13.
「……ん」
薄暗くて少し埃っぽい部屋の中。
私はふっと目を覚ました。
(ここは……、書庫?)
向かいの席に座って眠っているヴィクターを見て、私は昨夜、遅い時間まで二人で調べていた為に、そのまま眠ってしまったのだと気が付いた。
そして、静かに寝息を立てて眠っているヴィクターを私はまじまじと見つめてしまう。
(それにしても……、綺麗な寝顔)
真紅の瞳は瞼に閉じられて見えなくなっているけれど、元々この人、顔の造りが綺麗なのよねぇ……。
(陛下もメアリー様もウォルター殿下もお綺麗だから……、美形一家なのね)
そんなことを考えながら彼の顔を眺め、私は彼を起こそうと手を伸ばした。
すると、その手を不意に掴まれる。
「! ……何だ、起きていたの」
驚いてそう言えば、彼は「熱っぽい視線を感じたからな」と笑い交じりに答える。
そしてふわっと欠伸をして目を細めて言った。
「そんなに俺の顔に見惚れていたのか?」
「!! ……知らない」
図星を突かれてそう返せば、彼は肩を震わせてククッと笑った。
私は恥ずかしくなってぷいっと顔を背けると、丁度その視線の先にあった扉が少し開いていることに気が付く。
……そしてその隙間から覗く、桃色の瞳にも。
「! ……ふふ、リラン。 お早う」
「!」
私がそう扉に向かって声をかけると、そっとその扉を開けたリランが「おはようございます、お姉様」と淑女の礼をしてくれた。
「朝食の時間かしら?」
「はい」
リランがそう頷いたのを見て、私は「行きましょう」とヴィクターに声を掛ける。
そして、彼が頷いて立ち上がったのを見て、私も立ち上がり、リランに向かって歩き出す。
そして思い至ってリランの前で立ち止まると、リランに小声で、人差し指を口に当てて言った。
「……ここに朝までヴィクターと居たことは、お父様には内緒ね」
でないとお父様、いらぬ心配をするだろうから。
私はその意味を込めてリランにウインクして見せれば、リランは少し目を見開いて、やがてこくんと小さく頷いてくれたのだった。
「それで、何か手掛かりは見つかったかい?」
朝食を食べている最中お父様にそう問われ、私は首を横に振った。
「……それが全然なの。 まだ5分の1程度しか確認出来ていないし、その中にあった魔法に関する本を読んでみたけれど、その殆どが出鱈目ばかりだったわ」
「あぁもしかしたら、世間一般で認識されている魔法使いがどのようなものか、憶測している学者の本を読んだのだろうね」
「要するに、魔法を実際に見たことがない学者達の見解を書いた書ということね。
……あまりにも出鱈目だから、捨てても良いと思う程だったわ」
「ははは……。
まあ、あれも大切な文献なんだ。魔法を持っていない民は、我々のような魔法使いをどう捉えているのかが分かるからね」
お父様の言葉に、「それもそうね」と頷きを返した。
そして隣に座っているヴィクターが、あまりご飯に手を付けていないことに気が付く。
「……ヴィクター? 具合が悪い?」
「! ……あ、いや。 そんなことはない」
「? じゃあ御飯が口に合わないとか?」
私は心配になってそう尋ねれば、ヴィクターは「大丈夫」の一点張りだった。
私は何度聞いてもそう言うばかりだから引き下がったものの、何処か思い詰めたような表情をしているヴィクターが気になってしまう。
それを見ていたお父様が、そういえば、と口を開いた。
「今日、リゼットに来客が訪れると言っていた」
「? 私にお客様……?」
一体誰だろうか。
考えてみたものの分からず首を傾げる私に対し、お父様に「何方?」と聞いてみたが、「来てからのお楽しみだ」とお父様は笑って言った。
(……何故教えてくれないのかしら)
とモヤモヤしている内に食べ終えたお父様が「御馳走様でした」と言って席を立つ。
そして、ヴィクターを見て言った。
「ヴィクター殿下。
後で話がしたいから、食べ終え次第私の部屋に来てくれるか」
「! はい、分かりました」
ヴィクターの言葉にお父様は頷いて、部屋を後にしてしまう。
残された私とヴィクターとリランは顔を見合わせた。
「……お父様がヴィクターに話があるなんて……、何のお話かしら」
「怒ってるのかなあ」
リランの言葉に、ヴィクターの表情が分かりやすく強張る。
それを見て慌ててリランに向かって口を開いた。
「リラン、そういう怖いことを言わないの。
……ヴィクター、大丈夫よ。 お父様はそんな怖い方、ではないはずだから」
「……全く説得力が無いんだが」
私が言い淀んだのを見過ごさず、彼にそう言われ、私は苦笑いを浮かべる。
(……それにしても、どうしてヴィクターだけ?
リランの言う通り、お父様、私がいないのを良いことに、彼に説教でもするつもりなのかしら?)
私は心配になってヴィクターを見れば、彼は少し笑って、「大丈夫だ」とさっきと同じ言葉を述べ、再度食べ進めるのだった。
お父様の言葉通り、ヴィクターをお父様の部屋へと案内し、私は部屋の外で彼を待っていることにした。
(それにしても……、遅いわね)
すぐ終わる案件かと思いきや、もう彼此30分以上は経っているというのに、一向に話が終わる気配がなくて。
私は流石に不安になって来た。
(お、お父様はヴィクターと何を話しているのかしら……本当に説教だとしたらどうしよう)
乗り込んで行った方が良いか。 いやでも、そんな不躾な真似は出来ないし……。
「……嬢様、お嬢様。 お客様がお見えになられました」
「!? もう!?
え、ちょ、ちょっと待って、まだ何も支度が出来ていな」
「リゼットッ!」
「!? きゃ!?」
私の名を呼ぶ声と同時に、私の視界が暗転する。
「誰でしょう?」
そんなことを問われ、私は少し息を吐いて「そんなのすぐに分かるわ」と言うと、私の目元を覆う手を退けながら、その人の名を口にする。
「エルマー」
「ふふ、御名答」
流石、僕の幼馴染だね♪
なんて笑うエルマーに、私は「貴方ねえ……」と口を開いた。
「家の主人が迎えに来るまでは待機してなさいといつも言っているでしょう。
どうして貴方は」
「えーだって、君と僕との仲でしょう?
良いじゃない別に」
「良くない!」
私は全く反省する素振りを見せない幼馴染に対し、深くため息を吐いた。
(それにしても……、やはり15歳ともなると、まだ可愛い部類に入るのね)
私と同じ年である彼の身長は、まだ然程私と変わらない。
ただそれが、前世で20歳前後になった時は、彼は格段に目覚しい成長を遂げ、凛々しい男性へと様変わりしていった。
(……今思い出したけど、エルマーのその姿で思い出すのは……)
そんな前世の彼を思い浮かべた私の前に、ガチャッと扉が開き現れた、紅の瞳が驚いたように私を見る。
「リゼット、此処で待っていてくれたのか?」
「そ、そう。 心配だったから……」
「すまない。 少し長く話してしまった……其方は確か」
ヴィクターがそう言って、私に向ける視線とは確実に違う視線をエルマーに放ったのを見て、私は慌てて声を発した。
「そ、そう! この子はこの前紹介した」
「リゼットの幼馴染で、辺境伯家のエルマー・アーノルドと申します。
以後お見知り置きを」
胸に手を当てお辞儀をするその姿に、私はあら、と驚く。
(私の話を遮ったのは良くないけれど、この前の紹介よりは良くなった、気がするわ)
そう思ったのも束の間、エルマーは思いも寄らぬことを口にした。
「そして貴方が、リゼの婚約者のヴィクター殿下、ですよね」
「……あぁ、そうだが」
そうヴィクターが返した瞬間、エルマーはヴィクターに近付き……、挑発するように爆弾発言を落とす。
「リゼに本当に相応しい“婚約者様”かどうか、此処にいる間に確かめさせて頂きますね」
「「!?」」
その言葉に私とヴィクターは、再び石化してしまうのだった。




