29.大地の守護者
式典が終わった後、俺は学園の図書室にいた。
「はあ……落ち着く」
大分静かになった環境で、本を読んで心を落ち着かせる。
今日は色々あった。
じいさんに皇帝にオノドリムに。
三人にあれこれ溺愛されて、激動の一日だった。
それを落ち着かせるために、図書室で本を読む。
やっぱり本を読むときが一番落ち着くなあ、と思った。
今読んでいるのは魔法の本。
屋敷の書庫にはなかった、古めかしくていかにも高価な本だ。
それを読んでいると――。
「ここにいたのか、マテオ」
「あっ、陛下」
皇帝が入ってきた。
俺は立ち上がって出迎えようとしたが、皇帝は手をかざして俺を止めた。
「よい。長い式典の後だ、余もいささか疲れている。大層な挨拶は不要だ」
「そっか、わかった」
俺は納得して、座ったままとりあえず本は置いた。
「でも、陛下もつかれてたんだ」
俺はてっきりそんな事はないもんだと思ってた。
今日の式典はじいさんと皇帝の合作だ。
俺を持ち上げるために、色々二人でやった。
だから俺は、皇帝が「マテオのためならこれしきのことは」とか、言い出すもんだと思っていた。
そうじゃなくて、ちょっと意外だ。
だが。
「うむ、徒労感がな」
「徒労感?」
「精霊殿に全て横からかっさらわれた気がしてな。……マテオのために色々したのに」
最後はぶつぶつと小声だったが、予想した内容って事もあって、きっちり耳で拾えた。
そういうことか。
ちょっと苦笑いしたが、皇帝はいつもの皇帝で、ほっともしていた。
その皇帝は、俺と目があって、フッと笑いながら疲労を置き去りした様子で聞いてきた。
「どうだ、この図書室は」
「ここって、陛下がご本を集めてくれたんだよね」
「うむ。マテオの屋敷に送ろうとも思ったが、これからここで過ごす時間もながくなりそうだったからな、ここに送らせてもらった」
「そっか、ありがとうございます陛下。すごく嬉しいよ」
「そうかそうか」
皇帝は満足げに、しきりに頷いた。
さっきまでの疲労感がどこへやらって感じだ。
「して、なにを読んでいたのは?」
「古代魔法のご本だよ」
俺は一旦置いた本を再び手にとって、閉じて皇帝に表紙を見せる。
「なんだ、与太話のやつか」
「与太話?」
「うむ、余も読んだことはある。蘇生魔法に関して書かれているものだ。さすがに重大な内容だから、見つけたときは読まざるを得なかったよ」
「なるほど、それもそうだね」
俺は本の表紙を自分に向けて、それをみた。
蘇生魔法。
文字通り失った命をよみがえらせる魔法。
そんな物など聞いたこともないが、読んだことのある皇帝がそれを「与太話」と評するからには、あり得ない話なんだろう。
「そっか。すごい魔法だから、もしかしたらって思ったんだけどね」
「いくらマテオでも、それは不可能であろう」
皇帝は「ふふっ」と笑った。
これもちょっと予想外。
皇帝が普通に「いくらマテオでも不可能」って言うなんてな。
まあ、蘇生なんてできたら自然の摂理が壊れちゃうから、当たり前といえば当たり前なんだろう。
そんな風に考えながら、俺は本をめくる。
さっきまでよんでいた序文の次のページには、さっそく術式が書かれていた。
「これ、回復魔法と結構似てるね、術式が」
「そうなのか?」
「うん」
「なら、ますます悪質だ。傷を癒やす魔法と命をよみがえらせる魔法。言うなれば同じ系統なのだから、それで可能だと誤認させるのは極めて悪質といわざるを得ない」
「そうだね」
相づちを打ちながら、更にページをめくる。
「……あれ?」
「どうしたマテオ」
「うん、このページに具体的な話が書いてあるけど」
「うむ、それが不可能たるゆえん、与太話たるゆえんだ」
読んだことのある皇帝はそう断じた。
俺はじっくりと内容を読んでみた。
そこに書いてある理屈は簡単だ。
まず、蘇生魔法は大量の魔力を一気に使う。
全魔力が100だとして、白の魔力を100、黒の魔力も100。
合計200の魔力を使ってしまう。
つまり、100の魔力をもつ人間に200の魔力を使えという話だ。
俺が説明を最後まで読みきったのを見計らってから、皇帝は更に言ってきた。
「与太話、いや、悪戯であろう? 100の魔力しか持たぬものに、200の魔力をつかって魔法を使うなど。人間は100を持っていたら50と50でしか魔法を使えないというのに」
白の魔力と黒の魔力の関係。
魔法は、白と黒両方の魔力が無きゃ発動できない。
しかし人間は黒の魔力しか持っていない。
魔法を使うには、黒の魔力を白に変換してから使うという手順がいる。
それはつまり、皇帝が言うように、100もってる人間が半分の力でしか魔法を使えないということだ。
その大前提を覆して、100の人間に100+100の200を出せというのは変な意地悪と言われても仕方がない。
「まあ、両方を持っている神ならできなくもないかもな」
そう、皇帝は言ったが。
「……」
俺はあごを摘まんで考えた。
「どうした、マテオ」
「うん……ちょっと待って」
俺は図書室から出た。
すっかり静かになった校舎の外にでた。
庭になっているそこで、探して回る。
岩があったから、ひっくり返してみた。
「あった」
岩の裏にダンゴムシがいた。
「それをどうするのだ?」
「試してみる」
「試すって……まさか?」
「うん」
そのまさかだ、って意味合いを込めて頷く。
ダンゴムシの一匹をつぶした。
はっきりと死亡が分かるくらいにつぶした。
そして、目を閉じる。
術式を思い出す。
魔力を使う。
俺の全魔力、100の黒の魔力。
そして――大地の魔力、俺の100に相当する白の魔力。
それを合わせて、蘇生魔法の術式を発動。
「レイズデッド!」
魔法が発動した。
金色の光が、つぶされたダンゴムシを包む。
「うっ」
「マテオ!」
「大丈夫、魔力を全部使い切ってめまいがしただけだから。それよりも――」
俺はさっきつぶしたダンゴムシを見た。
完全につぶれたダンゴムシは、全くの元通りになって、土の上を這っていた。
「蘇生したね」
「ど、どういう事なのだ?」
「うん、黒の魔力は全部ぼくのを使って、白の魔力はオノドリム――大地から借りたんだ」
「あっ……」
ハッとする皇帝。
「その結果がこれ。つまり、蘇生魔法は与太話でも何でもないんだよ」
「……」
「まあでも、全魔力を使い切るから、直前にちょっとでも魔力を使ったり、体調が悪かったりすると使えないけどね」
「つまり、だ」
「うん?」
「マテオにしか使えない魔法、ということだな」
「え? うん……そうだね」
今はそうなるのかな。
と、俺が頷く。
「そうかそうか、マテオだけか。ふふふ」
皇帝がニヤニヤしだした。
あっ、これはいけない。
俺にしか使えない、蘇生の古代魔法。
それが皇帝を興奮させたようだ。
「すごいぞマテオ、さすがマテオだ」
「う、うん。ありがとう陛下」
「これは広く喧伝せねばな」
「ちょっと待って陛下」
「うむ?」
「蘇生魔法の事はあまりおおっぴらにしない方がいいと思うんだ。いろいろ、やっかいな事になりそうだから」
「ふむ? なるほど、それは言われればそうだな」
皇帝は納得した。
納得してくれて助かる――と思ったが。
「しかし、大地の精霊の力をさっそく活用してすごいことをしたマテオ、その功績が埋もれてしまうのはもったいないぞ」
「えっと」
「マテオよ、蘇生のことさえ言わなければいいのだな」
「えっと、うん。そうかな」
俺は曖昧に頷いた。
こうなったらもう、止められないな。
「なら、こうしよう。余が精霊殿の加護を追認するのだ」
「追認」
「うむ、これは帝国皇帝としてもやるべき事だ、うん」
なんだか自分に言い聞かせるような言い方をする皇帝。
「精霊の加護を受けたマテオを、皇帝としてそれを認めるという宣言をだす。精霊に認められてすごいマテオ、という訳だ」
「うん、それなら――」
いい、かな。
というかそれは止められない。
今日臨席した人達全員にオノドリムの声が届いてる。
どのみち広がっていくことだ。
それに、皇帝が言う「皇帝としてもやるべき事」ってのも分かる。
「うん、わかった。でもあまり恥ずかしい事にはしないでね」
「安心しろ、前回と同じにする」
「前回?」
前回って何だ?
「前回は空だったから、今回は大地だ」
「あっ……」
なるほどそれか。
竜の騎士に任命されて、「空」をもらった。
そういう意味の「大地」か。
「よし、早速やらせよう。少し待つが良いマテオ」
そう言って、皇帝はパッと図書室から飛び出して、あっという間に姿が見えなくなった。
「えっと……」
俺は苦笑いする。
結局それも恥ずかしいんだけどな――と思ったけど、実際はもっと恥ずかしくなった。
数日後、皇帝はオノドリムと結託して、俺に「大地の守護者」という称号を授けた。
同時に、竜の騎士を「空の王」にアップグレードした。
こうして、俺は「空の王」と「大地の守護者」と呼ばれるようになるのだった。
空の次は大地、って所で第二章は終わりです、次から第三章です
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