いつもと違う膝枕
今日の私達は、朝から麻依の家でまったりとした休日を過ごしていた。朝起きた、朝ご飯を食べた、昼ご飯を食べた。と、話題にあげられるものはそれだけしか無い。
ただ二人で家に引きこもって、ぼーっと過ごしている。本当に何もせず、ただひたすらに。けれど、退屈ではない。
外界と分け隔てられた狭い部屋で、麻依と二人っきり。
それは私が理想とする過ごし方なのだから。
そうして過ごしている内に、朝からカーテンが閉まったままの窓から射し込む僅かな光に、赤色が混じり始めていた。
麻依と二人でただいるだけなのに時間はいつもと何ら変わりない。足早に過ぎ去っていくことをどこか理不尽に感じる。
「ねえ。結季ちゃん?」と、そういって話しかけてきた麻依が居るのは、私の足の上。伸ばした私の足を枕に、仰向けになってくつろいでいる。
そして、対する私はベッドにもたれかかって、麻依の頭をただただ撫でている。麻依の黒髪はさらさらしていて、撫でていてとても気持ちいい。
今となっては習慣となったそれも、始めは無意識からだった。すぐ目の前に麻依の頭があったし、手持ち無沙汰だったから、つい。
多少の罪悪感めいたものがあった私に、麻依も撫でられて気持ちよかったと言ってくれて。その結果、膝枕をする度に麻依はこうして私に撫でられ続けることとなったのだった。
単純な距離でも、精神的な距離でも、麻依をかなり近くに感じられるから、膝枕は割と好きな触れ合い方なのだけど。長時間やっても足が痛くならないような方法は無いのだろうか。そこさえ解決できたらなあ、と思ってならない。
他の体勢だったら少しは変わるのだろうか。なんてことを考えながら、麻依に聞き返す。
「ん。なに?」
「たまにはわたしが膝枕する方になってみたいんだけど……どうかな」
「えっ」
虚を突かれて、つい声が出てしまった。
確かに麻依に膝枕されたことはない。というよりは、そもそもその発想をしたこと自体無かったかもしれない。
出会ってすぐの頃の、私がする方で麻依がされる方。なんて構図が焼き付いてしまっているのだろうか。
とはいえ、今断る理由は何一つ無い。
「まあ良いけど」と答えると。
麻依は若干食い気味に「やった! じゃ今すぐやろう!」と言ってすぐに起き上がり、私の右側に回り込むと、私と同じように足を伸ばしてベッドにもたれかかった。
その逃げる小動物を彷彿とさせる機敏な動作に、どれだけやってみたかったんだろう。と思わずにはいられない。
それだけ麻依が望んでいるのなら。と、取りあえず私も横になってみようとして、そこであることに気がついてしまった。
……これ、思っていたより恥ずかしい。
今まで散々麻依を甘えさせてきたけれど、その逆は全然やってこなかったから……。
ついこの間寝ぼけて甘えてしまった時と似た感覚が、再び私の顔を熱くさせる。
えっ、これ本当にするの? 本当に?
しばらく麻依の足を眺めて固まっていると、麻依が。
「いつでもいいよ」
ただその口とは裏腹に、太ももを両手でペチペチ叩いていて、私を待ちかねているようだった。
やるしか……ない。
少しでも膝枕を意識しないように、目を閉じて。そしてそのまま一気に仰向けに倒れ込む。
「どう? 気持ちいい?」
そして、まず最初に感じたものは柔らかな感触だった。
スカートの向こうにあるふかふかとしたものが、私をやさしく受け止めてくれた。
そして、その次に感じたものが、麻依の匂い。麻依の太ももへと倒れ込んだ時に起こったほんのわずかな風が、麻依の香りを拡散させて、それがまるで麻依にやさしく包み込まれているみたいだった。
表現がちょっと変態じみているような気がするけれど、それ以外の言葉が何も浮かばない。
そうして色々と言葉を並べ立てたけれど、要するに。
「気持ちいい、です……すごく」
「ならよかった。ところでなんで目閉じてるの?」
「いや、だって、恥ずかしいから……」
目を閉じて勢いで倒れ込んだところまでは良かったものの、今度は目を開けられなくなってしまっていた。
触覚と嗅覚と聴覚だけでパンクしそうなのに目を開けられる訳がない。
「そうなんだ。わたしは恥ずかしいと思ったことないんだけど……経験の差かな?」
でも、と、麻依は続けて。
「せっかく膝枕する方とされる方を交代したんだから、ね? いつもわたしが見てる景色も楽しんでもらいたいかなーって」
「……分かったわ」
麻依がそう言うのならそれに逆らう選択肢は無い。
麻依への想いで羞恥心をどうにか振り払って、目を開ける。すると、当たり前だけど麻依が私を見下ろしていた。
普段と同じように、穏やかで落ち着いた笑みをたたえている。けれど、普段の少し幼めに感じられた表情とは違う。今の麻依は少し大人びているように感じられた。
どうしてだろう。見上げているから? そうなると、麻依からは私が少し子供っぽく見えているのだろうか。
大人の麻依に、子供の私が膝枕されている。そう今の状況を客観視してしまったところで、私の頭の処理能力が限界を迎えた。
いつもと何もかもが違っていて本当にどうにかなってしまいそう。
「ね? 結構違うでしょ?」と麻依は語りかけてきたけれど、今の私にはうなずくことしかできない。
そして、そんな私に追い打ちを掛けるようにして、麻依の右手が私の頭をさらさらとなぞっていく。
突然で慣れない感覚に、思わずビクッと震えてしまう。
けれど、嫌な感覚では無かった。
「あっ、いつも撫でてくれるからと思ったんだけど、やめた方がいい?」
「……大丈夫」と、どうにか声を絞り出すと、麻依はいつも以上に優しくほほえんで。
「ならよかった。続けるね」とそう言って、再び私を撫でてくれた。
最初はとても興奮してしまっていたけれど、しばらく撫でられている内にそれも落ち着いて。恥ずかしさが段々と安心感に変わっていく。
一気に緊張が解けたせいなのか。はたまた、少し認めにくいけれど、麻依に守られているように感じたからなのか。
どちらにせよ、目蓋に眠気がのし掛かって、私の目は再び閉じていって……。
次に目を覚ましたときには、部屋は暗くなってしまっていた。
どれくらい経ったのか正確な時間は分からないけれど、一時間以上経っているのは間違いないだろう。
さしもの私でもこの状況で寝ぼけてなんかいられない。すぐさま麻依の脚から起き上がる。
「わっ! びっくりした。おはよう、結季ちゃん」
「ごめんなさい、私寝ちゃってた。足は大丈夫? 痛くない?」
「全然大丈夫だよ。ちょっと足がしびれたぐらいだから」
「だとしても、本当にごめんなさい。長時間膝枕していると辛いってこと、よく知ってたはずなのに、まさか寝てしまうなんて」
「それだけ気持ちよかったってことでしょ? それなら本望かな」
麻依が本望だったと言ってくれるなら、長いこと寝てしまった自分も簡単に許せてしまう。
「それなら……良いけれど」
そして私のせいで生まれてしまった、ほんの少し辛気臭い雰囲気を入れ替えるように。
「いやーそれにしても」と麻依は一言置いて。
「ちょっと前に、寝ぼけた結季ちゃんが甘えてきたことあったでしょ? だからほんとは甘えたかったりするのかなーって思って膝枕してみたんだけど……大正解だったね」
「まだ大正解と決まったわけじゃ……」
「でも結季ちゃんすぐ寝たよね」
少し無駄な足掻きをしてみたけれど、やっぱり無駄は無駄だった。
それを言われてしまうと、こちらとしてはもう何も言い返せない。言葉の代わりに、喉の奥から何かが潰れたような呻き声が出る。
「それで、これからもわたしが膝枕していい?」
「月……いえ、週に一回なら……まあ」
一回交代とかの短い間隔にしてしまうと、自分がダメになってしまいそうで。かといって、月に一回だとそれはそれで待ちきれそうになくて。そうして自分の中で生まれたのが週に一回という折衷案。
なのだけど、週に一回だとしてもダメになることには変わり無さそうな気がしてきた。
麻依みたいに慣れてしまえば大丈夫だとは思うけれど。
……はたして、慣れる日は来るのだろうか。




