そして始まる春本番
まる、まる、ばつ、ばつ、まる……。
マルだらけでもなく、バツだらけでもない。
半分ぐらいに分かれている様子はまるで複雑な〇×ゲームだった。……本当に〇×ゲームだったらよかったのに。
これ、大事な期末テストなんだけどなあ……。
大きな溜め息は、周りにいる邪魔な人たちの騒ぎ声で掻き消された。なんでこんなにうるさくできるんだろうと思いながら、怖くて後回しにしていた点数を確認してみる。
うーん、当たり前だけど点数のほうも何とも言えない。いつもに比べたらあんまりな点数だけど、あれだけ欲望まみれな生活を送ってた割に良い点数なような。
まあでも、赤点がなかったからいいのかな。
結季ちゃんに迷惑掛けずに済んだし。
で、その結季ちゃんはどうだったんだろう。と、答案用紙を片手に結季ちゃんの席に行く。
結季ちゃんは若干固めの表情で答案用紙をめくっていた。
「結季ちゃん、テストどうだった?」
「私は……まあそこそこ」
これぞ普通。みたいな感じの顔で、わたしのほうに振り向いた結季ちゃん。
少し間があったことを考えるに、いい点じゃなかったのは確か。けど、落ち込んだような表情ではないし、悪すぎる点数でもなさそうだった。
わたしと同じぐらいかな、多分。二人で一緒に勉強してる以上、そんなに点数が離れることもないし。得意科目の関係で合計点の振り分けはバラバラだろうけど。帰ったら色々見せてもらおう。
「麻依はどうだったの?」
「わたしもおんなじ感じかな。赤点ないし」
「そう。赤点取らなくてよかったわ。本当に」
そう言って、明るくにこやかに笑う結季ちゃん。もしかして、中間テストの時のことがトラウマになってたりするのかな。心に突き刺さっていそうな感じはどことなくする。
テストの話題が一段落して「そうだ。ねえ、麻依」と、結季ちゃんが話し掛けてきた。柔らかくなっていた顔を再び固めて、真剣な様子になっている。
「帰ったら手伝って欲しいことがあるのだけど」
「うん、わかった」
わかったけど……なんだろう。
テストの話が終わってすぐに話し掛けてくるってことは、結構大切なことだと思うんだけど。それに、手伝って欲しい。
大切なことで、手伝って欲しいこと。
……なんだろう。なにか用事とかあったっけ。無いと思うんだけど。
頭の中を端から端まで引っ掻き回しても、何も思いつかないし思い出せない。そもそも結季ちゃんなら一人でなんでもこなせそうな気がしてきた。
まあ諦めも肝心かな。と、大人しく結季ちゃんに聞く。
「手伝って欲しいことってなに?」
「麻依の誕生日もうそろそろでしょ」
「そういえば、そうだったね」
わたしの誕生日。なるほどなあ。って、見逃していた穴に納得がすっぽりはまる。正直誕生日の存在を忘れていた。三月三十一日なんて分かりやすい日付なのに。
だって結季ちゃんのこと以外どうでもいいし。なんて、どこにしているか分からないような言い訳を心の中で唱える。
わたしのことは結季ちゃんが代わりに覚えていてくれる、っていうのも忘れてた理由の一つだと思う。
「誕生日プレゼントを作ろうと思っているのだけど、折角なら毛糸で何か作って返したくて。麻依のプレゼントも毛糸のマフラーだったから」
「編み方を教えればいいんだよね?」
「ええ、そういうこと」
結季ちゃんは何を作るつもりなんだろう。興味が妄想に膨らむ前に、チャイムがわたしたちの間を切り裂いた。
席に着かないと。もっと話していたかったんだけど。
「帰ったらよろしくね」
小さく手を振ってくれた結季ちゃんに、わたしも同じ動きで返して元の席に帰る。
プレゼントの妄想で頭の中がはち切れそうになっていて、帰りのホームルームの内容は何も入ってこなかった。
今日は結季ちゃんの家に帰ってきた。
誰もいなかった部屋を、冷たい空気が我が物顔で陣取っている。三月だから大分和らいではいるんだけど……耐えきれなかった結季ちゃんが、一足先にこたつに入り込んだ。
「やっと帰って来れたよ」
結季ちゃんを横目に、長旅の疲労を取り除くために伸びをする。この疲労は精神由来だと思うんだけど、気持ちよく感じるのはなんでなんだろう。
「……いつも通りじゃないかしら?」
結季ちゃんの言う通り、現実の時間的にはいつもと何にも変わらないと思う。ただ、そこに待ち遠しい気持ちのかけ算が入り込んでいて、感覚的には時間が何倍にも膨れ上がっている。
もちろん、そんな状態で聞くのを我慢できるわけもなくて。
「それで、プレゼントって何を作るつもりなの?」
「セーターを編もうと思ってるわ」
……結季ちゃんがわたしにセーターを!?
結季ちゃんの手編みセーターを纏ったわたし。想像してみるだけで心が暴走気味にあったかくなった。
「いいじゃん!」以外の感想が出てこない。
情緒も一緒に燃え尽きたみたいだった。本当に情緒を持っていたかは、ちょっと審議しなきゃなんだけど。
「気に入ってくれたみたいでよかった」
「けど、どんなのにするの?」
気になるところがあるとすれば、編むものがセーターだというところだった。
もうすぐ春が本格的に始まるから、暖かいセーターはすぐに着られなくなっちゃう。
結季ちゃんが編んでくれたものを身に纏うか、自分の体を気遣うか。……まだいける、って思っちゃうんだろうなあ。その辺りの判断をまともに出来る気がしない。炎天下なのに無理矢理に着て熱中症一直線だ。
わたしが贈ったマフラーのほうは冬のうちに使い込んだから満足している。だから、こっちで熱中症になることはないんじゃないかな。
「わたし、熱中症になるのはいやだよ」
「……麻依、なにか変なこと考えてない?」
「変じゃないよ。これから暖かくなるのにセーターってどうなんだろうなあ、って」
「なるほど。変な考えじゃなくて勘違いのほうね」
……勘違い? あれ、セーターって冬に着るものじゃないの?
ファッション知識が乏しくて何もわからない。結季ちゃんと出会うまでは気にしてなかったし、出会ってからは結季ちゃん任せだったし。
独り立ちする予定もないから、これからもあんまり勉強しないんだろうなあ。それに、世間一般に振り回されてるみたいで癪に障るし。
「私が編むのはサマーセーターよ」
「そんなのあるんだ」
「そんなのあるんだ、って」
結季ちゃんが言うに、サマーセーターは袖が短かったり、縫い目が粗かったり、そもそも使う素材が違っていたりするらしい。
猛暑日だとさすがに熱が籠もってしんどいらしいんだけど。サマーなのにサマー本番に対応できてないのはいかがなものか。
「でも、わたしに教えられるかな」
「あの長さのマフラーを編めたのだから経験値はあると思うけれど」
「そうかなあ……」
二倍ぐらい長いけど同じ模様をずっと繰り返していただけだし、セーターと違って平面だし。あったとして、スライムを一匹倒したぐらいの経験値だと思う。
「……麻依がそんな感じだと私まで不安になってくる」
「あっごめんね。多分大丈夫! きっと!」
結季ちゃんの言葉に反応して、空元気が勢い良く出ていく。
「もう少し自信を持って欲しいわ」
一瞬で空元気を見抜いた結季ちゃんが、呆れたみたいに額に手を当てた。「まったくもう」と一言呟いて。
「自信はひとまず置いておいて、手伝ってくれるのよね?」
「それはもちろん」
「よかった。よろしくね、麻依」
テスト勉強も終わって、いつも通りの毎日が戻ってきた。しようと思えばいくらでもぼーっとできそうだけど、そんなことはもちろんしない。
むしろここからが本番。
テスト勉強以上に頑張らなきゃね。
ちょっと、やりたいこともできたし。




