6.
「……ヴィクター、何処に行ってしまったのかしら」
ウォルター殿下の地図を見ながら、街中を走り回って彼を探したものの、何処にも見当たらない。
(ヴィクター、今日は変装をしていないし……、街中にいるとも思えないのよね)
騒がれるのはあまり好きではないと言っていたし……、後は何処か彼が行きそうな場所は……。
「……! あるじゃない! ヴィクターが昔から気に入っていた場所!」
私は昔……、一度だけ、前世で彼が私を連れて行ってくれた場所へと走り出した……―――
それは、まだヴィクターに嫁いだばかりの頃だった。
その当時の私は、彼とは関わらないようにしようと思いつつ、彼があまりにも……、初夜でさえも私の元に来なかった彼が、日中何をしているのか気になって、こっそり見に行こうと思ったのだ。
(日中は確か、執務室に居たはず)
そう思った私がそっと執務室を覗こうとすれば、ガチャリ、と扉が開く。
「「!!」」
その扉の向こう側にいた人物……、真っ赤な瞳を持つその方は、冷ややかな目で私を見下ろした。
「……こんなところで何をしている」
「! あ、えーっと、その……」
(まさか、貴方の様子を伺いに来た、なんて言えるわけがない)
私はヴィクターの妻とはいえ、敗戦国から来た元敵。 しかも軍隊にいた私が、様子を伺いに来たなんて言ったら密偵だと疑われてしまう。
しどろもどろになって視線を泳がせる私に、彼はふんっと鼻で笑って言った。
「……言い訳もできないようでは、俺の偵察なんて出来る訳がないな」
「んな!? 馬鹿にしているのですか!?」
私がそう反論すれば、彼は「は?」と眉間に皺を寄せ、付き合ってられんと言って踵を返す。
その背を見ていた私に、彼はピタッと立ち止まると、少しだけ振り返って言った。
「……気になるのなら、ついてくれば良い」
「? え……?」
その言葉に思わず疑問を浮かべた私に対し、彼はそのまま歩き出す。
私はどうしようか迷ったものの、何となくやはり気になって、彼について行くことにした。
そうしてヴィクターが向かったのは、小高い丘の上だった。
「! ……わぁ」
私は思わず、その絶景に目を見張り、感嘆の声を漏らした。
急勾配になっている坂の頂上に位置するこの城は、国全体を見渡せるほど高い場所にある。
だからその丘の上も、綺麗な景色が眼下に広がっていた。
それを見た彼は、「ここの景色は気晴らしになる」と、それだけ言って地面に座った。
そして、遠くを見つめる。
その横顔を見て、私は思ってしまった。
なんて儚げで、美しいのだろうと……―――
走りながら、そんな昔を思い出して考える。
(……もしかしたらあの時、私は)
……もうとっくに、恋に落ちていたのかもしれない。
暗い地下通路を抜け、“秘密基地”の部屋へと続く階段を只管駆け上がる。
そして部屋を出て、東塔の階段をまた一気に駆け下りる。
息が苦しい、足が重い。
それでも。
(早く行かないと)
彼の元へ。
今なら、まだ間に合うの。
(貴方にだけは……、後悔して欲しくない)
私と同じ過ちを犯して欲しくないから。
(前世の私では、彼に声を掛けらなれなかった)
彼は真紅の瞳の奥で、何を抱えていたのか。
何を考えているのか。
今なら……、分かる気がするから。
(彼の幸せの、ほんの少しでも良い。
私が、貴方の幸せを導く力になれるのなら)
小高い丘の上には、前世とは違い、色とりどりの小さな花々が咲いていた。
そんな花を、私の髪や頰を、さぁっと温かな風が撫でる。
(……やっぱり、ここにいたのね)
漆黒のマントが風に揺れ、真紅の瞳は遠くを見つめている。
前世と同じ表情をしているその横顔は。
(……本当に、綺麗)
だけど、前世とは違って同時に……、胸が、締め付けられるように痛い。
私は、無意識にギュッと手を握り締める。
そしてそっと近づき……、彼の名を呼んだ。
「ヴィクター」
「……っ」
私の声に、振り返った彼の表情は……、酷く、悲しげな表情をしていた。
その表情に、更に私の心は締め付けられるような感覚に襲われる。
「……どうして……、ここが分かったんだ」
そう弱々しく、掠れたような声で言った彼に対し、私は慌てて誤魔化す。
「い、一度貴方がここを……、訪れているところを見たことがあって」
(今世で貴方がよく来る場所かどうかは、分からないけど……)
一か八か、そう言ってみると、彼は苦笑まじりに笑った。
「そんなところまで見られていたのか。
……気が付かなかった」
「こ、声を掛けなかったから……」
私はそう言って、彼の隣に腰掛ける。
(……こうして隣に座るのは……、新鮮だわ)
前世……、嫁いだ時に彼と初めて、一緒に過ごした場所。
言葉もなければ、ほんの僅かな時間しか過ごしていない。
けれど、その日見た景色も、彼の横顔も……、鮮明に覚えている。
あの時は、彼との距離感が分からなくて、ただ彼の姿を少し後ろから見ているだけだった。
けれど、今は違う。
「……リゼット」
「! はい」
急に名前を呼ばれ、私が驚けば、ヴィクターは視線を逸らしながら言葉を発した。
「そんなにじっと見つめるな」
「!? ご、ごごめんなさい!」
そう言われて初めて、私はヴィクターの顔を凝視してしまっていたことに気付き、慌てて景色に目を向ける。
そして、改めてその景色を見て口にした。
「……やっぱり……、この場所は素敵ね」
「あぁ。 良くこの場所に、気晴らしに訪れるんだ。
……リゼット? 何故泣いている?」
「え……?」
私は慌てて頰に手をやれば、冷たい感触。
自分が泣いているのだと分かり、私は慌てて涙を拭った。
「嫌だ、ごめんなさい。 私、最近泣いてばかりね」
その理由は、分かってる。
ヴィクターを……、見ていると、前世のことを思い出すからだ。
彼から逃げてしまった、あの“前世”を。
「……ヴィクター」
私がそう彼の名を呼べば、彼は戸惑ったような表情を浮かべながらも、私の頰にそっと手をやり、「何だ」と涙を拭ってくれながら、私の言葉の続きを待つ。
そんな彼の手を、私はそっと両手で握ると……、言葉を紡いだ。
「やっぱり、私……、貴方に、後悔してほしくない。
ここで……、過去と、お母様と向き合わなければ、きっと、貴方はこれから先、後悔してしまうことになると思うから」
前世では既に、ウォルター殿下は亡くなっていて。
お母様が生きているのかも、話すらも聞いたことがなくて。
そんな前世で貴方は、いつも辛そうな表情をしていた。
生意気だと、思われてしまうかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。
けれど。
「っ、貴方の“本当の幸せ”は、私だけでは、叶えてあげられない」
私の力だけでは彼を……、本当の意味で、心から、笑顔にしてあげることは出来ない。
だから。
「……一人では、ないから。
私も貴方と一緒に、過去と向き合うから」
「! ……リゼット」
「……頼りないかも、しれないけど」
私はそう言って笑えば、彼は首を横に振る。
「……そんなこと」
そう言った彼は、もう片方の手で、私の手を包み込むようにギュッと握った。
そして、私の目を真っ直ぐと見て言った。
「……もう、逃げない。
過去のことからも、母さんや兄さんのことからも……、だからもう一度、一緒に行ってくれないか」
母さんのところへ。
そう言った彼を見て私は立ち上がると、彼の手を引く。
それによって立ち上がった彼の手を取ったまま、エスコートするように歩き出し、「お母様が待っているわ」と笑みを浮かべて言って見せると、ヴィクターは驚いたような表情を浮かべ……、やがて、「あぁ」と力強く頷いたのだった。




