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火燐フラグ 4-2


 虎穴に入らずんば虎子を得ずという諺がある。

 虎の子を得る為には危険を顧みずに虎の巣へ挑まなければならないという教えであり、そこから転じてリスクを負わねば成功は掴めないという意味になる。

 そんな訳で、


「今日一日、剣道部でお世話になる海鷹です! お手柔らかにお願いします!」


 俺の電撃体験入部宣言に先輩以外の部員達が唖然とした表情を浮かべた。

 うんうん。分かる分かる。時期がかなり中途半端だもんな。そろそろ一学期の半ばにある中間テストの直前だし、試合前とかでもない部活動は休止になるから、入部の如何を問わず体験するならその後の方が良いに決まっている。


「真面目に励むんだぞ?」


「無論です」


 先輩の露骨なジト目に胸を張って答える。

 いやね? 会長の依頼を引き受けたはいいものの、俺が先輩の傍をずっと着いて回るのは不自然じゃん?

 でも、離れた所から様子を窺った所で何も解明しなさそうだし。それならばいっそ、めちゃくちゃ接近するのはどうだろうって。

 その結果がこの剣道部への潜入である。


篠木(しのぎ)、海鷹の面倒を見てやってくれ」


「うっす。海鷹、とりあえずこっちに来てくれ」


 先輩に名前を呼ばれた男子生徒が俺を手招きする。

 お? 誰かと思ったらリンク君じゃん。名前を初めて知ったわ。


「まずは準備運動。終わり次第、各種素振りを順次こなしていくように」


「「「はいっ!」」」


 先輩の指示に従い、部員達がきびきびと動いていく。

 ううむ。今のところ、別におかしな様子は見当たらないな。会長の杞憂だった可能性とかもあるのだろうか。


「それで? 今回は何を企んでいるんだ?」


「まるで俺がトラブルメーカーみたいな言い方はやめて貰おうか」


 軽く腕や足の筋を伸ばすリンク君に倣い、見様見真似で俺も準備運動をする。

 若いからってこういう所を疎かにすると怪我に繋がるしな。それに俺は部活動をしたい訳じゃない。あくまでも先輩の観察がメインである。

 即ち、ハードな練習をこなす気なんて更々なくて。許されるのであれば、このウォームアップで時間を稼ぐだけ稼ぎ、身体的負担を極力軽くしたい。初めてだから優しくしてね?


「海鷹が関わって、何事もなく終わった事があるか?」


「ははは、何を馬鹿な事を」


 思わず笑ってしまう。そんな某探偵漫画の主人公みたいに、事件を引き寄せる体質が現実にあって良い筈ないだろうに。

 ……ないよね? 主人公だからって行く先々でイベントが起こるなんて事象、有り得ないよね?

 ま、まあ。それはさて置くとして。丁度いいから雑談ついでに情報を収集しようじゃないか。


「ん? 部長に最近変わった事がなかったかって?」


「おう」


「んー……。うーん、そうだなあ……」


「どんな些細な事でも良いんだ」


 顎に親指の腹を添えて悩むリンク君。準備運動が完全に止まっているのだが、大丈夫なんだろうか。


「あ!」


「お?」


 そして、唐突に大きな声を出す。ただでさえ、俺という異質な存在を抱えてのこれは……。


「女らしくなった気がする!」


 どうやら聞く相手を間違えたようだ。俺はこの後に起きるであろう出来事に巻き込まれないようにリンク君から距離を取る。


「最近だと……そう! 特に海鷹が近くに居ると雰囲気が……ん? なんで離れてるんだ?」


 そこで俺の方へ視線を向けて、不自然な距離感に首を傾げるリンク君。

 その拍子にあまりにも目立つ紅蓮を視界が捉えたのだろう。


「……」


 まるで錆び付いた機械のようにゆっくりと先輩の方へ振り向くリンク君の顔色が一瞬にして青く変色する。カメレオンか何かかな?


「どうした? 続けろ」


「へっ、へへっ。なんでもないですよ、部長」


「そうか。ところで、準備運動は終わったのか?」


「い、今し方終えた所です!」


 凄い。真正面から嘘をついている。まあ、準備運動を終えたら素振りしろって言われてたのに、指示を無視して呑気にお喋りしてましたなんて言えんわな。


「ふむ。なら、好都合か」


「な、何がですか?」


「今、地稽古の相手を探していてな」


「次は素振りだったのでは……?」


「そんなもの、自宅でも出来るだろう?」


 既に素振りに移っていた部員達の大半が手を止めて状況を見守っている中、二人の遣り取りは続く。

 ちなみに地稽古とは、簡単に言えば試合形式で行う稽古の事らしい。厳密に言うと色々あるらしいが、俺には理解出来なかったね。そんな事をたまたま横に居た親切な子に聞いた。


「ほら、防具をつけてこい」


「ちなみに部長は?」


「ほう? お前如きが私に一太刀でも浴びせられると?」


「っ! やってやろうじゃねえか!!!」


 そう自信満々に言い切る先輩は俺の目から見ても至って平常で。全くもっていつもと変わらない感じがした。



「一同、礼!」


「「「ありがとうございましたっ!」」」


 そんなこんなでしっかりと部活を終えて。

 青春の汗や涙が染み込む武道場に部員達と共に頭を下げる。

 正直、体験入部だからって舐めてたね。というか、こと剣道において先輩が俺に優しくしてくれる訳がなかったわ。あまりにも盲点。


「はぁー、床が気持ちいい……」


 体操服のまま崩れ落ちる様に寝転がる。そのまま周囲を見上げると他の部員は談笑したり、さっさと更衣室へ向かったりと様々である。はー、元気だねえ。その若さを分けて欲しいよ。


「おいおい。情けないなあ、海鷹。たった一日でグロッキーか?」


 年配者の心境で彼らを眺めていたら、すぐ隣にリンク君が座り込み、俺の顔を覗き込んできた。


「あ、先輩に泣かされた奴だ」


「な、ななな泣いてないやいっ!」


 じゃあ、その充血した目はなんなんですかね。

 いやね、俺が素振りを頑張っている横で、完全装備したリンク君が何度も先輩に打ち倒されているなあとは思っていた。それこそ、可哀想な程に。

 リンク君も最初の方はめげずに威勢よく打ち掛かっていたのだが、後半になるに連れて声が湿っぽくなっていて、それでいて先輩は一切の容赦がないものだから、ちょっとだけ同情してしまった。


「まあ、何度転ばされても諦めずに向かっていった根性は素直に賞賛している」


「泣き喚いて駄々をこねた所で稽古が終わる訳ないだろ?」


 やべ。リンク君の目から光が消えた。何やら触れてはいけないトラウマを想起させたみたいだ。これが鬼桐原の扱きですか。怖いですね。

 そらこんなの繰り返してたら部員達の練度は否が応でも上がるよ。毎日が限界突破じゃん。

 ただ、疑問が一つ。


「キツくないのか?」


 彼らを支えるモチベーションが謎すぎる。人間というのは心が弱い生き物であり、辛いことや苦しいことばかりだと何事も長く続かない。

 現に俺は今日だけでプルプルと震える腕を見て、二度と剣道部なんて訪れまいと思っている。これ確実に明日は筋肉痛なんだよな。

 素振りしかしてなくてこれだ。俺が貧弱なのもあるけど、先輩だけでなく他の部員の子達にも姿勢やら振り方とか滅茶苦茶細かく指導されたんだよね。寄って(たか)って初心者を苛めないでください。


「そりゃキツいし、何度も辞めたいと思ったよ。知ってるか? この部活で練習中に泣いた事がないのは部長だけなんだぜ?」


「ええ……」


 なんでこの剣道部、そこそこの人数抱えてるの?

 皆、ドMだったりする?


「けどな、分かるんだよ」


「?」


「自分の成長が。日が経つに連れて明確に」


 そう言いながら朗らかな笑みを浮かべるリンク君。


「それが楽しくてな。気づいた時にはどっぷりなんだよ。この苦行を越えた先には一体どんな景色が待っているのか。俺たちはそれをどうしても拝みたい。だから、辞めたくても辞められないんだ」


「……へえ」


 なんというか見違えた。普段のリンク君はおちゃらけているし、言い方はヤバい薬をキメているのかって感じだったのだが、剣道に対してはちゃんと真摯に向き合っているんだな。

 うん。こうやって純粋に高みを目指している姿はストイックに感じる。やっぱりマゾだとは思うけども。

 けれど、俺には到底真似出来そうもないから、その懸命さが結構眩しいね。


「それにな──」


「話は終わりだ。下校時間も近いので、後片付けが済んだ者から順に着替えて帰宅するように」


 言い募るリンク君に上から被せるように。そちらに視線を向けると、いつの間にか近くに立っていた先輩が俺を見下ろしていた。


「ぶ、部長! お疲れ様です!」


「篠木もよく頑張ったな。次に竹刀を握る時、確実に違う光景が見えているさ」


「……! うっす!」


 どうも話を聞かれていたらしい。リンク君がなんか凄い感極まっている。いやまあ、嬉しいだろうさ、これは。


「ほら」


「?」


 そんな二人を下から眺めていたら先輩が俺に向けて手を伸ばす。


「いい加減、起き上がれ。寝るなら自宅のベッドにしろ」


 一理ある。未だにだらしなく横になっているの俺しか居ないし。そもそも、号令が掛かったから、武道場に残っていた部員達も移動を開始している。

 仕方ないな。体力自体は全然回復してないけど、俺だけここに居座り続ける訳にもいかない。


「今日は急にお邪魔してすみません」


「ん? ああ、気にするな。なんだかんだ真剣にやっていたみたいだし、部員達の良い刺激にもなった」


 厚意に甘えて先輩の手を掴みつつそう言うと彼女は小さく笑う。

 うーん。部活の合間合間にそれとなく観察していたけど、やっぱ変化らしい変化は感じられないな。

 あー、武人特有の竹刀を握っている時は余計な事を考えないタイプだったり? それだと俺のやった事は完全に無駄骨になるんだけど。


「そうですか?」


「教えるというのは案外難しいし、自分の事を見つめ直す良い機会にもなる。此方としても悪くない時間だった」


「それなら良かったです」


 この時間が徒労かもと考えたせいか、肩にのしかかる疲労感が増した気がする。

 でも、先輩達の役に少しでも立てたっぽいし、全くの無意味という訳でもないらしい。それなら別に良いかと引き起こして貰ったついでに立ち上がる。

 そんな感じで先輩と少し話している間にリンク君の姿も消えていた。空気を読んで先に行ったのかな。なんにせよナイスアシストだ。

 これで武道場には、俺と先輩だけが残された事となる。潜入作戦は失敗したみたいだし、プランBといこうじゃないか。


「今日はこれ以上身体に負荷をかけず、風呂にゆっくりと浸かりながら腕や足を揉むと──」


「先輩」


 俺の身を案じたアドバイスを若干の心苦しさと共に遮る。

 そもそもの話、さり気なく先輩の様子を窺うなんていう、良く言えば緻密、悪く言えばまどろっこしいやり方は俺の性にあわない。

 というか、一緒に居る時間が長い会長はともかく、女っ気が全くなかった俺にそんな些細な変化を見極めるのは不可能だ。それこそ、極端な話ではあるが、地味な子がギャルにコンバートしたくらいは欲しい。


「どうした?」


 だから、そう言った回りくどい手段は一旦捨て置いて。

 次は単刀直入に。先輩がヒロインであるならば不可避である伝家の宝刀を解き放つ。


「良ければ一緒に帰りませんか?」


 さすがの俺も隣で探せば変わった所に気づくだろう作戦、Let's do it!

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