エクレールフラグ 1-3
察しはついていると思いますが、閑話→エクレールフラグ1→火燐アフター2という時系列です
「……こんにちは」
合流場所へと向かうと数多の戦利品を手にした風花ちゃんがこちらへ気付き、軽く頭を下げる。事前に連絡をしていたので、彼女に驚きはない。……何処と無く面白くなさそうではあるけれど。
いやまあ、デートの最中に相手が異性を連れてきたら誰でもそうなるか。気持ちは分かる。でも、これは果たして俺のせいなのかな? いや、俺のせいか。イベントフラグが勝手に立つ主人公だしな。ごめんよ。
「ふ、文野サンも居たのデスか……」
こっちもこっちで。まさか学園の生徒がもう一人居ると思っていなかったエレちゃん先生は頬を露骨に引き攣らせている。
しかし、こればかりは先生の油断が過ぎるだけだと思うけどね。“こすこみっく”の会場、俺たちの地元からそう離れた場所じゃないし、その俺が「他に同行者が居る」と伝えた時点で、関係性まで推し量るべしだろう。
「み、海鷹クン。くれぐれもアノ事はご内密二……」
一瞬だけ固まっていたエレちゃん先生ではあるが、耳打ちの為に擦り寄ってきた。
あの事とは言わずもがな、コスプレの事である。道中でも念入りに頼み込まれたけど、やっぱり秘密にはしときたいのね。
「先生はコスプレするんですか?」
「──!?」
しかし、そんな先生の努力虚しく、風花ちゃんには秒でバレていた。
そうなんだよな。この子、賢いんだよ。
「……あれ? キャリーバッグを引いてるからてっきり……違いました?」
「あ、イエ、や、そノ、これは……」
凄い。あたふたしすぎて、最早自供している。購入した戦利品を仕舞う為の物と言い張れば、まだ言い訳になりそうだったのに。
や、それもそれで教師としてどうなんだろう。少なくとも、生徒に見られたくない姿な気はする。エレちゃん先生、オタクらしい雰囲気は全くないし。
「うぅ……。み、海鷹クゥン……」
そんな捨てられた子犬みたいな目をされましても。一応、この世界では年上でしょ、貴女。年下に頼らず、しっかりしてください。
「こうなってしまえば、もう認めてしまった方が楽だと思いますけど。俺の時は早々に観念したじゃないですか」
なんてったって、エレちゃん先生から接触してきたくらいだし。
あの時点では、先生的にもバレたかどうか微妙なラインだったとは思うが、諦めたように苦笑い浮かべつつ暴露してきたんよな。
どうやら、いつまでも俺の反応を窺ってやきもきするくらいなら、先に全部晒してしまえという結論に辿り着いたらしい。
「あ、アレは……海鷹クンになら大丈夫かなっテ……」
なにゆえ?
「そもそも、海鷹クンに凝視されテ怯えた反応が出来なかっタ時点デ、知り合いの可能性を疑われマスし」
「抜かしおる」
ちゃんとスマホ越しに見ていたから、そっちからは俺の視線まで分からないよね? というか、幾ら俺の目付きが悪いと言っても、初見で理由無く人がビビる眼圧を出したことはないよ? そうだろう、風花ちゃん?
「……あはは」
おい。明後日の方向を見ながら空笑いをするな。ちゃんとこっちを見ろ。
「初めテ目を合わせた時は夢に見る位怖かったデスね」
「よし。この話はやめよう」
あまりにも俺の立場が不利すぎる。建設的じゃない。今後の事を話そうじゃないか。
「ミリィ先生の所に向かうんだっけ」
「そうですね。混雑する時間は終わったでしょうし」
「アラ? お二人もミリィ先生にご挨拶を?」
予定通り、ミリィ先生が出展しているブースへ向けて歩き出すとエレちゃん先生も隣に並んだ。なに、この両手に花。めっちゃ目立ちそう。
「その言い方だとエレちゃん先生も……?」
「Oui……」
そういえば、SNSを見た限り、この人もミリィ先生のガチファンだったわ。色々あって頭から抜けてたね。
となると風花ちゃんと同じく事前に連絡をしているのかもしれない。
うーん。俺だけ完全に部外者なんだが、この二人と一緒に行って良いのだろうか。エレちゃん先生の方は兎も角、自分がデザインしたVの中の人が男同伴で挨拶に来たら、ミリィ先生も風花ちゃんに良い感情を持たないのでは。
「あ、あのあの海鷹クン」
「なんですか?」
なんて事を考えていたら、何故か焦りながら声量を落とすエレちゃん先生。
自然、次の言葉を聞き取る為に彼女へ数歩身体を寄せる。時期が時期だし、私服へ着替えた際に制汗剤を使ったのか、柑橘系の香りがした。
「こういった場デ、教師と生徒を仄めかス発言は避けテ下サルと……」
ふむ。この場での先生呼びはどちらかと言えば作家と思われそうだけども。
まあ、エレちゃん先生の危惧も分からない事もないし、作家と勘違いされて要らぬ誤解を生むのは避けるべきかな。
「じゃあ、どう呼べば?」
「そうデスね……。では、海鷹クンさえ良ければsœurと」
「……なんて?」
「sœur。日本語で姉妹デス。ここデは、姉となりマスね」
寧ろ、生徒と姉弟プレイは業が深いのでは? 貴女、曲がりなりにも教育者の方ですよね?
「それはちょっと」
「デモ、海鷹クンも文野サンに兄と呼ばせテマスよね?」
「…………」
急所を抉ってくるじゃん。それを言われたら何も返せねえよ。
ただ、風花ちゃんの兄呼びは昔の話もあるし、既に慣れてしまったのもあって違和感はないんだが、エレちゃん先生はエレちゃん先生がしっくり来すぎているんだよなあ。
「お兄ちゃんが姉と呼ぶなら、アタシにとってもお姉ちゃんですね?」
「……!」
ここでまさかの風花ちゃんからキラーパス!
うわあ。エレちゃん先生の表情があからさまに華やいでいるよ。
「Très bien! ワタシ、一人っ子だったノデ、兄弟姉妹……特に弟と妹に憧れテマシて」
言いながら俺に期待の目を向けてくる先生。
おいおい。もう断れる空気じゃないよ。だが、好感度の事を考えたら心を鬼にすべき展開だ。こういう小さな積み重ねが、気付けば取り返しの付かない事態を招くのだから。
「あの、やっぱり恥ずかしいので」
「Non。そう言わズにお願いしマス」
「今回はご縁がなかったという事で……」
「Non。そう言わズにお願いしマス」
「慎重に詮議した結果、呼ぶのは辞退させて頂きたく……」
「Non。そう言わズにお願いしマス」
「貴女様の活躍を弊社一同お祈り申し上げます」
「Non。そう言わズにお願いしマス」
「…………」
現実に無限ループが発生する事なんてある?
こういう時だけゲーム感を出してこなくて良いから。
「ルミお兄ちゃん……」
風花ちゃんが小さく首を横に振る。言いたいことは分かる。諦めろって言うんだろ。
だが、足は動かし続けているので、このままループで時間稼ぎをしたら、姉と呼ぶ事なくミリィ先生の所に辿り着けるだろう。
正直な話、エレちゃん先生には悪いが、初めてイベント進行に抗えるかもしれなくて少しドキドキしてるんだよな。
問題があるとしたら、俺の引き出しがもう尽きたって事くらいだ。うん。致命的だな。角の立たない断り方として、お祈りメールに頼ったのが間違いだった。
「……エレ姉」
だから、これは致し方ない。そんな諦観と共に大分ぶっきらぼうに姉と呼ぶ。情感を乗せるのは流石に恥ずかしかった。
「──っ!」
「ちょっ、せっ……エレ姉!?」
急に胸を抑えてふらつく先生を咄嗟に受け止める。なんだなんだ。突然の体調不良か? 今日はそこまで暑くないし、そんな素振りは微塵もなかったけど熱中症にでもなったか?
「えへ、えへへぇ……」
あ、違うわ。このオタク特有の気持ち悪い笑顔、確実に体調不良なんかじゃねえわ。嬉しさのあまり、立ってられなくなっただけだわ。
それでも、元が外国人美女。だらしのない笑みでも可憐さと愛嬌がある。風花ちゃんもファンに見せられない顔をする時あるけど、言うてその顔も可愛いんだよな。
「……? どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、なんでも。それより、そろそろ自力で立ってくれませんか、先生」
「あぁん。そんなイケずな事をしないデ、また姉と読んで下サイぃ」
おぅふ。しなだれかかったまま指で胸をつつくのはやめて貰えませんかね。
仮に姉弟でもしねえだろ、こんなこと。実は甘えん坊なのかね。
「ミリィ先生へ挨拶に行くんじゃ」
「そうデシた」
目的を思い出させると即座に離れ、ふらついた時に手放したキャリーバッグを拾ってはきびきびと歩き出すエレちゃん先生。
姉と呼ばれた事で満足したのか、充足した足取りで次なる目的地へと突き進んでいく。それを呆気にとられて眺める俺と風花ちゃん。この切り替えの早さはちょっとだけ見習いたい。
「アタシもあんな風に抱き締めて貰いたいなあ……」
どうやら、呆気にとられていたのは俺だけらしい。なんか風花ちゃんから羨望滲んだ言葉が聞こえたんだが。
後、それは違うよ。受け止めただけで抱き締めた訳しゃないんだよ。
それに、君を抱いたら胸つんつんよりもっと大胆な事を仕出かすよね。これから憧れの先生に会うって言うのに、お互いに発情している場合じゃないんだわ。なんでデバフつきで挨拶しなきゃならねえんだ。
「まあ、俺まで挨拶するかどうかは分からんけども」
所詮は一ファン。しかも、風花ちゃん達と違って俺は完全に路傍の石。ただでさえ、難色を示し易い男連れだ。俺という汚点のせいでフローラの新衣装の製作依頼が断られたりしたら、風花ちゃんの代理兄としてもミツバチさんとしても死んでも浮かばれないし、知り合いだからと言って出しゃばらない様にしないとね。