エクレールフラグ 1-5
「自分もフローラの配信は見てますけど、声や雰囲気が似てるとは思ってたんスよね」
場所を移してファミレスにて。
自身が頼んだドリンクをストローでちびちび飲みながら無花果さんが言う。
もう見られてしまったからか、それとも俺達なら心無い事を言わないと信じているからか。願わくば後者であって欲しい物だが、とにかく彼女の虹の瞳は未だ披露されたまま、長い前髪は後ろに流すようにして頭上で纏められていた。
ええと、確かポンパドールって髪型だっけ。いつもと雰囲気が違いすぎるし、片目の輝きもあってとても鮮烈な印象を受ける。そして、言うまでもない事だが、素顔の無花果さんもかなりの美少女だった。この世界の女子、総じてレベルが高すぎる。
……今更なんだけど、この子の股間に俺は悪戯したんだよな。うん。後悔先に立たずとはよく言ったもので、罪悪感が凄まじいわ。
「そんなに同じかなあ? お兄ちゃんもそう思う?」
「…………」
「お兄ちゃん?」
気づけば、対面の風花ちゃんが俺を覗き込む様にして見ていた。
「あー、悪い。無花果さんの瞳に見惚れて聞いてな──」
「ぶふぅっ!」
何はともあれ、この秘密は墓場まで持っていこうと。そう決意していると無花果さんが飲んでいた物を盛大に噴き出した。
なんだ!? どうしたんだ!?
「げほっ、ごほっ!」
「ゆ、ユメちゃん!? 大丈夫!?」
「……coureur de jupons」
隣のエレちゃん先生が何かボソッと呟いたけど、日本語じゃないから分からない。けど、こういう時に通じない外国語を言う時点で、ろくでもない意味に違いない。
「い、いきなり何なんスか!」
おしぼりで口元、紙ナプキンでテーブルに飛び散った液体を拭き取りながら無花果さんが焦った様に言う。
はて。そんなに焦るような事を……言ったな。無自覚に。ポロッと。
「でも、ルミお兄ちゃんの言いたいことも分かるなあ。本当に綺麗」
「ちょ、文野さんまで」
横合いから風花ちゃんにじっと見つめられ、無花果さんは顔を背ける。一番の友人であろう風花ちゃんですら、まだ遮蔽物なしで視線を合わせるのは難しいか。
「コンタクトでは出せナイ天然なカラー。コスプレイヤーとしテも憧れマスね」
「うぅ……」
そこにエレちゃん先生の更なる無垢な追撃。この人はこういう事を素でやるんよな。恐ろしい。
そして、何故か知らないうちに無花果さんの眼を褒め殺す包囲網が完成していた。どうしてこうなった。
「……変じゃないんですか?」
おずおずと。全ての視線から逃れる様に俯く無花果さんがポツリと零す。
「変?」
「だ、だってこんな眼、人と全然違うし、片目だけだし……」
「そうかな」
黒目黒髪で溢れた現実世界の日本を知っている俺からすれば、青髪碧眼の同居人や緑髪翠眼の隣人、赤髪紅眼の風紀委員長ですら馴染みがない。
そんな俺に今更物珍しさを語られてもね。全くもってピンと来ないんだよな。それに、
「他の人は兎も角、俺はその眼が好きだよ」
「──っ」
蒼穹を橋架ける虹。その雄大さを彷彿とさせる無花果さんの瞳に心を奪われたのは事実で。
もしかしたら、彼女もヒロインの一人で、俺のこの発言は好感度の観点で後々首を絞めるかもしれない。
それでも、可能性の話に怯えて本心を隠すのは違う。それに俺、結構無花果さんの事が好きなんだよね。思っていた以上に人間味があるから。
「だから、俺の前だと隠さないでくれると嬉しいかな」
「先……輩……」
「アタシもアタシも! ユメちゃんの事ならなんでも受け入れるから!」
「ははっ。なんスか、それ。愛が重いッスよ……」
下を向き続ける無花果さんの肩が震え、声音にも湿り気が滲む。
「ユメちゃんはこんなアタシの事、好きじゃないかな……?」
そんな彼女に気安く絡む風花ちゃんは流石と言わざるを得ない。
泣きそうな女の子の相手とか前世彼女ナシ童貞の俺には荷が重いし、本当に助かる。
「えぇ……。そこで不安そうにされるのは卑怯なんスけど。ちゃんと好きですよ」
「えへへ、やったぁ」
指で目許を拭ってから顔を上げた無花果さんが苦笑している。
次いで、俺と目が逢うと何処と無く気恥ずかしそうに、それでいて晴れやかに微笑んだ。
うんうん。吹っ切れた表情が魅力的で素晴らしいね。やっぱり、女の子は笑ってなきゃな。
「流石デスね、海鷹クン」
「はい?」
「Non。なんでモありまセン。ところデ、お二人を残しテきて良かっタのデショうか」
なんでもないと言われはしたけど、母国語で悪口らしき物を言われたのは忘れてないからな。
後で調べてやる。覚えていたら。
「ああ。大丈夫ッスよ。姉さん達は片付けがありますし」
「ユメちゃんが居なくても平気なの?」
話題が仕事に関わることになったからか、普段の平坦な調子に戻った無花果さんの言葉に首を傾げる風花ちゃん。
「ご心配なく。自分が居ない場合は姉のどちらかがミリィって事になってるんで」
「……ん?」
それは、つまり……どういう事だ?
「まだ全然無名だった頃、サークル側で即売会に初参加した時、学生だって理由で色々言われたんスよ」
「そうなの?」
「人生経験の少ない学生が18禁の物を描ける訳がないやら、そんな年齢からこんな物を描くなんて、エッチな事に興味津々なんだねやら。挙句の果てには、直接のお誘いも何件かあったかな」
「「うわあ……」」
風花ちゃんと一緒にドン引く。なんというか、何処にでも居るもんなんだな、そう言う奴って。
まあ、この世界は俺の願望によって創り出されたエロゲ世界だから、登場人物は何があっても概ね18歳以上なので、無花果さんのサークル初参加が何年前であろうと合法ではあるのだが。
黒寄りのグレーは黒ではない。いいね?
「自分としては逆に感心したんスけども。こんな貧相な身体であっても、女と見れば飢えた獣は雲霞の如く寄ってくるんだなあって」
いや、図太いな。
冷静に観察してんじゃないよ。
ただまあ、ショックを受けたり、恐怖を感じたりはしてなさそうで安心した。それが理由で筆を折っていたら、こんな素晴らしい神絵師と出会えなかったからな。
「それデ隠れ蓑デスか?」
「そうッスね。自分としては言いたい奴には言わせとけ精神だったんスけど、姉二人が面倒な輩に煩わされて絵を描く手が止まるくらいなら、自分達が幾らでも矢面に立つって」
「へえ……」
良いお姉さんじゃないか。
さっきの場面での立ち回りもそうだけど、無花果さんの事が本当に大切なんだな。
「だから、うちのサークルは基本的に姉のどちらかがミリィなんスよ。いつもバイトで雇う売り子の方も、たまにミリィになったりしますけど、そこら辺はノリです」
ミリィのバーゲンセールじゃん。ノリで売り子にも名乗らせるな。
「もしかして、ミリィ先生の情報が極端に少ないのって」
「ご明察の通り、完全に特定が出来てないからッスね。メディア取材とかお断りしてますし」
そら、調べても何も分かんなかった訳だよ。性別すら何処にも載ってなかったからな。
「あれ? それなのにアタシ達と会って良かったの?」
「自分がキャラデザした言わば娘と呼べる人が挨拶に来るのに、直接会わない母が居ると思います?」
「あ、それは、はい……仰る通りです……」
「ふふ。ワタシはフローラのオマケデスかね」
「い、いや、そんな事はないッスけど。一応、今日持ち込んだ新刊は直接渡すつもり……でした、し……」
ああ。挨拶が来ると事前に分かっているから、取り置きしているのね。
……ふむ。それにしても、一体どんな内容なんだろう。SNSに上がっているであろうサンプルとか全く見てないんだよな。楽しみにし過ぎて、ネタバレを全力で回避してたわ。流石に俺の分まではないと思うし、風花ちゃんに貸して貰おう。
「あの文野さん」
「どうしたの?」
「お渡しする新刊、先輩にだけは見せないで貰って良いッスか?」
「ナンデッ!?」
また何かやってしまいましたか!?
「あー……そう言えば今回のお話って……」
「え、なんで文野さんが内容を……。そ、そうか。サンプル見たら分かる人は分かっちゃうのか。……もう即売会も終わったし、消しておこう」
「どうしテ慌てていルんデス?」
「今回の内容が過激すぎたので!」
「確かに、人によっては過激……かも?」
ええ……。めちゃくちゃ気になる。
「そ、そうデスか……。と、ところデ、ワタシも新刊を貰えるのデショうか」
何言ってんだこの人。教師が生徒の描いたエロ本欲しがるんじゃないよ。
「勿論、渡しますけど!」
渡すんだ。来る者拒まずじゃん。というか、無花果さんの情緒が壊れてないか? どうした?
「ですが、先生も! 先輩にだけは見せないで下さいね!」
「ハ、ハイッ! 肝に銘じマス!」
エレちゃん先生? 年下相手にたじろかないで下さい。威厳が……いや、既になかったわ。
「あ、それと」
まだ何かあるんだ。
「自分がミリィである事、学園では内密にお願いします。まあ、言った所で誰それ。ってなるオチだとは思いますが念の為」
軽く頭を伏せる無花果さん。彼女の言う通り、興味のない人からすれば、高名なイラストレーターも一般人と何ら変わりはない。
それでも、下手に周囲へ知られると面の皮が厚い連中や学校行事の際にイラストを描いてくれと言われるかもだし、彼女の憂慮も理解出来る。
だが、その心配は杞憂な気はする。
「「こちらこそ」」
何故なら、この場に居る風花ちゃんとエレちゃん先生も三者三様で秘密を抱えているのだから。
ほんと、凄い集まりがあったものだよ。




