変化
アークライト侯爵家・訓練場。
木剣が鈍い音を立てる。
「そこまで」
騎士が穏やかに言った。
エドワードは息を吐き、
木剣を下ろしかけ――止まった。
「……今、わざと外しましたよね」
騎士が困ったように笑う。
「いえ、そのような――」
「分かる」
低い声だった。
訓練場の空気が止まる。
「今、受けられた」
「エドワード様」
「なんで手ぇ抜くんだよ!!」
叩きつけるような怒声。
騎士たちが目を見開く。
エドワードは肩で息をしていた。
「俺が次期当主だからか!?」
「違います!」
「危ないから!? 傷つくから!?」
木剣を握る手が震える。
「ジュリアには本気でやるくせに」
沈黙。
騎士たちは顔を見合わせる。
否定できなかった。
ジュリア相手では、手加減をした瞬間、逆にこちらが崩される。
“本気でやらなければ危ない”。
だがエドワードには違う。
無意識に力を抜く。
当主だから。
守るべき人だから。
そして何より――優しいから。
その全部が、
十五歳の少年には屈辱だった。
「……俺は」
エドワードが俯く。
「そんなに頼りないかよ」
訓練場へ、冷たい風が吹き抜ける。
騎士たちは誰も口を開けなかった。
エドワードは木剣を握ったまま、
俯いている。
ランカスター辺境伯。
武門の頂点みたいな男。
その男が、
ジュリアを欲しがった。
あの妹を。
昔は後ろをついて回っていた、
小さな妹を。
(……遠い)
気づけば。
自分の知らない場所で、
自分の知らない戦いをしている。
魔物。
前線。
死地。
そして、
そこへ並び立つ人間達。
自分はまだ、
安全な侯爵家の訓練場にいるのに。
「エドワード様……」
騎士が言葉を探す。
だが。
「……本気で、やって下さい」
エドワードが顔を上げた。
その目は、先ほどまでとは違っていた。
「もう、子供扱いはしないで下さい」
そう言うと、木剣を構え直した。
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――バシィッ!!
木剣が激突する。
重い。
今までとは明らかに違う衝撃。
エドワードの表情が歪む。
腕が痺れる。
足が下がる。
だが。
口元が、少し笑っていた。
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ランカスター辺境伯領・魔術演習場。
乾いた風が砂塵を巻き上げる。
爆炎。
轟音。
そして。
「……以上で、本日の演習を終了します」
魔術師達が次々と膝をついた。
肩で息をしている。
額から汗が滴り落ちた。
演習時間、わずか七分。
ジュリアは無表情のまま、その光景を見下ろしていた。
「短いですね」
空気が止まる。
「……は?」
「これでは実戦で役に立ちません」
ざわり、と魔術師団が揺れた。
「貴女、魔術を何だと――」
年長の魔術師が眉を吊り上げる。
だがジュリアは淡々としていた。
「戦場における魔術師の役割は、“恐怖”です」
「恐怖?」
「どこから撃たれるか分からない。居るのか居ないのかも分からない。居た場合、一撃で部隊が消し飛ぶ」
静かな声。
「相手に、そう思わせ続けることです」
魔術師達の顔が引きつる。
「馬鹿なことを」
老魔術師が吐き捨てた。
「魔術とは、高位術式による制圧こそ本質!」
「継戦能力など騎士の役目だ!」
ジュリアは少しだけ首を傾げる。
「では、術者が狙撃された場合は?」
沈黙。
「何……?」
「敵も魔術師を優先して狙います」
淡々とした声。
「位置を把握された瞬間、詠唱中に射抜かれます」
空気が凍る。
魔術師達の脳裏に、
そんな戦場は存在しなかった。
魔術師とは後方に守られ、
騎士に護衛されるもの。
だが目の前の少女は違う。
まるで。
“魔術師が死ぬ前提”で戦場を語っている。
「高位術式は確かに強いです」
ジュリアは続けた。
「ですが、一発撃った瞬間に位置が割れます」
「……」
「次に飛んでくるのは、敵魔術師の反撃ではありません」
静かな声。
「見えない場所からの狙撃です」
誰も反論できなかった。
そんな発想自体、
この国には存在しない。
魔術とは本来、
“見せる力”だった。
強大さ。
格式。
威光。
支配。
だが。
目の前の少女は違う。
隠す。
削る。
圧縮する。
まるで。
“殺すためだけ”に、
魔術を最適化している。
「お前達、前へ」
「はっ!」
ジュリアの声に、
数十名の兵卒が一斉に整列した。
魔術師団が眉をひそめる。
「……兵卒?」
彼らの手には、
奇妙な器具が握られていた。
木材。
金属。
簡素な筒状構造。
魔術具とも兵器ともつかない異形。
「なんだそれは」
「魔力装薬式投射筒です」
ジュリアは短く答えた。
「撃て」
次の瞬間。
――――ドンッ!!
空気が爆ぜた。
白煙。
轟音。
数十の火線が一斉に走る。
そして遥か前方。
岩壁が、消し飛んだ。
轟音が数秒遅れて返ってくる。
砕けた岩石が雨のように降り注いだ。
沈黙。
誰も、声を出せない。
魔術師達の顔から血の気が引いていた。
「……それが、新兵器ですか」
魔術師団長が掠れた声で言う。
ジュリアは小さく頷いた。
「魔力の弱い兵でも扱えます」
ざわり、と空気が揺れた。
「馬鹿な……」
「そんなもの、魔術師の価値が無くなるではないか!」
悲鳴に近かった。
ジュリアは静かに魔術師達を見渡す。
「だから必要なんです」
「……何が」
「隠密化。
高速化。
低燃費化。
継戦能力」
そのサファイアの瞳が細められる。
「“撃った後も生き残る技術”が」
空気が凍った。
誰も気づいてしまった。
この少女。
自分達とは、
見てきた戦場そのものが違う。
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「アルトゥール様」
「なんだ」
執務室。
副官が胃の痛そうな顔で書簡を差し出した。
「魔術師団から嘆願書が」
「内容は?」
「“あの小娘を止めてください”と」
辺境伯は数秒黙り――。
次の瞬間。
「はははははははッ!!」
豪快に笑った。
「放っておけ」
「は?」
「どうせ、あの娘が梃入れしているのだろう」
「しかし、軍の常識が――」
「変わるな」
アルトゥールの目が獣のように細まる。
「良いではないか」
低い声。
「戦争など、
勝った側が新しい常識を名乗るものだ」
副官が絶句する。
辺境伯は窓の外、
演習場の白煙を見ながら笑った。
「まったく、末恐ろしい娘だ」




