エクレールフラグ 1-1
「わぁ……!」
六月某日。期末テスト直前の休日にて。俺は風花ちゃんと一緒に少し遠出をしていた。
勿論、約束していたデートのやり直しをする為である……建前上は。
え? そんな日に勉強をしなくて大丈夫かって? いやね、実は気づいちゃったんだよね。とても重要な事実──成績が平凡であるが故の会心の一手があることに。
「これが“こすこみっく”か」
「ですですっ」
眼前に広がる人集りに思わず呟く。
“こすこみっく”。その名の通り、コスプレと同人の祭典。年に二度ある超有名な大型のお祭り程ではないにしても、まるで前哨戦と言わんばかりに同好の士が群れを成している。
壮観ではあるのだが、正直、今から自分もこの人混みの一部になるのかと思うと若干辟易する。
「ここにミリィ先生が?」
「はいっ」
それでも。風花ちゃんのVとしての身体を創り出した人が居るとなれば話は別だ。
憧れの人が出展していると聞いて風花ちゃんのテンションも普段では見られないくらいに高い。
俺も俺で風花ちゃんがV活動をデビューした後に調べてみたけど、一瞬でファンになったしな。その大先生と相見えられるとなれば尻込みもしていられない。
中間テスト前に始めたソシャゲも、この人がイラストを担当している子が居ると聞いて始めたんだよな。なんだかんだ現在も細々と続けているし、先生が担当した人数が少ないのもあって、期間限定含めて今の所は全制覇している。ガチャ運に恵まれている自覚はあるが、ちょっとした自慢だ。へへっ。
「でも、すみません。こんな時期に付き合わせてしまって」
規則正しく整列する開場待ちの列に合流しながら、風花ちゃんが申し訳なさそうに言う。
本日の彼女の出で立ちは、Vとしてのガワを意識しましたと言わんばかりに清潔感溢れる純白の袖がないブラウスと至る所に花が意匠されたフレアスカートである。どうやら、イベントでご挨拶したいと先生に事前連絡しているらしく、恰好はフローラの中の人だと分かる感じで纏めたらしい。
美少女は何を着ても似合うからズルいと思いました。夏っぽい清涼さと健康的な剥き出しの手足がちょっとばかり色っぽくて良いね。色眼鏡かな。
「これくらいならお安い御用さ。それに勉強ってのは日々の積み重ねが大切なんだ。テスト前に慌てた所で知識は根付かない」
「でも、やるとやらないじゃ違いがあるのでは……?」
「それはそうなんだが。俺にとってテスト勉強より大事な物があるという事で一つ」
「そっ、そうですか……」
笑いかけると風花ちゃんが軽く頬を染めつつ視線を逸らす。おやおや、こういった反応は珍しいな。いつも俺がやられてばかりだから。少し楽しい。
「そう言う風……そっちはテスト、大丈夫なのか?」
普段通り風花ちゃんと呼びかけて言い換える。幸い、周囲の人間は開場を今か今かと待ち望みながら、どういうルートで回るか等の作戦会議をしている人ばかりなので、こちらに意識を向けてはいないっぽいけど。危ねぇ危ねぇ。凡ミスするとこだった。
もっとも、今日はトレードマークのツインテールはしてないし、眼鏡も装着しているので目敏い者が凝視でもしない限り、文野風花とバレる事はそうないだろうが、気をつけるに越したことはない。
衆人環視での正体バレ。それだけは絶対避けるようにと。本来の同行者だった颯斗さんから強く言われている。その颯斗さんは外せない用事とやらで居ないけど。空気を読んだのか、それとも、まだ風花ちゃんの活動休止による手回しをしているのか。いつも穏和な彼は俺達が気兼ねしないように何も言わない。本当に徹底している。良い人だ。
「アタシは家庭教師に教わっていたので」
曰く、芸能活動が多忙を極めすぎて学校に通う暇もなかったので、個人で勉強していたと。
学校での授業と違い風花ちゃんのペースで出来る為、各教科の理解も深いらしい。これはもしかしなくても俺より賢いやつだな?
ただでさえメスガキムーブに翻弄される事が多いってのに、年上の威厳もへったくれもないや。
「それなら補習の心配はなさそうだな。目一杯、今日を楽しもう」
「分かりましたっ!」
だが、今回ばかりはその頭の良さに感謝している。理由は今俺が述べた通り。
そう。学期末のテストで成績が振るわなかった生徒は長期休暇中に補習が課せられるのである。しかも、追試で合格点を叩き出すまでのエンドレスで。
俺はそれを狙っているんだが、風花ちゃんと机を共にする事はなさそうで、まずは一安心と言った所か。普通は補習も学年ごとに分かれてそうだが、なにぶんゲームの世界だから何が起きても不思議では無い。
そもそも、夏休みなんて物は、古今東西学生の恋愛モノでは題材にされ易い。大人と違って自由に行動出来る時間が多く、その分の出会いやイベントが目白押しになるからだ。
当然、この世界を創り出した神様が何を参考にしたかにもよるが、至る所にひと夏のアバンチュールは仕掛けられているだろう。
それこそ、皆で海に行こうとか祭りで良い雰囲気になろうといった王道な感じの奴が。勝手な印象だけど、あの神様は話した限りだとあんまり奇を衒う様な事はしなさそうだし。
「あっ。そろそろ開場するみたいです」
「オーケー。ミリィ先生の所にはすぐ向かわないんだっけ」
アナウンスが響き、待機列のボルテージが上がるのを肌で感じる。
人混みは嫌いだけど、こう言った祭典の始まりみたいなのは結構ワクワクする。まるで童心に帰ったみたいだ。今でこそ学生だけど、前世は立派なおっさんだったからな。
「ゆっくり挨拶したいので落ち着いた頃合いを見計らいたいですね。それまでは」
「大丈夫さ。ルートは頭に入っている。お互い、戦利品を手に後で合流しよう」
言いながら鞄からカタログを取り出しつつ、館内マップとサークルの配置を確認する。風花ちゃんと離れ離れになるのは少し心配ではあるが、この手のイベントは何度も参加しているらしく、下手をすると俺より猛者であるから大丈夫だろう。立派にオタクやっててビックリだよ。
「今回は何かを得られるといいなあ」
まあ、風花ちゃんの場合は研究や勉強の意味もあるんだろうけど。メスガキ本、こういった機会でしか中々手に入らないからね。常にメスガキを磨き、向上心を忘れない心持ちは素直に尊敬する。うん。メスガキを磨くってなんだろう。
そして、その磨いた技術は漏れなく俺に牙を剥くんだよな。活かす場所が限定的過ぎないか?
俺が本来のエロゲ主人公であるならば歓迎出来る話ではあるのだが、如何せん二度射精すれば死ぬという制約を持っている身としては、辛いものがあるよね。
それに、今までは登校があるから色々と言い訳が出来ていたし、理性も削られはしたものの耐えてはいた。いたんだよ。それがさ、
「長期休暇……なんてゾッとしない物なんだ」
つまるところ、先の話も相俟って夏休みというのは厄介な死亡フラグが乱立した魔境だ。
しかも、イベントを避けたくとも武藤家で起臥寝食する以上、俺のスケジュールは秀秋さん達に筒抜けである。部活もやってないし、時間の取られる趣味もない。今のところ、夏休みの予定の大半が真っ白なのは既に把握されているだろう。これはよくない。いずれお節介を焼かれるのが目に見えている。ゴールデンウィークは奇跡的に回避したけど……してないか? したよな? 代わりに先輩フラグ立ったけど。
閑話休題。だが、都合良く家を出る事が出来て、それでいて他ヒロインと仲を深めずに済む催しなんて物は早々見つかる訳もなく……と思っていたのが数日前で。何となしに学生手帳を眺めていると、とある文言に俺の灰色の脳細胞が一筋の光明を見出した。
「けれど今の俺はひと味もふた味も違う」
それが補習。どうも俺の周りに居る人は成績面に関しては不安はないらしく、赤点を取っている者は一人も居ない。モブは知らん。居たとしても関係ないだろ、多分。
即ち、ここで俺が補習を受ける事になれば、一つの教室に長時間隔離され、悠々自適に誰からも侵されず、一日を過ごせる事になる。
正直、俺の補習に付き合わなければならない教師が可哀想だなと思いはするが、こればかりは背に腹をかえられない。すまん。
「ルミお兄ちゃん?」
こちらを見上げてくる風花ちゃん。
巻き込まれ、流されるがままだったとは言え、既に彼女と桐原先輩の好感度を100まで上げてしまった。
これ以上、アタックしてくるヒロインを増やしてはいずれ本当にヤッてしまう。そんな未来が余裕で見える。我が事ながら意志薄弱だけれども。
だって仕方ないじゃん。可愛い子に好き好き言われたら手を出したくなっちゃうって。クズ? なんとでも言えばいいさ。俺がどれだけ我慢していると……やめようか、この話。不毛だ。
ただ、俺も赤点は取った事ないから武藤家の皆がどんな反応を示すのか分からない。……ええい、怯むな海鷹夜景。これが、俺の編み出したこの夏を乗り切る必勝法なんだろ。勉強放ったらかしで遊んでたと印象付ける為に今日は出てきたんだろ。多少の犠牲には目を瞑れ!
「よしっ。行こう!」
家族とも呼べる存在の冷ややかな目を想像するだけで怖い。そんなまだ見ぬ未来への不安を掻き消す様に声を出して。遂には開かれた扉へ行列の流れに沿って進む。
建前と言えどデートはデートだ。風花ちゃんの事を蔑ろにする訳にはいかない。今日だけはしゃんとするぞ。




