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天才×天才

 茜色の重厚な夕日が、本校舎と研究棟を繋ぐ全面ガラス張りの渡り廊下を、燃えるようなオレンジ色に染め上げていた。

 放課後の喧騒からは少し離れたこの場所で、二人の天才令嬢の影が、石畳の床に長く伸びている。


 エリザ・クロネッカーは、夕日を反射して白く光る眼鏡のブリッジをすっと指先で押し上げ、感情の読めない冷徹な声を放った。


「貴女、一体どこまで作れているの?」

「別に。ただの石ころの魔力共振の実験よ。他愛のないものだわ」

 窓の外を見つめたまま、ミシュリーヌが退屈そうに返す。


 だが、エリザの次の一言で、その場に緊迫した空気が走った。

「嘘ね。あのメモ、私が"保管"しているわよ」

「あーーー!! やっぱりあんたが盗んだのね!?」

 廊下にミシュリーヌの抗議の声が響き渡る。


 犯人を指差してジタバタする彼女に対し、エリザは微塵も動じず、淡々と表情を崩さない。

「管理よ。……それより、本題。あの赤紫の実験、あれは素晴らしいわ」

「そう? 綺麗だけど、使い道がないのよね。だって、赤を弾いても、青を弾いても、同じように赤紫しか反応しないんだもの。一方通行だし、どっちが鳴らしたかも分からないし、不便だわ」

 ミシュリーヌはつまらなそうに唇を尖らせ、手すりに寄りかかった。せっかく見つけた新しい現象なのに、実用性がまるで見えないのだ。


 対して、エリザの眼鏡の奥――その怜悧な灰色の瞳が、獲物を見つけた猛禽のようにぎらりと光った。

「不便? 逆よ。それこそが価値だわ」

「は?」


「赤の入力でも、青の入力でも、結果は等しく"真"になる。……これ、魔道具における"論理和"の証明よ。遮断用の黒粘土で包めば、魔力を外に漏らさずに内部だけで演算を完結させられる」

「ろんり……わ? えんざん?」


 ミシュリーヌが不思議そうに首を傾げる。アークライト家の裏庭で培った彼女の直感的な知識をもってしても、完全に未知の単語だった。


「そうよ。これを何百、何千と繋ぎ合わせれば何ができると思う?」

「……うーん。すっごい大量の欠片が、一斉にキィキィ鳴る?」

 脳内でおもちゃが連鎖する光景を思い浮かべたミシュリーヌ。


 しかし、エリザは静かに、しかし決定的な言葉を叩きつけた。

「違うわ。人間の意思を介さずに、魔道具自身に"判断"をさせられるのよ」

「はあ……?」


「たとえば、特定の条件――"敵の魔力を感知した"、かつ"結界が破られた"の両方の結果が真になった瞬間、自動で広域殲滅魔術を起動させる魔道具が作れる」


 夕闇が迫る廊下で、エリザの語る"自律型魔道具"の概念が、不気味なほどの現実味を持って形を成していく。

 それを聞いたミシュリーヌは、思わず身震いし、頬を引きつらせた。


「……。それ、なんかジュリアが喜びそうな物騒な話ね」


「ジュリア? 誰よそれは。……いいわ、とにかくその欠片、私にもっと触らせて。検証したいマトリクスが山ほどあるの」

「えー、やだ。それ私が見つけたやつだもん」


「当直徹夜可能、防音、防爆完備の第拾八実験室」

 エリザの言葉に、ミシュリーヌの動きが止まる。


「あそこの利用申請を、明日の夜から全部貴女へ回してあげる」

「……!」

 緑の瞳が一瞬で輝いた。


「あそこ使えるの!? 本当に!?」

「ええ」

「高出力炉も?」

「あるわ」

「多重固定台は!?」

「最新型」

「うそっ」


 数秒後。

 ミシュリーヌは満面の笑みになった。学園内でも最高峰の環境が手に入るとなれば、話は別だ。

「えっ、本当!? あそこの設備、使いたかったのよね……!」


「交渉成立ね」

 エリザは静かに微笑んだ。

 ミシュリーヌは「ラッキー」とばかりにホクホク顔だ。


 夕日の中で危うい二人の天才は、お互いに別の未来を見据えながら握手を交わしたのだった。


----------------------------


 朝の陽光が差し込む広大な食堂区画は、数百人の生徒たちが行き交う賑やかな熱気に包まれていた。

 大理石の床にコツコツと響く靴音と、銀の食器が触れ合う軽快な音。

 だが、アストライア王国とその身内が陣取る一角だけは、別の意味で凄まじいエネルギーが渦巻いていた。


 トーストにたっぷりとジャムを塗りたくりながら、ミシュリーヌが椅子の背もたれを大きく揺らして身を乗り出す。

 その瞳は、朝の光を浴びてらんらんと輝いていた。


「ねえエド! 研究棟の第拾八実験室使えるようになったの!」


 スープを口に運ぼうとしていたエドワードの手が、ぴたりと止まる。怪訝そうに眉をひそめ、スプーンを戻した。


「なんだそれ」

「設備が最新の、防音・防爆完全完備の一等研究室! エリザ先輩が交換条件で、今日の夜から貸してくれるのよ!」

「……交換条件?」


 エドワードの背筋に、嫌な予感の冷気が走る。

 対して、ミシュリーヌは自慢げに胸を張り、人差し指と親指で小さな隙間を作ってみせた。


「例の欠片、ちょっと触らせるだけ!」

「お前ぇぇぇぇぇ!?」

 エドワードの絶叫が食堂の天井にこだまし、周囲の席の生徒たちがビクッと肩を震わせてこちらを振り返る。


 しかし、当の本人はどこ吹く風で、さらに追い打ちをかけるようにケロリと言い放った。

「あとね、欠片の共振結果のメモも無事に返してもらったわ」

「……待て。返してもらったって、お前、それ……盗まれてたのか?」

「うん。なんか"保管"してたんだって」

「……お前、なんで今まで黙ってた?」

「だって別に、手元に写しはあったし研究は進められてたし」

「そういう問題じゃねえんだよ!! 国防に関わるレベルの機密素材だぞ!?」

 頭を抱え、自身の前髪をくしゃくしゃとかきむしるエドワード。常識人としての胃壁が悲鳴を上げている兄の横で、紅茶に静かに砂糖を落としていたジュリアが、一切の感情を排したサファイアの瞳を向けた。


「あいつ、マジで秘密保持に向いてねえ……! スパイが来たら一日でアストライア王国のすべてを明け渡すぞ……!」

「……お兄様」

「ん?」

「以前も申し上げましたが、ミリーへ“情報秘匿”を期待するのは諦めてください」


 濁りのない、あまりにも平然とした妹の進言に、エドワードは立ち上がりかけていた腰をガタリと椅子に落とした。

「諦めるなよそこは! お前が一番危機感持てよ!!」


 朝の爽やかな空気の中で、エドワードの叫びだけが、虚しく響き渡っていた。


------------------------------


 後日。女子寮、ジュリアの私室。


 豪奢な絨毯が敷き詰められた静謐な室内に、勢いよく扉が開く音が響いた。

 入ってきたのは、小脇に不格好な金属製の塊を抱えたミシュリーヌだ。その顔には「とんでもないものを完成させてやった」という、抑えきれない全能感がみなぎっている。


「ねねね。ジュリア、ちょっとこれ見て!」

 机の上で学生組合から購入した地図にペンを入れていたジュリアが、静かに顔を上げた。サファイアの瞳が、ミシュリーヌの手元へと向けられる。


「?」

「じゃーん!」


 重々しい金属音を立てて机の上に置かれたのは、一面を光沢のない“黒い粘土”で隙間なくコーティングされた、禍々しくも奇妙な箱型の魔道具だった。


「ミリー。なんですかそれは?」

「自動索敵検出機能付きの、範囲魔法発生魔道具よ!」


 ふんす、と鼻を鳴らして完璧なドヤ顔を決めるミシュリーヌ。その背後には、青いネコがポケットから秘密の道具を取り出した時の、あの陽気な効果音が幻聴となって聞こえてきそうなほどのドヤり気流が発生していた。


 だが、その言葉を聞いた瞬間、ジュリアの思考が完全に停止した。

 いつもなら一瞬で周囲の情報を最適化する頭脳が、その単語の持つ凄まじい意味を処理するために、激しく火花を散らす。


(自動索敵検出機能付きの、範囲魔法発生魔道具――?)


 それは、人間による照準も、魔力感知のタイムラグも挟まない、純粋な自律駆動。

 前世の戦場で、防衛線を維持するために数え切れないほどの予算と人命を投じて開発され、それでもついに完成しなかった夢の兵器。

(完全自動追尾型タレット?)


 冷徹な戦術家としての魂が激しく震える。

 まさか、放課後の女子の秘密部屋で、世界の戦術バランスを根底からひっくり返すような代物が「じゃーん」の一言で誕生するとは夢にも思わなかった。

 ジュリアは溢れ出そうになる驚愕を完璧に押し殺し、いつも通りの、硬質で淡々とした声を絞り出した。


「……なるほど。レテ・スウォームの自動駆除に使えますね」

「でしょ!?」


 その言葉は、前世の絶望を知るジュリアにとって最大級の賛辞であり、同時に「学園の完全要塞化」が第二段階へと移行した合図でもあった。

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