12.
「此処が、ヴィクターの部屋ね」
「あぁ。 有難う」
そう言って彼は、真紅の瞳をその部屋に向けた。
私の家は3階建てとなっており、3階には私達家族の主な居住スペース、2階が客室、1階にダイニングルームや使用人部屋などがある。
そして私の部屋の丁度真下の2階に位置する客室のこの部屋を、ヴィクターに一週間使ってもらうことにした。
「もし何かあったら、この上の部屋を訪ねて。 そこが私の部屋だから」
「分かった。 有難う、リゼット」
私はその言葉に頷き、「じゃあ早速、書庫へ行きましょうか」と彼と共に書庫へと向かった。
書庫は3階、私達の居住スペースから少し離れた、この家の中で最奥に位置している。
昼間でも薄暗く、まるで隠れ部屋のように存在する部屋には、使用人ですらも立ち入り禁止となっている。
「……少し埃っぽいかもしれないわ」
そう私はヴィクターに言いながら、お父様から預かった書庫の鍵を、鍵穴に差し込んだ。
ガチャリ、と大きな音を立て鍵が開き中を覗けば、そこは……。
「……す、ごいな」
「え、えぇ、本当」
思わず言葉を失ってしまうほどの大量の本が、私達の身長以上ある本棚に所狭しと並べられている。
「……この中から見つけ出すのか?」
「し、至難の業ね……」
(一週間しかないのに……、こんなに本が大量にあるだなんて、知らなかったわ)
驚く私に対し、彼は「とりあえず、手分けして順番に中身を調べていってみよう」と言ったから、私は頷きを返し、足を踏み入れる。
「“魔法”という単語が入っている本だけを取り出せば良いと思うから……、その本だけ捌けて、後は本棚に戻すしかないな」
「えぇ、それしかない、わね」
私は内心焦っていた。
このままでは終わらないかもしれない、と。
「……リゼット」
「っ」
彼に名を呼ばれはっと顔を上げれば、ヴィクターはポンポンと私の背中を優しく叩いて言った。
「大丈夫、二人で力を合わせれば、きっと見つかる」
「!」
そう言って本棚へ向かう彼の後ろ姿を見て、私は温かな気持ちが胸に広がる。
(……不思議。 ヴィクターにそう言われただけなのに)
「……よし! 頑張らなきゃ!」
そう言って腕捲りをして、ヴィクターとは反対側から本を探す私に対し、彼はそんな私を見て微笑んでいたことに無論、気が付かない私だった。
「……取り敢えず、この本棚にある“魔法”に関する本は、全て集められた筈なんだけど……、“透視魔法”や“短命の魔法”については、一切載っていないわね……」
何百冊とある内の十何冊程度が魔法に関する本だったが、これといってヒントになりそうなものはいまいち見つからなかった。
私は自然と溜息を吐くと、彼は「まあ」と口を開いた。
「そんなにすぐ見つからないかもしれないが、今日だけで5分の1程度は調べられたんだ、それだけでも良かった」
「そう、よね……、よし、今日はもう少し頑張りましょう」
私がそう言って立ち上がった時、「お姉様」と鈴の音が鳴るような高い声が私の耳に届く。
「!? リラン? どうしてここに」
「……眠れないの」
そう言って眠そうに目を擦るその片方の手には、本が握られていて。
「……その本を、読んで欲しいの?」
リランがここに来た理由が分かり私がそう尋ねれば、彼女はこくんと小さく頷いた。
私は「どうしよう」とヴィクターを見れば、彼は真紅の瞳を少し細めてリランを見てから、私に言った。
「此処は俺がやっておくから、読んであげたら良い」
「! 有難う、ヴィクター。
すぐ戻って来るわね」
私はそう言って、リランを抱き抱えると、彼女の部屋へと向かった。
「……って、寝てしまったのね」
久しぶりに読み聞かせをしよう、と思っていたのも束の間、ベッドに彼女を下ろした時には、すやすやと寝息を立てて眠っていた。
「……本当、可愛いわ」
(なんて言ったら、姉バカも良いところかしら)
と自分に突っ込みながら、彼女の頰にそっとキスをする。
そして掛け布団をかけ、「お休みなさい」と言って、その場を後にしようとして……、私はある物に目が止まった。
それは、リランが持ってきた一冊の古い本だった。
(これは、私が幼い頃に良く読んでいた本だわ)
私もお母様にこれを良く読み聞かせて欲しいと強請ったものだっけ。
(確かこのお話は、古から伝わる、何でも叶えられてしまう魔法を持った魔女が居て、森の奥深くに住むその魔女を尋ねるお話、だったかしら)
その本の表紙をそっとなぞり、私はなんて、と自嘲気味に笑った。
(そんなお伽話のような魔女が居たら、苦労しない、か)
そう思いつつ、パラパラと本をめくった時、その一番後ろのページが何故か、破られている形跡があった。
(……あれ、どうしてこのページだけ破られているんだろう……)
私はそれに引っかかりを覚えたが、いつまでも此処で油を売っているわけにはいかないと思い、その本をそっとリランの側においてその場を後にしたのだった。
「ヴィクター」
「? 早かったな、もう寝かし付けてきたのか?」
そうヴィクターに問われ、私は「えぇ」と頷くと、少し笑って言った。
「私が抱き抱えている内に安心して眠ってしまったみたい」
「はは、可愛いな」
「えぇ、とっても。 寝顔も可愛かったわ」
そう言って笑えば、彼は「そうか」と笑って言った。
「……君の妹は……、俺を恨んでいるだろうな」
「! そんなこと」
私が反論しようとすれば、彼は首を横に振った。
「……まだあんなに幼いのに、俺は君をあの子から奪うようにしてイングラムに迎え入れてしまった。
俺が10の時に母親が遠くに行って嫌だと感じたのに、結局同じことをしてしまっているんだ、君の妹だって」
「っ、だから! 私はヴィクターと一緒にいることに後悔なんてしていないと言っているでしょう!」
「!」
私は思わず、ヴィクターの頰を両手で抑えて言った。
状況が飲み込めていないのか、目をパチリとさせる彼に対し、私は言葉を続ける。
「良い? 今後一切、そうやって卑屈になったり後ろ向きな発言をするのは禁止!
……リランは確かに、まだ幼いけれど、どちらにせよ私と居られるのも、どちらかがお嫁に行くことになるのだから時間の問題だったわ。
……あの子には寂しい思いをさせてしまっているかもしれないけれど、決して会えない距離じゃない。
心はずっと、側にあると思っている」
だから、と私は言葉を続けた。
「決してそんな態度を、あの子の前で見せたりしないで。
子供はそういう感情の機微を、感じ取るものよ。
ヴィクターが悪いと思っているということが分かって仕舞えば、彼女はそれこそ、怒ると思うわ。
……それとも、ヴィクターは私がお嫁に来なくても良いと思ってる?」
「……そんなこと、思うはずがない」
「!」
少し沈黙したと思ったら、まるで拗ねたような表情をしてそう口にする彼に対し、私は思わず笑ってしまう。
そんな私に、彼は「何だ」とムッとしたように言葉を発するものだから、私は「ごめんなさい」と謝りつつ笑みー浮かべて言った。
「ふふ、そういう顔をすると、まるでリランと同じよ」
「!? 幼いと言いたいのか!?」
「えぇ」
私が迷いなく頷けば、彼は顔を真っ赤にして黙ってしまう。
(……あら、からかいすぎたかしら?)
私は気を悪くさせたかと思い、彼の顔を覗き込もうとすれば、ぐいっと腕を掴まれ引き寄せられて……、唇に温かな感触を感じる。
「!?」
その掠め取るような、ほんの一瞬の出来事に私が思わず唇に手をやれば、彼はふっと笑って言った。
「……俺がもし幼かったら、こういうことは出来ないだろう?」
「〜〜〜!?」
そんな彼の言葉に今度は私の頰に熱が集中するのが分かる。
それを見た彼は、ふっと妖艶に笑うのだった。




