共鳴
深夜の見回り中。
兵舎裏の壁へ刻まれた文字を見つける。
『チビガキ帰れ』
『ママのオッ◯イ吸ってろ』
同行していた騎士が顔を青くした。
「……消させますか」
「いえ」
ジュリアは一瞥しただけで歩き出す。
「落書き程度で士気は崩れません」
その声に感情はなかった。
翌朝。
まだ陽も昇らない訓練場。
吐く息が白い。
「集合が遅れた者、前へ」
三人の兵士が、ニヤつきながら出てくる。
「理由は」
「寝坊でーす」
背後で笑いが漏れた。
ジュリアは無表情のまま頷く。
「では、本日朝の訓練は全員、砦外周二十周」
沈黙。
「……は?」
空気が止まる。
「聞こえませんでしたか」
淡々とした声。
「部隊行動における遅延は、全体責任です」
「お、おい! なんで俺らまで――」
「戦場で伝令が三人寝坊した場合、
死ぬのは部隊全体です」
誰も反論できなかった。
「……は?」
「完走まで朝食は禁止」
「おいおい、冗談――」
「フォルカー」
「……はっ」
副官が反射的に背筋を伸ばす。
「本日の訓練を中止。
完走確認後、午後演習へ合流」
空気が変わった。
笑っていた兵士たちの表情が、ゆっくりと引きつる。
他の兵士たちの額にも、冷たい汗が滲んでいた。
誰もが理解し始めていた。
この少女。
冗談で規律を語っていない。
「ちょ、待――」
「二十五周に変更しますか?」
三人が凍りつく。
ジュリアは淡々と続けた。
「私は構いません」
兵士たちがざわつく。
「では、整列。付いて来い」
その時。
「ジュリア様?」
フォルカーが困ったように口を開く。
「流石に、貴女は見学で――」
「?」
ジュリアが首を傾げた。
「なぜです」
「……え?」
「連帯責任でしょう。貴方も来なさい」
沈黙。
次の瞬間。
ジュリアは何事もないように走り始めた。
「開始」
「……お、おい待て」
「マジかよ……」
吹雪混じりの早朝。
白銀の髪を揺らしながら、
小柄な少女が先頭を走っていく。
しかも、速い。
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吹雪の中。
二十周目。
「……なんでまだ先頭なんだよ、あのお嬢様……」
後方の兵士が呻く。
重装備の騎士たちは、
すでに肩で息をしていた。
だが。
先頭を走るジュリアの足取りは、
ほとんど乱れていない。
白銀の髪だけが、
一定のリズムで揺れている。
フォルカーが目を細めた。
(呼吸が乱れていない……?)
あり得ない。
体格差。
筋力差。
年齢差。
本来なら、とっくに脱落している。
だが少女は、
雪道を淡々と走り続けている。
まるで。
“疲労”という概念そのものを、
制御しているかのように。
一方、ジュリアは内心苛立っていた。
(遅い)
(肺活量が足りない)
(脚が短い)
(体幹も弱い)
(前世ならこの程度――)
そこで思考を切る。
比較しても意味はない。
今の身体で、
今できる最適を積むしかない。
魔力循環。
筋繊維補助。
酸素効率化。
できることは全部やる。
(……本当に不便ですね、この身体)
口には出さなかった。
だが兵士たちは、
薄々理解し始めていた。
この少女。
自分たちより、
遥かに“戦場”を知っている。
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一ヶ月後。
「整列!!」
――ザッ!!
数百の辺境兵が、
寸分違わず槍を立てる。
副官が呆然。
「あの荒くれ共が……?」
アルトゥールが笑う。
「言っただろう」
「強い兵は、強い指揮官に惚れる」
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ヴァランタン公爵邸の一室。
机へ頬杖をつきながら、ミシュリーヌは坑道から持ち帰ったオリハルコンの欠片を見つめていた。
淡い金色。
磨いていないにも関わらず、どこか内側から光を宿しているように見える。
(なにかに使えないかしらね)
二つの欠片を軽く打ち合わせる。
――キン。
澄んだ音が鳴った。
(物質としては、ただ異常に硬い鉱石……)
片方へ少しだけ魔力を流す。
欠片がぼんやりと蓄光し始めた。
ミシュリーヌは目を細める。
(魔力親和性は高い。でも照明用途には効率が悪いわね)
今度はもう片方へも魔力を流そうとして――肘が当たった。
小さな欠片が机から転がり落ちる。
その瞬間。
――キィン!
「え?」
床へ落ちたはずの欠片ではない。
手元に残った欠片側から、音が鳴った。
ミシュリーヌの動きが止まる。
ゆっくりと、床へ視線を落とした。
転がった欠片が、微かに震えている。
(……共振?)
今度は意図的に試す。
机の上の欠片を指で軽く弾く。
すると。
数メートル離れた床の欠片が、遅れてカラカラと揺れた。
「……なにこれ」
もう一度。
今度は、魔力を流す。
淡金色の輝き。
直後。
――キィィン……
離れた欠片が、遅れて発光した。
ミシュリーヌの背筋へ、ぞわりとした感覚が走る。
今。魔力が、“空間を飛んだ”。
(魔力伝達?)
(でも、術式なしで?)
普通、魔力は術式を介して制御する。
魔法陣。
媒介。
詠唱。
魔力回路。
だが今の現象には、そのどれも存在しない。
ただ。
“繋がった”。
ミシュリーヌは静かに立ち上がる。
机の引き出しを開け、屑魔石を一つ取り出した。
それを、片方のオリハルコンへ接触させる。
魔石の魔力が流れ込む。
そして。
離れた欠片側で、小さな火花が散った。
「っ!?」
思わず手を離す。床へ転がる欠片。
だが淡い発光だけは、数秒間消えなかった。
静寂。
ミシュリーヌは、ゆっくりと息を吐いた。
(……ただ硬い鉱石じゃない)
これは、もっと別の何かだ。
彼女は再び欠片を拾い上げる。
そして、ふっと口元を緩めた。
「伝達用の魔術具が作れそうね」
ジュリアとの連絡用に。
……ついでに監視用にも。
そんなことを考えながら、ミシュリーヌは楽しそうに笑った。




