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【書籍全二巻発売中】その政略結婚、謹んでお受け致します。〜二度目の人生では絶対に〜【コミックス第一巻発売中】  作者: 心音瑠璃
第2章

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6.

「……ヴィクター、何処に行ってしまったのかしら」


 ウォルター殿下の地図を見ながら、街中を走り回って彼を探したものの、何処にも見当たらない。


(ヴィクター、今日は変装をしていないし……、街中にいるとも思えないのよね)


 騒がれるのはあまり好きではないと言っていたし……、後は何処か彼が行きそうな場所は……。


「……! あるじゃない! ヴィクターが昔から気に入っていた場所!」


 私は昔……、一度だけ、前世で彼が私を連れて行ってくれた場所へと走り出した……―――






 それは、まだヴィクターに嫁いだばかりの頃だった。

 その当時の私は、彼とは関わらないようにしようと思いつつ、彼があまりにも……、初夜でさえも私の元に来なかった彼が、日中何をしているのか気になって、こっそり見に行こうと思ったのだ。


(日中は確か、執務室に居たはず)


 そう思った私がそっと執務室を覗こうとすれば、ガチャリ、と扉が開く。


「「!!」」


 その扉の向こう側にいた人物……、真っ赤な瞳を持つその方は、冷ややかな目で私を見下ろした。


「……こんなところで何をしている」

「! あ、えーっと、その……」


(まさか、貴方の様子を伺いに来た、なんて言えるわけがない)


 私はヴィクターの妻とはいえ、敗戦国から来た元敵。 しかも軍隊にいた私が、様子を伺いに来たなんて言ったら密偵だと疑われてしまう。

 しどろもどろになって視線を泳がせる私に、彼はふんっと鼻で笑って言った。


「……言い訳もできないようでは、俺の偵察なんて出来る訳がないな」

「んな!? 馬鹿にしているのですか!?」


 私がそう反論すれば、彼は「は?」と眉間に皺を寄せ、付き合ってられんと言って踵を返す。

 その背を見ていた私に、彼はピタッと立ち止まると、少しだけ振り返って言った。


「……気になるのなら、ついてくれば良い」

「? え……?」


 その言葉に思わず疑問を浮かべた私に対し、彼はそのまま歩き出す。

 私はどうしようか迷ったものの、何となくやはり気になって、彼について行くことにした。


 そうしてヴィクターが向かったのは、小高い丘の上だった。


「! ……わぁ」


 私は思わず、その絶景に目を見張り、感嘆の声を漏らした。

 急勾配になっている坂の頂上に位置するこの城は、国全体を見渡せるほど高い場所にある。

 だからその丘の上も、綺麗な景色が眼下に広がっていた。

 それを見た彼は、「ここの景色は気晴らしになる」と、それだけ言って地面に座った。

 そして、遠くを見つめる。

 その横顔を見て、私は思ってしまった。


 なんて儚げで、美しいのだろうと……―――





 走りながら、そんな昔を思い出して考える。


(……もしかしたらあの時、私は)


 ……もうとっくに、恋に落ちていたのかもしれない。


 暗い地下通路を抜け、“秘密基地”の部屋へと続く階段を只管駆け上がる。

 そして部屋を出て、東塔の階段をまた一気に駆け下りる。

 息が苦しい、足が重い。

 それでも。


(早く行かないと)


 彼の元へ。

 今なら、まだ間に合うの。


(貴方にだけは……、後悔して欲しくない)


 私と同じ過ちを犯して欲しくないから。


(前世の私では、彼に声を掛けらなれなかった)


 彼は真紅の瞳の奥で、何を抱えていたのか。

 何を考えているのか。

 今なら……、分かる気がするから。


(彼の幸せの、ほんの少しでも良い。

 私が、貴方の幸せを導く力になれるのなら)


 小高い丘の上には、前世とは違い、色とりどりの小さな花々が咲いていた。

 そんな花を、私の髪や頰を、さぁっと温かな風が撫でる。


(……やっぱり、ここにいたのね)


 漆黒のマントが風に揺れ、真紅の瞳は遠くを見つめている。

 前世と同じ表情をしているその横顔は。


(……本当に、綺麗)


 だけど、前世とは違って同時に……、胸が、締め付けられるように痛い。

 私は、無意識にギュッと手を握り締める。

 そしてそっと近づき……、彼の名を呼んだ。


「ヴィクター」

「……っ」


 私の声に、振り返った彼の表情は……、酷く、悲しげな表情をしていた。


 その表情に、更に私の心は締め付けられるような感覚に襲われる。


「……どうして……、ここが分かったんだ」


 そう弱々しく、掠れたような声で言った彼に対し、私は慌てて誤魔化す。


「い、一度貴方がここを……、訪れているところを見たことがあって」


(今世で貴方がよく来る場所かどうかは、分からないけど……)


 一か八か、そう言ってみると、彼は苦笑まじりに笑った。


「そんなところまで見られていたのか。

 ……気が付かなかった」

「こ、声を掛けなかったから……」


 私はそう言って、彼の隣に腰掛ける。


(……こうして隣に座るのは……、新鮮だわ)


 前世……、嫁いだ時に彼と初めて、一緒に過ごした場所。

 言葉もなければ、ほんの僅かな時間しか過ごしていない。

 けれど、その日見た景色も、彼の横顔も……、鮮明に覚えている。

 あの時は、彼との距離感が分からなくて、ただ彼の姿を少し後ろから見ているだけだった。

 けれど、今は違う。


「……リゼット」

「! はい」


 急に名前を呼ばれ、私が驚けば、ヴィクターは視線を逸らしながら言葉を発した。


「そんなにじっと見つめるな」

「!? ご、ごごめんなさい!」


 そう言われて初めて、私はヴィクターの顔を凝視してしまっていたことに気付き、慌てて景色に目を向ける。

 そして、改めてその景色を見て口にした。


「……やっぱり……、この場所は素敵ね」

「あぁ。 良くこの場所に、気晴らしに訪れるんだ。

 ……リゼット? 何故泣いている?」

「え……?」


 私は慌てて頰に手をやれば、冷たい感触。

 自分が泣いているのだと分かり、私は慌てて涙を拭った。


「嫌だ、ごめんなさい。 私、最近泣いてばかりね」


 その理由は、分かってる。

 ヴィクターを……、見ていると、前世のことを思い出すからだ。

 彼から逃げてしまった、あの“前世”を。


「……ヴィクター」


 私がそう彼の名を呼べば、彼は戸惑ったような表情を浮かべながらも、私の頰にそっと手をやり、「何だ」と涙を拭ってくれながら、私の言葉の続きを待つ。

 そんな彼の手を、私はそっと両手で握ると……、言葉を紡いだ。


「やっぱり、私……、貴方に、後悔してほしくない。

 ここで……、過去と、お母様と向き合わなければ、きっと、貴方はこれから先、後悔してしまうことになると思うから」


 前世では既に、ウォルター殿下は亡くなっていて。

 お母様が生きているのかも、話すらも聞いたことがなくて。

 そんな前世で貴方は、いつも辛そうな表情をしていた。

 生意気だと、思われてしまうかもしれない。

 嫌われてしまうかもしれない。

 けれど。


「っ、貴方の“本当の幸せ”は、私だけでは、叶えてあげられない」


 私の力だけでは彼を……、本当の意味で、心から、笑顔にしてあげることは出来ない。

 だから。


「……一人では、ないから。

 私も貴方と一緒に、過去と向き合うから」

「! ……リゼット」

「……頼りないかも、しれないけど」


 私はそう言って笑えば、彼は首を横に振る。


「……そんなこと」


 そう言った彼は、もう片方の手で、私の手を包み込むようにギュッと握った。

 そして、私の目を真っ直ぐと見て言った。


「……もう、逃げない。

 過去のことからも、母さんや兄さんのことからも……、だからもう一度、一緒に行ってくれないか」


 母さんのところへ。

 そう言った彼を見て私は立ち上がると、彼の手を引く。

 それによって立ち上がった彼の手を取ったまま、エスコートするように歩き出し、「お母様が待っているわ」と笑みを浮かべて言って見せると、ヴィクターは驚いたような表情を浮かべ……、やがて、「あぁ」と力強く頷いたのだった。

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