5.
「……ヴィクター、本当に大丈夫?」
「あぁ。 リゼットがいてくれれば、大丈夫な気がする」
そう言ってヴィクターは、ギュッと私の手を握り……、地下通路へと続く隠し通路に足を踏み入れた。
(……そう言う割に、顔色が悪い……)
私は薄暗い階段を、私をエスコートするように下るヴィクターの顔を窺い見て、心配になる。
昨日、ヴィクターがエルマーと話している私の元へやってきたのは、今日自ら私と共に、ウォルター殿下が地図に示した場所へ行くと言うためだった。
彼はその宣言通り、一緒にここへと来たのだが……、その表情はやはり何処か暗く、無理をしているように見える。
(……貴方が、そんなに暗い顔をする方なんて一体)
「……ヴィクターは……」
「?」
あまり探りを入れたくないが、どうしても気になってしまう。
ヴィクターを、そんな表情にさせる方のことを。
「その地図に書かれている場所が何処か、知っているの?」
「……あぁ。 ここは、城下にある薬屋の内の一つだ」
「薬屋……?」
その言葉に、私はハッとする。
(そうか、もしかしたらあの時、ウォルター殿下があそこにいたのは、彼自身も何かしらの薬を貰っていた常連だったと言う可能性もある……)
「私……、以前、ヴィクターと宝石店に行ったでしょう?」
「? あぁ、行ったが……」
ヴィクターは、突然何を言いだすんだ、と驚いたように首を傾げる。
私はエスコートされている手を握り、言葉を続けた。
「……ヴィクターがお店の奥に行った時……、その時にね、ウォルター殿下をその薬屋さんで見かけた気がするの」
「!? それは本当なのか!?」
突然肩を掴まれ、今度は私が驚く番で。
ヴィクターは「す、すまない」とハッとしたようにその手を退ける。
私はその手を見て、「ごめんなさい」と謝った。
「ウォルター殿下に確認してから、と思ったのだけれど……、お忍びで来ていたみたいだから、聞いて良いものなのか分からなくて。
ただ間違いなく、ウォルター殿下だったことは確認したわ」
「……そうか」
ヴィクターはそう言って俯いてしまう。
そして、私は「後、」と言葉を繋げる。
「その時、お店から出て来た方が、ウォルター殿下と親しげに話していたの。
……その方はね……〜〜〜」
「……! やはり、俺の考えている人で、合っていたというのか……」
そう言って力一杯拳を握りしめ、顔を歪めるヴィクターの暗い表情に、私もその人が誰なのか、薄々勘付いていたものが確信へと変わって。
それが分かった時、私は掛ける言葉もなく、彼と共に暗い地下通路を重い足取りで歩き出すのだった。
複雑な地下通路を間違えないよう確認しながら進んでいくと、小さな川が流れる水路に出た。
そこから人がいないことを確認して地上へ上がり、地図の示した通りに行くと、路地裏に出た。
「……ここだ」
ヴィクターがそうポツリと呟いたのを聞き、私はその建物を見上げた。
そこには、ヴィクターの言う通り薬屋らしく、小さな看板がドアにぶら下がっていた。
それを見て、私はヴィクターの顔を見る。
「……大丈夫?」
私の問いに対し、彼は曖昧に笑った、その時。
カランカラン、と小気味の良い鈴の音が鳴る。
「「「っ!!」」」
それは、そのお店から店員さんらしき方が、扉を開けて外へ出て来たからで。
私とヴィクター、それからその人は驚き固まった。
(……間違いない、この人は、この前ウォルター殿下と共にいた方で……、そして)
ドクン、ドクンと大きく鼓動が脈打つ。
そして、その店員……女性は、黒い髪を揺らし、震える声で口を開いた。
「……ヴィクター?」
「「っ」」
そう親しげに彼の名を呼ぶ女性は、ヴィクターにとてもよく似ていて。
(……やっぱり、この方は間違いなく、ヴィクターの……)
「……っ」
「! 待って、ヴィクター!」
私は咄嗟にヴィクターを呼び止めたが、彼は、踵を返して何処かへ行ってしまう。
その女性も、お店の中へ入ろうとしたのを私は慌てて引き止めた。
「っ、待って……、逃げないで下さい!」
「!」
私はその女性がゆっくりと振り返り、不安げに、悲しげに紫の瞳を揺らすその表情を見て……、私はゆっくりと口を開いた。
「……貴女が……、ヴィクター殿下のお母様でいらっしゃる“メアリー”様、ですよね?」
「……っ」
そう私が問えば、彼女は長い睫毛を伏せ……、小さく頷いた。
それを見て、私は思わず彼女の手を握る。
そして、再度驚いたように私を見つめる紫の瞳を真っ直ぐと見つめて、言葉を紡いだ。
「お願いです、彼と……、ヴィクターと、もう一度向き合ってあげて下さい。
彼はいつも、貴女のことを話す時、辛そうな顔をしているんです」
「! ……私は……」
そう言葉を切って俯くメアリー様は、その後の言葉を震える声で言った。
「幼いヴィクターに酷いことを……、あの子から、結果的に逃げてしまった……。
今更、合わせる顔なんて」
「それなら尚更! 過去のことを……、真実を、彼に伝えてあげるべきです」
「!」
私はギュッと、メアリー様の手を握る手に力を込めた。
「この先も互いに引きずってこのまま……、もし、一生会えなくなってしまったら……、一生、その傷が癒えることは、ありません」
私は、お母様のことだって前世のことだって、沢山未練がある。
前世でのヴィクターのことだって……、亡くなってから初めて、私は取り返しのつかないことをしてしまったんだと気が付いた。
それではもう遅いということも。
……だから、こうして今、私に出来ることが彼の為に……、彼の大切な人のためになることがあるのなら、私は。
「っ、だから! ……お願いです、ヴィクターと……、ウォルター殿下、陛下とも……、向き合って、あげて下さい」
私だけでは、彼等の幸せをいくら願っても、叶えてあげられはしない。
……私の知らない過去を、その時に負った傷を、癒してあげることは出来ないから。
「……だから、どうか……、彼を信じて、ここで待っていて下さい。
必ず、ヴィクターをここに連れて来ますから」
「……!」
私はそう言うと、彼女の手を離し、ヴィクターが走り去っていった方向へと走り出そうとする。
「っ、待って!」
「!?」
今度は、メアリー様が私を引き止めた。 私は、メアリー様の大きな声に驚き、振り返る。
そして彼女は、紫の瞳で私を真っ直ぐと見て尋ねた。
「貴女は、もしかして……、ヴィクターの」
「! ……申し遅れてしまって申し訳ございません」
私は慌ててメアリー様に向かって姿勢を正すと、淑女の礼をする。
「私は、マクブライド王国から来た、リゼット・ラザフォードと申します。
ヴィクター殿下の、婚約者です」
「!」
私はそう言って、右手の薬指についたルビーの指輪を彼女に見せ、笑みを浮かべる。
そして今度こそ、ヴィクターを探すべく、その場を後にしたのだった。




