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拾遺奇譚『よらばけ』  作者: 編纂天使モブリエル
息抜き編

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11/12

『人間蠱毒注意』



 足元が消失した。それが彼女を隠していた筒の側にあると気がついた時、これは奇跡なのだと思った。


 そのまま流れるにまかせ落ちていく。後は穴倉で獲物が飛び込んでくるのを待つだけ。

 なんだ簡単じゃないか。


 手狭な巣穴を抜け出し、より大きく丈夫な巣穴へ。ただそれだけの単純な作業だ。



  ◇  ◇  ◇



 人が、井戸があったであろう穴に吸い込まれる。

 突然の状況に理解できず、三人は咄嗟に動けずにいた。


「助けて!!」


 穴から飛びでた声に最初に反応したのはサネノリだった。穴の淵へ駆け寄り慌てて足を止める。


 穴の底を覗き込もうと前屈みになるが、手は届くだろうか。

 慎重に穴の淵を探り、淵に手をつき体を支える。その体勢で右手を井戸へと差し出した。


 井戸の底、仰向けに倒れた男と目が合う。男は笑った。 顔にはムカデが這っている。

 口がぱかりと開き、その奥にある虚空がこちらを見返していた。


「は?」


 思わず声が出るサネノリの顔面目掛け、虚空から六(センチ)程の蜘蛛が飛び出してきた。


 そのまま顔面に張り付くかと思われたが、そこはサネノリ。超人的な反射神経でしっかりと避けていく。華麗なる背面そり。


「ぎゃー! 蜘蛛!!」


 サネノリを通り越して飛んでいった蜘蛛はそのまま地面に着地。ホタルが思わず叫び声をあげ、焼却炉の側に積んであった新聞紙を掴んだ。

 それをくるくると丸め出来上がったのは天叢雲剣シンブンシマルメターノ


 飛んで跳ねての大立ち回り。奇声を発しながら振り回された神器により、蜘蛛は叩き潰された。


「「……」」


 沈黙。


「あぁ……これはもうだめだ。見ないほうがいい」


 そんな大決戦を尻目に、中を覗き込んでいたエンが言う。


 井戸の底には虫が繁殖していたようで、様々な害虫がにひしめき合っていた。それらが穴という穴に入り込み、食い破り、ぼろぼろの穴だらけ。手を伸ばしても届かず、ただ目に光がなくなるのを見ているしかできなかった。

 どうにも出来ない感情に、眉間の皺が深くなる。乗り出した際にずれた眼鏡を、右手で押さえ俯いた。


 虚空の底、それはもう生きてはいないだろう事が充分察せられた。




 そんなこと言われた日には井戸の底が気になって仕方がないが、見るべきではないだろう。

 よってホタルは井戸に吸い寄せられる視線を遮る為話を逸らした。


「これ、紙? 蜘蛛じゃないの?」


 先程ホタルが討伐した蜘蛛が地面に転がっている。動いていた時はどこからどう見ても蜘蛛だったが、今見てみるとそれは紙屑にしか見えない。おそるおそる手にとってみれば、黒い千代紙を切り抜いて蜘蛛の形に整えたものだった。


「これは式鬼(しき)だな」

「春夏秋冬?」

「それは四季」

「戦う気分か?」

「それは士気だな」

「じゃあ、漆塗りのやつでしょ」

「漆器だな」

「軒先に吊るす虫除けのやつだろ」

「それは(しき)


「「……?」」


 ホタルとサネノリ、仲良く並んで首を傾げる。


「え、違うの?」

「式と式鬼。護符とまじない。別物だな」


 それでは、いつものあれの時間です。


「サネノリの言ってるやつは式のひとつだな、お守りみたいなもんだ。厚手の紙に風の式を書いて薄荷油を染み込ませる。軽く魔力を流してやれば簡易的な虫除けの完成だ。生活の知恵というやつだな。一方式鬼(しき)はシキオニと書いてシキだ。こいつは式鬼蜘蛛だな。子供の頃遊んだ事はないか? 式鬼蜘蛛二匹を枝の上に乗せて戦わせるんだ」


「知らないなぁ」

「知らねぇ」


「そうか、子供達が空き地に集まってやるやつでな、作り方は簡単だ。まずは適当な紙を用意する」


 焼却炉の脇に積んであった新聞紙を手に取るエン。


「こう、半分に折ってな」


 三回、三角に折るのを繰り返す。


「本来なら鋏を使うんだが、まぁ手でいいか」


 そのまま紙の中心残した状態で、折り目に穴を開けるようにちぎる。


「これを開くと蜘蛛の形になる」


 ぱらりと展開すれば、そこには立派な蜘蛛の切り絵が。


「は?」

「え? そんななるぅ?」


「なってるだろう」


 軽く息を吹きかけてやれば蜘蛛が動き出す。


「ぎゃぁ! 生きてる!」

「いや、俺が動かしてる」


 エンの指先がくいくいと動く。実に楽しそうに、ニヒルな笑顔を浮かべている。ホタルを追いかけ回すのが相当楽しいらしい。なんて奴だ。


「生きてるように見えるだけで、これに意思はないんだよ。ただの玩具だからな」


 裏庭全体に風が吹き、煽られた式鬼蜘蛛と、潰れた千代紙が飛んでいく。それを三人はぼーっと見つめていた。


「「……」」


 長い沈黙。


「……さて、どうするか」


 一息ついたところで、大きな問題が残っている。

 井戸の底の惨劇をこのまま放置して帰るわけには行かないだろう。帰りたいのは山々だが。


「先生に言うしかなくない?」

「めんどくせぇ」


 どんなに面倒だろうと他に選択肢はない。重い足取りで教員室へと向かった。


 その後教師に事情を聞かれ、疑われた。当然だ、怪しいもの。


 結局、エンが屁理屈を捏ね、ホタルが間で宥め、サネノリはやる気なく欠伸を噛み殺す。そうする事でなんとか疑いを晴らし、帰宅が許されたのは日が落ちる直前のことであった。

 疲労困憊。エンの眉間の皺は過去最高の深さを記録した。


 正門で三人は解散する事にした。また明日、なんて言ったかもしれない。兎にも角にもお疲れの三人は、言葉少なに歩き出す。


 こうして裏庭で起きた些細な事件は幕を閉じた。また日常が続いていくのだろう。

 まぁ、翌週から試験なのだけれど。



  ◇  ◇  ◇



 危機一髪。

 くしゃくしゃの紙の状態で息を潜め、風に攫われた。偶然ではあるが、こうして生き延びたのだ、まだ挽回の機会はある。

 落ちた先で再び蜘蛛の形状へと整え、通行人の背中に張り付く。こうしてさらに距離を移動した。


 ここまで来れば、追われることはないだろう。

 夕暮れ。たくさんの人が行き交っているこの場所は、商店街というものだと思う。以前に(トノカワ)がそう言っていた気がする。


 都合がいいじゃないか。ここなら様々な餌がある。

 いきなり二本足を狙ったのが敗因だろう。もう少し段階を踏むべきだったと反省する。

 だからと言ってまた六本足を食らう気にはならない。もう少し大きな、そう、四本足とか。


 にあ……。


 そうだ、丁度こういう感じの……。


 くしゃり。


 トノカワの愛しい式鬼蜘蛛はあっさりと潰された。そしてそのまま寸断(ずたずた)に裂かれてしまう。

 白く愛らしい猫によって。


 動き回るのが楽しかったのか、猫は夢中で紙屑を突っつき回す。それが動かなくなると、ふんすんと匂いを嗅いだ。


「サク」


 ふいに声を掛けられる。

 

「そんな物食べたら、腹を壊す。やめなさい」


 声を掛けられた猫は紙屑に興味をなくし、声の主の胸へと飛び込んだ。飼い主だろうか。


「帰ろう」


 その声は甘く蕩けるようで、まるで恋人に語りかけるかのように愛し気だ。鼻と鼻をちょんとつつき合い、わずかに細められた目から、とろりと愛情が溢れ出す。


 一人と一匹は薄暮のなか、もふもふと家路をいそぐのであった。



 

 

  待テ、次編。 →穿雲樹閣編


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ここまでお付き合いくださり、有難う御座います。

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