二人重なり本を読む
「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」
私と麻依の声が小さい部屋に広がり、そして。
「よし!」と、勝ち誇ったのは私ではなく麻依だった。
「また負けた……」
「いぇーい! 五連勝!」
嬉しそうにしている麻依が見られて、私もなんとなく嬉しい。とはいえ、これ以上の連敗は流石に勘弁してほしい。
「次こそは勝つから」
それで、何をそんなに真剣になってじゃんけんをしていたのかと言うと。
一言で言ってしまえば、読む本を決める権利のため。
最初は別々の本を同じ部屋で読もうとしていた。けれど、それは同じ部屋で別々に居るだけであって、一緒に過ごしているわけではない。
だから、一人でいることへの不安でお互いにお互いのことが気になってしまって、本に一切集中できなくて。けれど、読書を諦めてしまうのも何か違うようにも思えて。
と、二人で頭を付き合わせて生まれた方法が、じゃんけんで勝った方が読む本を決めて、それを二人で一緒に読むことだった。
麻依の読む本や、逆に麻依が私の好きな本を読んだときの感想も気になっていたから、結果的にちょうどいい形に落ち着いたのかもしれない。
膝枕をするときのようにベッドの側面にもたれかかると、タブレットを持った麻依が慣れた動きで、私の足の間に挟まるようにして座る。そして「何を読もうかなー」とめぼしい本を探し始めた。
──この姿勢も、頭を付き合わせて決めたものの一つ。
身長差があるお陰で、麻依が私の足の間にちょうどぴったり収まっている。たまに麻依の匂いがふわっと漂ってくるし、なおかつ体の密着率も高い。
麻依の腰にこうして腕を巻き付ければ、その高い密着率をさらに高めることができる。
ひとつ悪いところを上げるとするなら、麻依の表情を窺い知ることができないところ。けれど、麻依は良く振り向いてくれるから、それもあまり気にならない。
と、そんな体勢なのだけど。
膝枕とは違って、身長の関係で私が麻依の間に挟まることができないのが、少し残念なような、このままでいいような。
「あっ、これ面白そう」
そうこう考えている内に、麻依が読む本を決めたらしい。
タブレットを麻依の頭の横から覗くように見ると、いつもとは毛色の違う漫画が映されていた。
『砂糖の檻』というタイトルに、鳥籠に閉じ込められた、けれど楽しげな様子の青髪で制服姿の少女と、それを慈しむように外から眺めるピンク髪の同じく制服姿の少女が描かれた表紙。
本編で心中でもするんじゃないかと思うほど薄暗い雰囲気のそれに、正直私は大分戸惑っている。
そういう雰囲気の本が好きだと話題に上がったことはない。それに、直近四回で読んだジャンルは、部活もの、日常もの、ギャグマンガ、日常もの。
……それなのに、この流れでどうして。
「……麻依はこういうのも読むの?」
麻依は振り返って、「読まないけど、なんとなく面白そうだったから。変えた方がいい?」
「いえ、大丈夫」
「良かった。それなら読むね」
そういって、麻依が画面のスクロールを始める。
案の定というか、それ以上というか。
最初のページからピンク髪の少女が、青髪の少女の部屋を盗聴、盗撮している場面だった。
「盗撮はまだやったことないわね」
「盗撮のほうはやらないでよ? よく捕まってる人いるし、それになんとなく恥ずかしいし」
「やらないわ。ずっと隣にいるからやる必要ないし。そういう意味だと私達の勝ちね」
「そだね……って、これ勝っていいの? ……まあいっか」
それから、麻依はまたページを進めていく。
ピンク髪の少女はそれからも。
青髪の少女の靴箱に入っていたラブレターを破り捨てたり。
青髪の少女に近づく人に嫌がらせをして牽制したり。
何かしら変なものが入っていそうなチョコレートを渡したりなど、公序良俗に反した行為を繰り返していた。
とはいえ、まあ他の漫画でも似たようなことをやっているのを見たことがあるし、そこは別に驚いていないのだけど。
問題は麻依の方。
凄く真剣に、倫理的にどうかと思うようなシーンを食い入るように読んでいた。
そののめり込みようは半端じゃなくて、いつもと違ってこちらに全く振り向いてくれないほど。
何を考えているのかも、どんな顔をして読んでいるのかも分からなくて割と怖い。
「麻依」と、とりあえず名前を呼んで、麻依に振り向いてもらう。
「ん、なに?」
……わくわくとした様子の笑顔に、星がいくつも集まったみたいにキラキラと明るく輝いた目。十中八九、今漫画に出てきたシチュエーションがやりたいのだろう。
麻依宛ての手紙は一度破り捨てたことがあるし、他のやつらを牽制したりするのはいつものことだから、それは全然やってもらって構わない。
けれど、何か変なものが入ったチョコは……ちょっと。まあ、出されたら出されたで食べるけれど、できれば遠慮したい。
「チョコに変なもの入れないでよ?」
「や、やらないよ! そんなことやるわけないじゃん!」
今の麻依の焦りようで、十中八九の予想が百パーセントの確信へと変わった。
言ってよかった……。
麻依は変なところで真面目というか、生真面目なのだけど、その生真面目になる境目はどこなのだろう。
盗撮がアウトで異物混入チョコがセーフなのだとすると……今のでまた分からなくなってきた。
それから場面は進み、ピンク髪の少女が青髪の少女に重い思いを募らせ、ついに青髪の少女を監禁することを決意したシーン。
そこで麻依が。
「……監禁してみたいなあ」
「えっ私監禁されるの?」
「流石にしないよ……真似してやりたいだけ」
麻依には申し訳ないけれど、さっきのチョコの件もあるし、本当に監禁されるのかと一瞬身構えてしまった。
「まあ、真似ぐらいなら全然構わないけれど」
「それなら早速だけど、今やってみたい!」
そう言った麻依の表情は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑顔だった。その中身はおもちゃの数十倍物騒だけど。
「漫画は読まなくていいの?」
「読むのは別に今度でも良いかなって。それよりも監禁したいし」
本当に真似……? 最後の一言のせいで本当に監禁されないか心配になってきた……。
「……分かったわ。で、監禁されるのは私なのよね?」
「うん、そのつもり。手錠ないから……代わりにタオル持ってくるね」
「ちょっと待ってて!」と麻依はドタバタという擬音が出ていそうな勢いで駆け去っていって。
抵抗する気は無いけれど、もし抵抗したらそれこそ一日ぐらい本気で拘束されてしまいそう。なんて思っていると、三十秒もしない内にタオルをいくつか持って戻ってきた。
「おまたせ! とりあえずベッドに寝転んで」
そう言われたとおり、ベッドの上に横たわる。沈み込むような心地のマットレスも、今ばかりは少し硬い。
それから麻依はタオルを使い、慣れない手つきでヘッドボードに私の両手首を括り付けていく。
まあ、麻依が楽しいのなら。
と思っていたけれど、段々と麻依の顔からは笑顔が消え、結び終える頃には怪訝な表情へと変わっていた。
「……うーん。なんか違う」
「どの辺りが?」
「なんて言えば良いのかな……思ったより一方的なところ?」
言われてみれば、確かに。そもそも監禁は、自分のことを見てくれない、どこかに行ってしまいそうな人を無理矢理繋ぎ止めるための最終手段。
既に自分のことだけを見てくれているのならやる必要は無い。
やったとしても、物理的な距離が今以上に近づくことは無ければ、精神的な距離も特別縮まらない。
拘束されたい。支配したい。なんて倒錯した願望を持っているのなら話は変わってくるけれど。私も麻依も、そんな願望は持ち合わせてはいない。……多分。
それなら私達がするべきなのは、どこか一方的にも感じられる監禁なんかじゃ無くて。
「だったら、ベッドじゃなくて、麻依の腕に繋げれば良いんじゃない? そうすれば一方的じゃないでしょ?」
「確かに」
結びつけられたタオルを麻依にベッドの方だけほどいてもらって、そのタオルを私が麻依の手首に結びつける。
さっき両腕を拘束された時は、私から麻依には何もできなかったけれど、今は片手だけだからある程度好きなことができる。
ただのベッドなんかに固定されるよりも、こっちの方が断然良い。
私の考えは的を射ていたみたい。
ただ……。
「これだ! ……けど」
「いつもと何も変わらないわね」
「……続き読もっか」
「……ええ」




