもの知らずか?」


 生徒会長ってこんな強権を発揮出来る立場でしたっけ?


「若い頃を思い出すわいと仰ってましたよ」


「ちゃんと苦労人じゃん……。そんな人が学長まで登り詰めたのか」


「正しく、叩き上げってやつですねえ」


「よく手伝ってくれるって話になりましたね……」


「夏休みだからやることなくて暇なんでしょう」


「言い方ァっ!」


 後、絶対そんな事はないと思う。まあ、俺も要所要所での挨拶以外で何をしているのかよく知らないけど。

 ただまあ、話してみると思いのほかノリが良い人だったから嫌いではない。


「そこまで言うなら、後輩君がトイレ掃除でも構いませんが」


「プールの方に行きます」


 やった事がないとは言え、そっちのが楽しそうだし。それに一日で全部やれとも言われてないしな。初めから何日か掛けても良いんだろう、多分。こちとら素人だぞ。


「そうですか。午後から清掃すると告知しているので、水泳部もそろそろ練習を終えているでしょうし、準備が出来次第向かってください」


「用具の場所は?」


「大抵の物はプールの掃除用具入れに。それと、こちらが更衣室とプールの鍵です。終わったら施錠をお忘れなく」


 学園の秩序を乱したとかで学園内の掃除を言い渡された事は何度もある。だから、必要事項の確認自体は最小限且つスムーズに。

 ただまあ、よく分からない所の清掃は基本的に清掃員のおばちゃんに詳しくやり方を聞いてから始めている訳だが、今回は事前の予習なしか。

 こういうのってネットで調べたら出るのかね。後で見てみよう。


「じゃあ、昼食の後に向かいます」


「ええ。お願いしますね」


 入室の際に近くの机に置いた鞄を持ち上げる。ちなみに、中身は補習で必要になった教科書と心春さんお手製のお弁当だ。

 今日は一日拘束されると先んじて分かっていたし、理由も理由なので昼食はコンビニとかで適当に済まそうと思っていたのだが、心春さんがわざわざお弁当を作ってくれた。

 これには思わず無償の愛を感じてしまう。本当に頭が上がらないな。お礼に肩揉みでもしたら良いんでしょうか。


「では、会長。失礼しました」


「はい。進捗はトークアプリの方で報告して貰えれば大丈夫なので、ここまで出向く必要はないですから」


「了解です」


 まあ、何はともあれ昼食だ。申し訳なさとか恐縮さとか色々あるけれど、それはそれとして心春さんの料理は美味しいから楽しみなんだよな。

 そんな脳天気な事を考えながら、会長に背を向けて生徒会室の扉を開く。


「ふふふ……」


 だから、気づかなかった。

 室内から出て行く俺の背後で会長がプールの利用許諾書という紙を眺めて不敵な笑みを浮かべていた事に。



「さて、と」


 お弁当をしっかりと完食し適度に休憩を取ってから、室内プールのある建物へ移動し、更衣室の前で独りごちる。

 視界に映るのは男子更衣室と女子更衣室。ふむ。一体、どちらから清掃しようか。


「まあ、どっちでもいいか。なんてったって俺には大義名分があるからな」


 既にお触れが出ているから、周辺に人影は一切ない。ないのだが、言い訳染みた物が出ちゃうのはなんなんだろう。罪悪感? それとも、未知の領域へ踏み込む事への心細さ?

 兎にも角にも、“清掃中”のサインボードを持ってないが故に、現況を誰かに見咎められると説明やらなんやらが面倒なので、さっさと入り口のドアを解錠し、ノブを捻る。

 当然、入ったのは女子更衣室の方。そちらを先に選んだのは男のロマンとか好奇心とかも勿論あるが、どうせどちらも清掃するんだから結果的には変わらないという考えが根底にあったからで。

 だからと言うかなんと言うか、俺はこのゲーム世界の強制力という物を完全に失念していた。


「用具がある場所はプールの奥だっけ」


 予め調べていた屋内プールの間取りを思い出しつつ、先に掃除道具を確保しようと更衣室を横切る。横目でパッと見た限り、更衣室は清潔に保たれていて、大事に使われているのが理解出来た。

 うん。これなら男子更衣室側もそこまで手間じゃないかもな。こっちは兎も角、向こうは色々ひっくり返す事に抵抗はないし。よし! 掃除を頑張りますかー。

 そんな風に改めて気合いを入れた俺がプールへ続く扉を開こうとした所で、


「もう! 水夏の水泳バカ! 今日は清掃があるから程々に切り上げてって言ったじゃん!」


「ごめんごめん。えへへ」


「可愛いから許す! でも、清掃員の人が居たらちゃんと謝ろうね」


 向こう側から聞こえた声に動きを止めた。


(おいい!? こういう展開を避ける為に結構時間を空けたんだが!?)


 急いで扉から身を離す。明らかにこの状況を見られるのは不味い。清掃するためという正論は女子更衣室に侵入しているという先入観に圧殺されるのがオチだ。

 しかも、声の距離感的に入り口まで引き返す余裕もない。ならばと辺りを見渡すが、当然、あるのはプールを利用する人の荷物や着替えを保管するロッカーと幾つか設置されたベンチだけ。

 これは背に腹はかえられないやつか。


「って、開いてねえのかよ!」


 思わず、声が出るくらいに焦る。

 とりあえずと一番近いロッカーに手を伸ばしたのだが、無慈悲にもその扉はビクともしなかった。


(ヤバいヤバいヤバい! どれでも良いから開いててくれ頼む頼む!)


 心臓が爆発しそうな勢いでビートを刻む中、神に祈るつもりで隣のロッカーの戸を引く。


「よしっ!」


 開いた!

 中には何の荷物もないし、人一人くらいなら、余裕とまでいかなくても入り込めるスペースはある。

 これなら、なんとか身を隠す事は出来るな。


「え? 今、中から誰かの声がしなかった?」


「他の部員達がまだ着替えてるだけじゃない?」


(やっべ!)


 プール側に居る女子が扉に手をかける雰囲気を感じ取り、鞄をロッカーに放り込んだ後で身を滑り込ませ、内側から戸を引く。

 そして、それが閉まると同時、更衣室とプールを遮る扉が開かれた。


(せ、セーフだったか……?)


 ロッカーの通気口とでも言えば良いのだろうか、横向きに広がる僅かな隙間では大した範囲は見通せず、現状が把握出来ない。

 空調が効いている更衣室のお陰でロッカー内部も冷んやりとしているのだが、脂汗が次から次へと噴き出してくる。心拍数がヤバい。


「誰も居ないよー?」


「あっれ。気の所為だったのかな?」


「まあ、なんでも良いじゃん。清掃員さんもまだ居ないし、さっさと着替えよう」


 水夏の声を筆頭に何人かの女子水泳部員が更衣室へ。

 どうやら、ロッカーに入り込む所を見られてなくて、俺の存在は彼女達にバレなかったらしい。はぁ〜、助かったぁ……。


「えっと、鍵は……」


 って、水夏さん!? どうして、隣のロッカーを……あ、施錠されていたのは使用中だったからか。なるほどなるほど。

 ……これはまだピンチを脱していないのでは? 何かの手違いで、こちらのロッカーに手を伸ばされたら終わるぞ?

 という事は、だ。水夏が着替え終わるまで、物音一つ立てる事すら許されない訳で。し、(しず)かなること林の如しだぜ……。


「ん、しょ……っと」


 だがしかし。そんな俺の想いを嘲笑うかのように。学校指定の水着を脱ぎ始めた水夏へ視線が吸い込まれるのを止められない。これが悲しき男の性か。

 肌に張り付くしとどに濡れた髪の上からタオルを被り、水着の肩紐に手を掛ける水夏は当たり前だが完全に無警戒で。その自然体の在り方が、却って彼女の色気を際立たせる。

 水夏の一挙手一投足から目を離せない。


「うん? うーん?」


 そんな邪な視線をプロポーションの良い水夏は日頃から引切り無しに受けていたから敏感になったのだろうか。

 水着の肩紐を外し腰辺りまでずり下ろした所で、咄嗟に露出した胸を腕で覆い隠す水夏。そして、その自分が取った行動に疑問を浮かべ、違和感の元を探ろうと周囲を確認し始めてしまった。


(う、動かざること山の如し……!)


 一瞬とは言え、窮屈だと言わんばかりに水着から零れ落ちたおっぱいを俺は完全に捉えていた。寧ろ、注視しすぎてバレた説もあるが、それ程までに水夏の胸は暴力的で、とても美しかった。

 恐るべき幼馴染っぱい。前世は動画で見慣れてるし、転生してから先輩の裸とかも見てきたから、まさか胸一つでここまで動揺することになるとは。この俺の目をもってしても見抜けなかった。


「どうしたの、水夏?」


 そして、キョロキョロと辺りを窺う水夏に当然のように他の部員が声を掛ける。

 ここで彼女が何か視線を感じるなんて言おうものなら、更衣室内の大捜索が始まるだろう。そうなればロッカーの中なんて確実に点検される。

 これは万事休すか……! 俺のバカバカ! 欲望を優先していい状況じゃなかっただろ!


「ちょっとプールに忘れ物しちゃったみたい」


(へ……?)


 あれ? 救われた? なんで?


「マジ? うちらも探そうか?」


「ううん。でも、二人を待たせるのも悪いし、先に帰っていいよ。今日は付き合ってくれてありがとう」


 そう言って着衣を戻した水夏はチラリと俺の居るロッカーを確かに一瞥してからプールへと向かう。

 こ、これはバレてる……? 今、完全に目が合ったよな……?


「あ、水夏!」


「……って言われたけど、どうする?」


 残されたのは既に着替え終えた二人の水泳部員とロッカーの中に居る俺。

 依然として危機的状況ではあるが、生着替えが目の前で行われないのであれば平常心では居られる。今こそ、空気に徹する時だ。


「個人的には待っててもいいんだけど、水夏は多分一人になりたいんじゃないかな」


 なんだその理解力の高さは。長年連れ添った彼女か?

 いかん。空気になろうと思ってたのについツッコミを。


「あー、そういうね。じゃ、うちらは空気読んで帰りますか」


「うんうん。帰りにどこか寄ってく?」


「寄る寄るー! 水夏に付き合ってたからお腹ぺこぺこなんだよねえ」


「あはは、分かるぅ。でも、楽しいから仕方ない」


「……」


 良い友人達だな。水夏はあまり自分の話をしないが、ちゃんと水泳部にも居場所があるみたいで安心する。

 これからも水夏と仲良くして欲しい。


「一緒に居ると癒されるしね。うちが男なら放っておかないよ、あんなの」


「ま、男だったらここまで仲良くなれないんですけど。水夏はあれにゾッコンだから」


「幼馴染だっけ。どんなけ恵まれてるのか自覚しろってんだよ、こんちくしょう」


「ホントだよねー!」


「あり? なんか鍵が開いてる」


「先に帰った人が閉め忘れたんじゃない?」


「夏休みで人が少ないとはいえ不用心だなあ」


 だからまあ、俺をネタにして盛り上がるのも全然良いさ。

 この感じだと水夏に色々と吹き込んだりもしてそうだけど、同性の友達ってのは得てしてそういうものだし、こんな風に好き勝手言いながら更衣室を出ていく二人は個人的に微笑ましく映る。

 ……なんて、そろそろ現実逃避の時間も終わりか。


「……ルミ君、居るんだよね?」


 扉の閉まる音を聞いて戻ってきた水夏が俺の居るロッカーの前で立ち止まる。発された声は確信に満ちていて逃れる事は不可能であると理解した。

 さて。これをどう乗り切ったものかなあ。

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