惰性的浮遊感
目を覚ましてすぐに、こめかみの辺りを拳で押さえつけられているような感覚に気付いた。
言ってしまえば、頭が痛い。
限界ギリギリまで徹夜していたのだから、単なる因果応報ではあるのだけど。
と思った次に、私の体が柔らかいものではなく固い物に接していることに気付く。どうやら痛いのは内側じゃなく外側らしい。
固い床の上なんかで寝たら、疲れは取れないし、頭も痛くなるし、悪夢も見るというもので。
思い出してみれば、確かにベッドまで辿り着けなかったような。
寝る前の記憶があやふやだった。湯船に入ったところまではなんとか覚えているのだけど。
身体中の痛さを感じながら瞼を開いてみると、眼前には無防備に安心した顔の麻依が。
ほっぺを一度突いてみたけれど、起きてくる気配はない。可愛かったから追加で三回突いておいた。
麻依の様子を確認して、その次にカーテンから差し込んでくる光で大体の時間を確認する。スマートフォンを見たほうが簡単で正確だけれど、麻依に体を掴まれてしまっているし。
外の光を見続けて、その赤さが寝起き特有の勘違いではないとわかる。
朝焼けか、夕焼けか。まあどっちでもいいのだけど。やることはあまり変わらないし。
適当に起きて、眠たくなったら適当に麻依と寝る。休日なんてこんなものでしょ。麻依と一緒に過ごせるなら時間なんてどうでもいい。
……一人だけ起きていてもしょうがないし、もう一眠りしようかしら。床で寝たせいか全然眠気取れてないし。
少しでも体の痛みを紛らわすために、身をよじって体勢を変えようとする。
けれど、変えられない。
私が動いた瞬間、眠ったままの麻依に押さえつけられたから。
なんで?
私が固まったのは、麻依に捕らえられたからじゃない。今すぐに泣き出すんじゃないかと思うぐらい、悲しそうな顔をしていたから。
引き留められることはあっても、こんな顔をされることは滅多に無い。
……私が、何かしてしまった時を除いて。
二度寝に向かう眠気は吹き払われて、何をしてしまったのだろうと焦りに駆られる。
寝る前のことを一つ一つ、結び目を解くみたいに辿っていって、ようやく失言を思い出した。
『二人で眠るみたいに心中して、誰にも見つからないままゆっくりと溶け出して、この湯船の中で一つになるの』
私、麻依になんてことを言ってしまったのだろう。
後悔と反省が私の中で渦巻いて、けれど満たすほどじゃない。ほんの一欠片とはいえ、私の本心が混じっていることも確かだから。
麻依は昔いじめられていた。友達と呼べるような人はいなくて、頼れる人すら身近にいないまさに四面楚歌のような状態。
そこから私が麻依を助け出して、この歪んだ依存関係の核が生まれた。
麻依は私に助けられないと平穏には生きていけなくて、私には麻依だけしかいなかったから。
そうやって、しばらくは守り守られの関係が続いていた。
けれど、反撃されるとわかっていながら手を出し続けるような人はいない。段々と、私がいなくても麻依に平穏がやってくるようになる。
麻依が笑顔を見せることも増えてきて、分厚い雲に青い切れ目が入ったような状況に、私は危機感を抱いてしまった。
このままだと、麻依に必要とされなくなってしまう。
そう思った私は麻依に心中を持ち掛けた。つい最近ピクニックに行った、あの山で。
綺麗な形で、お互いにお互いがいないと成り立たないままで、完結させてしまいたい。
心中しておけば、私たちの関係が濁ることも曇ることもない。永遠に輝かしいままにしておける。
あの頃の私にとって心中は一種のガラスケースだった。
今ここにいることからもわかる通り、心中は麻依に拒否されて、それどころか一緒に生きてなんてプロポーズをされてしまったのだけれど。
正直なところあの頃の私はどうかしていた、と思わなくもない。麻依が永遠に一緒にいてくれるのなら、心中なんて選択肢は下の下だもの。
けれど慌ただしくなっていた流れが落ち着く今の時期になると、思う。もし麻依の毎日が完全に平穏になったとき、私は必要とされるんだろうか。麻依の傍に居続けられるだろうか。なんてことを。
そんな時に、縄や煙が選択肢に映り込んできてしまう。さすがに、選びはしないけれど。
麻依が私の好きを信頼できずに不安になるのと同じ。結局、私も麻依の好きを信頼できていない。
対等でいたいと思いながら麻依を守る役割も欲しているのがその証拠。
私たちの関係は固いように見えて、きっと脆い。関係を押さえつけ合ってないと簡単に解れてしまいそうだった。
私を押さえつけている麻依の表情がさらに歪む。平静からは程遠いぐらいに息が早まって、それからすぐに目を覚ました。
「……結季ちゃん。結季ちゃん、結季ちゃん!」
涙目の麻依が、何かを確認するように私の名前を連呼する。
「どうしたの?」
「怖い夢を見たの。結季ちゃんがどっかに行っちゃう夢」
私も見たわ、と言おうとして、やめる。
そんなこと言ってしまったら、麻依を余計に不安にさせてしまうでしょうし。
「本物の結季ちゃんはどこにも行かないよね? ずっとわたしのところにいてくれるよね? わたしだけだよね?」
軽くパニックになっている麻依が、より強い力で私を押さえつけながら、矢継ぎ早に問いかけてくる。
捕まえてしまいたいのは、私のほうなのに。
「当たり前でしょ?」
麻依には精神的に安定して欲しいと思う。自己肯定感の低さもそうだけど、見ていて痛々しく思うから。
けれどその反面、もっと不安定になって欲しいとも思ってしまう。
こうして求められるのはすごく甘美で、抜け出せないほど心地良い。私がいないと麻依はダメなのだと再確認できるから。
じゃあ、安定してしまったら?
きっと麻依は今より幸せになれるだろうけれど、私をこんなに求めてこない。
一人で真っ直ぐ立てないままでいてほしい、前のめりになって私に倒れてきてほしい。
「そう、だよね」
私の言葉を聞いて、麻依はどんどん落ち着いていく。
呼吸のテンポが落ち着いて、表情も元通りになって。
喜ぶべきなのに、どこか寂しく思えてしまう私がいる。
「結季ちゃんはずっとわたしといてくれるんだもんね」
私は必ず麻依と一緒にいる。
けれど、麻依は? どうして私といてくれるの?
もうほとんど私が麻依を守る必要はない。あの頃と違って。新しいクラスになってから一悶着はあったけれど、それは私と麻依がいつも一緒にいたから。
麻依を守ってはいたけれど、マッチポンプとあまり違いはなくて。
それなのに麻依が私を選ぶ理由を見つけられない。
麻依が私のことを好きでいてくれているのは確かだけれど、それが惰性じゃないと誰が言えるの?
「麻依こそ、ずっと私の傍にいてくれるのよね?」
不安に駆られて、麻依を見つめる。
私が聞くのを予想していなかったのか、麻依は一瞬だけ固まって。
「うん、絶対。いつまでも一緒だよ?」
そのいつまでもが酷く脆いものに思えて、思わず麻依の腕を掴む。
我に返って離したとき、麻依の白い腕には真っ赤な跡が着いていた。
消えないでほしい。
そう思って、見つめる。




