02「ずるいひと」と、いつも私は貴方をそう評価する。
「ただいま……って、なにこれ」
「姉ちゃんおかえり~って、なんか機嫌悪くない?」
「千花さん、こんにちは。おじゃましています。」
「何でいるんですか……真壁さん」
学校でどっぷりと騒動が起きた後に、対峙すべき相手ではない。
千花は胡乱な目で、リビングに佇む一人の麗人を眺め、ため息を一つ吐き出した。
真壁はどうやら、我が家(といっても千歳のマンションなのだが……)のリビングで弟と対戦格闘ゲームを行っていたらしい。
画面を見るに真壁がボロ負けしている状態だった。
「今日は楓君と遊ぶ約束をしていたんですよ」
「……今日、平日ですよ?忙しくないんですか?」
「休日出勤の代休です。」
「ホワイト企業のエリート会社員め……」
「姉ちゃん、それ悪口のつもりならやめたほうがいいよ」
「褒められてるんじゃないのか」
小学生と同等の条件で、一緒にゲームで遊ぶ約束をする真壁のフットワークの軽さに少々驚きを隠せない。
顔をひきつらせながらも、構ってほしそうな真壁を余所にソファにだらりと座った。今日はなんだかやる気が起きないのだ。
「どうやら、千花さんは随分とお疲れのようだな。何かあったんですか?」
「そう思うのなら、速やかにお帰りいただけませんかね」
千花は情熱的すぎる真壁の相手をする気分ではない。
彼に対して失礼ながら、犬か何かを追い払うような仕草をしていると、対戦相手のいなくなった楓も此方にやってきた。
「姉ちゃん、そう邪険にしてやんなよな。ヒコも姉ちゃんを心配してるだけなんだからさ」
「わかってますよ。……って、君たちはいつからあだ名で呼ぶようになったの」
「今日から!」
「あっ、即日対応ですか……」
「いつまでも、真壁では他人行儀だと思いまして。楓君とは友人ですしね……」
ーー千花さんもよろしければ、信彦とお呼びください。
そう言った真壁は、へらりと、気の抜けたような表情を怜悧な顔立ちで浮かべていた。
もう少し性格と中身を示し合わせて頂けないだろうか……脳に著しい混乱を覚えて仕方がない。
「いやいや……名前で呼ぶ訳ないでしょ!」
「それは残念です。まあ、それは追々で構いませんので、ゆっくり行きましょう」
「なんで、これから呼ぶみたいになってるんですか。呼びませんよ」
「あっ!そうだ、姉ちゃん真壁が晩ご飯作ってくれるんだってさ!」
「どうぞ、そのままおくつろぎ下さいね!信彦さん!」
「なんて素早い手の平返しなんだ……そして、それに反応してしまう俺もなんて簡単なんだろう……」
「ヒコ!安心しろ!着実に人間に近づいてるぞ!」
「それならよかった。」
「何の話をしているんですか」
ふわっと電波の混じった会話と、真壁にやんわり影響されている楓の将来が少々不安になってきた。
千花は深くため息を吐き出して、そっと真壁から視線を逸らした。彼のような造形美は、今の千花からすれば目の毒だ。
真壁のような美しさを持っていれば、千花は何の気後れをすることもなく雪路の願いを聞き入れることが出来たかもしれない。
いや、千花は、千花のままだったかもしれない。
人前に出るなんて、考えられない行為だ。容姿の整った紀子や、絵里子と並ぶ事さえも、時折、萎縮してしまうことがある。
千花自身も、特別興味がないわけではないから、人並みの努力はしているつもりだ。それでも、潜在的に持って生まれた美しさや、美意識のハードルというものがある。
常にかわいくありたいと宣言する紀子や、雪路とはレベルが違うのだ。
「千花さん……?」
「真壁さんの顔、良いですね。よく考えたら手足も長いし……」
「……ありがとうございます?」
「なんか、ムカついてきたかもしれません」
「今日の千花さんはジェットコースターなのか?」
「その心は?」
「上げて落とすのが多いようだ」
「お後がよろしいようで……」
日曜日の夕方のようなやりとりをする二人にツッコミを入れる気分になれない。
深く重いため息を吐き出して、今後を憂う姿でさえふつうに面倒な女だ。普段から素敵だの、可愛いだのと口をそろえて雪路も、真壁も伝えてくるが彼らの目は節穴だと思う。
千花は簡単に勘違いを起こせるほど、おめでたい頭ではないので、相応の感覚で自分の容姿を判定している。あくまで、中の中だ。
「お、千花はまたもや卑屈モードか?」
「うわ、周辺の顔面偏差値筆頭株主……」
「千花ちゃあん、語感だけで日本語はなす癖、千歳さん止めた方がいいと思うな。あと、珈琲いーれーてー」
「本日は閉店営業中です。」
「マスター、そこをなんとかお願いしますよっ」
「もう珈琲くらい自分で入れて。今日はなにもしたくない」
「おい、マジで機嫌悪いんだけど。真壁氏、なんかした?」
「千歳!ヒコに言いがかりつけんの止めろよな!今日は何もしてねえからな!」
「楓くん、先生も、常々自分になにか否があるような言い方はよしてくれないか。」
ーーー最近は健全なお付き合いをさせていただいている。
さも、千花と真壁が男女交際をしているような言い方はやめてほしい。
誰もこれも、かれも、千花に対して言いたい放題、遊びたい放題して、千花の曖昧な事情などお構いなしなのだ。
青空で昼寝している猫のように気ままな態度が出来るわけでもなく、ただ小さな子供のように不機嫌をアピールすることしか出来ない。
「千花、何があったんだよ。学校でいじめ……はねえよな。絵里子はともかく、あんな強烈なの二人ひきつれてんだから」
「強烈って……いじめとかそういうのじゃないけど、そうなるかもなって思っただけ……」
「え、姉ちゃんなんかしたの?」
「金持ちの御曹司に見初められたとか、急に現れた異国の王子に告白されたとかですか?っは、法外的な権力を持った生徒会長に言い寄られてたりするんですか、千花さん!俺というものがありながら!」
「いや、違いますよ。というか、その例えありえなさ過ぎて引きます。」
というか、つい数週間前ごろに同じ様なことが起きてましたけどね。
現実離れしたイケメンに突然、告白されるという珍事件がありましたけど……千花はうろんな目で真壁を見つめる。
「というか、具体的すぎません?」
「なんか最近、真壁君はネット作家発掘でそういうの読んでるらしいからな。悪役令嬢やら、乙女ゲー転生とか……ちなみに千歳さんはチーレムが好きだぞ☆」
「千歳さんの趣味は聞いてませんよ」
「ヒコも、千歳も本当にわけわかんねえことばっかいうよなあ」
「楓はこっちに踏み入れずに育ってね。せめて海賊王とか、その辺りで……」
「姉ちゃんもときどきよくわかんねえわ」
今度は楓が困った顔でお菓子をつまみだす。
嗚呼、楓はそのまま健やかに御育ちになって下さい。
「で、何があったんだ?」
「別に……」
「おいおい、別にじゃわかんねえだろ?保護者として俺には聞く義務があるんですけど?」
千歳はこういう時だけ保護者ぶるのだ。普段はだらしないオトナのくせに。
普段、ゆるめた表情に少しの鋭さを見せて、強い口調とオトナぶった言葉を使う。
「普段は私にお世話されてるくせに……」
「それとこれは別。千花、俺は千花が困ってるならなんでもする」
「なんでもは無理じゃないですか?」
「無理でも、無理矢理なんでもするんだよ。で?何があったんだ」
何でも話してみ?そう言った千歳の目からは逃げられず、ぽつりぽつりと今日の出来事を千花は話していくしかなかった。
どうにもならない。雪路のわがままの話だ。
真壁は静かに話を聞いていて、楓はずっと首を傾げていた。
すべて話し終わった後、千歳は息を吐いて頭を抱えていた。
「あいつ、なにしてんだよ。ったく……」
「雪路、人の教室で暴れたんだよな?クラス会とかしてないの?」
「高校生にもなってそんなことするわけないでしょ?ふつうに生徒指導室行き」
「漫画でみた!不良が行くとこだ!雪路やっぱ不良だったのかよ」
「やっぱもなにも、諏訪君はどう見ても不良の部類だと思うが……」
「真壁さんはご存じなかったですよね。うちは授業態度と成績さえよければ、割と融通がきくんですよ」
「まあ、あそこは有数の進学校だしな」
千花と千歳の発言に、端正な顔をひきつらせた真壁はレアだろう。
普段は表情筋とオサラバしているような男が、表情にだしてしまう程以外だったのかもしれない。
「……千花さんと桐生さんはともかく……諏訪くんと水野くんはそう見えませんでした」
「真壁君ってば素直ね」
純粋と素直は紙一重なのかもしれない。
「で、千花はイヤなのに引き受けちゃったのか」
「引き受けざるを得ないって感じでしたし……」
「そういうの家庭に持ち込まれると困るんだよな。千歳さん、嫉妬しちゃう」
「……私にだって、こんなことあるんだからいいじゃないですか……」
「どういう時?」
「機嫌が悪くなったり、感情がどうしようもなくコントロール出来なくなるとき」
「若いときにはありがち。でもそうじゃねえだろ?」
千花の隣にドカリと腰掛ける姿はどう見ても王様だ。この3LDKにすむ王様。
結局は自分の意に添わない事が気にくわない人だ。遠回しに千花を思うままに操りたいだけなのかもしれない。
自分の管理してないところで、千花が変わる事がイヤなのだろう。
「引き受けたならやるしかねえだろ。ぐちゃぐちゃ言うな。何かあればその時考えろ、俺が全力で守る。」
「千歳さん……?」
「いじめられて?不登校になって?引きこもりで将来めちゃくちゃになってもいいぜ?俺がお前を守り続けるからな」
「ッ不安定な仕事のくせに」
「そんなもんどうにでもなるよ。とりあえず、あいつは俺が絞っとく」
親指で首を切る仕草をする千歳を千花は小さな声でたしなめた。楓がまねをするからやめてくださいと、それだけしか言えない。
千花は結局、千歳に守られてばかりだ。この家に来たときから、ずっと。
「千花は、俺のそばでずっと俺の世話をしてればいい。外の事は全部俺がしてやるから……」
本当にこの人はめちゃくちゃな言い分をするオトナだ。無責任なオトナだ。
無責任なオトナだから、千花がしっかりしたように動けるのだ。
どうしようもない、頼りないオトナだと、千歳のことを思い続ける。(実際はそうではないと分かっていても)
「で、そのショーは部外者は見れるのか?明日にはアキバにいって新しいの見に行くけど」
「先生、俺もお供致します」
「は?」
急に話の流れが変わりましたね?ちょっと待って、頭が追いつかない。
「千歳ってホントにオジバカだよな。俺のこともたまには撮れよ!」
「楓撮っても、楽しくないし」
「姉ちゃん!俺も一眼レフカメラで撮って欲しい!!千歳がいじわる言う!」
「いや、待って待って!なんで見に来る流れになってるんですか!?」
会話のどこに見に来る要素があった。
「だっておもしろそうじゃん?千花の晴れ舞台。文化祭も裏方ばっかしてたし?」
「ドレスの千花さんを、是非とも拝見したい」
「ヒコと千歳さんだけ楽しそう……またオレは仲間外れかよ!」
やいやい言う男性陣を眺めながら、千花は頭を抱えた。
とりあえず、明日学校で雪路の鼻を摘むところからはじめよう。




