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4.

「……どういうことか説明してもらおうか。

 リゼット」

「!!」


(ヒィィィィ)


 めっちゃ怒ってない……!?

 やましいことなんて何も無いはずなのに、思わず硬直してしまう私に対し、鏡越しにエルマーが不躾にもヴィクターをしげしげと見ながら言った。


「貴殿が、リゼットの婚約者でいらっしゃるヴィクター殿下ですか。

 お綺麗ですねえ」


(ちょっと! 貴方が絶賛反抗期なことも元々そういう性格なのも知ってるけど、この状況でそんな巫山戯た態度はないでしょおお!!)


 という私の心の叫びも虚しく、ヴィクターの声音がついに氷点下に突入する。


「……あぁ、そうだが? で、それが分かっていながらこんな代物を使ってまで何の用だ」

「し、代物って酷いなあ。

 これは一応、ラザフォード家とアーノルドが共同で作った、魔法をかけると相手に繋がるっていう魔法の鏡なんですよ?」

「! アーノルド?」


 ヴィクターがアーノルド、という言葉に反応したのを見て、私は慌てて口を挟む。


「そうなの! この人は私の幼馴染で、マクブライド国のアーノルド辺境伯家三男の」

「エルマーと申します。 以後お見知り置きを〜」

「ちょっとエルマー!!」


 王子であるヴィクターに向かってなんて口の利き方するの!

 と私が怒れば、ヴィクターはククッと笑い出す。

 

(……げ)


 そのお腹の底から何かを含むようなその笑い方に、私は嫌な予感がしたのも束の間、彼もまた同じくエルマーに向かって口を開いた。


「俺は、イングラム国第二王子のヴィクターだ。

 以後、宜しく頼む。 エルマー・アーノルド」

「えぇ、こちらこそ」


(笑ってない、全然笑ってないから……!)


 それに、何故かエルマーまでどす黒いオーラを放っているのは気のせいかしら……!?

 なんて心の中で突っ込んむ私の腰に、不意に手が回る。


「!?」


 体を包む温もりに驚いて見上げれば、私を見下ろす真っ赤な瞳が二つ。


(……近いっ、近いから……!)


 なんで心臓に悪い……!!

 と恥ずかしさで悲鳴を上げそうになる私に対し、エルマーは黒い笑みを浮かべて言った。


「あぁ、そんなに僕がお邪魔ですか。

 分かりましたよ、お二人の邪魔は致しません。

 ……リゼット、一先ずこれで僕はお暇するけど、」

「?」


 そこで一拍置いた彼に対し、私が首を傾げれば、エルマーは今度はヴィクターをチラッと見て呟いた。


「……嫉妬深い男って嫌がられますよ?」

「「!?」」


 その言葉に石化した私達に対し、彼は手をヒラヒラと振って更に爆弾を落とす。


「ま、精々リゼに嫌われないように頑張って下さいね」


 ではでは。

 そう言ってエルマーは鏡に触れ、それによって水の波紋が広がり……、やがて鏡は石化したままの私達を映し出した。


「……あー、えーと。

 ヴィクター。 そろそろ腕を退けてくれないかしら?」


 そう言う私に対し、彼は案外素直にそっと手を離した。


「……すまない、つい」


 そう言って何処かしょんぼりしている彼に対し、私は疑問に思う。


(……? ……まさか、嫉妬深いって言われたの、気にしてるの?)


「ゔぃ、ヴィクター? 気にすることないのよ。

 あの人の言ってることは大体冗談だから。

 ……それに、もう15だっていうのにあーやってヴィクターにも憎まれ口を利くんだから、……? どうしたの?」

「……15歳、か」


 そう考えるように呟いた彼に対し、私は頭の中が(はてな)で埋め尽くされる。


「え、気にするところはそこなの?」

「! そりゃあ……っ」


 ヴィクターはがばっと顔を勢いよく上げる。

 驚いてヴィクターを凝視してしまった私に対し、彼は「あーーもう!」とくしゃりと前髪を掻き上げた。


「……君の周りには、どうしてそんなに幼馴染とかいう男が多いんだ」

「!? そ、それって女友達が少ないっていう意味!?」


 バカにしてるの!? と私が怒れば、今度は彼がたじろぐ番で。

「い、いや、そういうわけでは……」と口ごもる彼に対し、私は皮肉めいた口調で言葉を発する。


「えぇ、そうよ! 私は辺境伯家で魔法使いだからって言って、みんな怖がって近付いてなんか来ないわよ!

 その結果、周りにいるのは幼い頃からの腐れ縁の男子ばっかり!」

「り、リゼット、悪かった。 君の言いたいことは分かったから……、というか、俺が言いたいのはそこではないというか」


 彼はブツブツと何か呟き、私と目がバチッと合うと、そっぽを向いた。

 そしてそれによって、ヴィクターの耳がほんのりと赤く染まっていることに気付く。


「! ……ふふっ」

「……何を笑っているんだ」


 そう怒っている風に言うものの、顔を赤くして明後日の方向を見ていたら、その威勢も半減してしまう。

 ……というより、可愛い。


「ねえねえ、ヴィクター」

「!? 何だ!」


 怒ってどうにでもなれ! と言わんばかりに私の方を向く彼に対し、私はこそっと耳打ちする。


「……私、ヴィクターがやきもちやきでも、嫌いになんてならないよ」

「!? 〜〜〜いつ俺が、やきもちをやいたなんて言った!!」

「ふふ、寧ろその方が私は嬉しいかも」


 そう笑って私が言えば、彼はより一層顔を赤くさせるのだった。






「……それで? 結局そのエルマーとかいう男は、君に何の用があって話をしていたんだ?」


 ヴィクターはそう言って、面白くなさそうに腕組みをして聞いてくる。


(……あー、これで完全にエルマーは敵認定されたわね)


 まああんな態度とったらそうでしょうね、と内心苦笑しながら、「何だったのかしらね」と私も首を傾げる。


「あーでも、あの人にはヴィクターと婚約者になったことを話していなかったから、それを他の方から聞いて驚いたみたいで、一応心配してこちらに連絡をしてきたのではないかしら」

「……っ、それを言われると、心が痛いな」

「あら、どうして?」


 ヴィクターは私の問いに対して何も言わず、ズーンと、効果音でも付きそうなくらい落ち込む。


(……まだ罪意識があるのかしら)


 私をここに連れてきたことに。


「……ヴィクターは、私のことが好き?」

「っ!? きゅ、急にどうした」


 彼は私の言葉に大きく狼狽える。私自身も少し動揺しながらも、「良いから、答えて」と慌てて念を押る。

 すると彼は、口元に手をやり、小さく呻くように「……好きだが」と視線を逸らして答えた。

 その姿を見て、私はふふっと笑う。


「私も好きよ、ヴィクター。

 貴方とこうして一緒に居られるだけで十分、幸せだわ」

「! ……そうか」


 彼はそこで、漸く笑みを浮かべた。


(……そうよ、私は貴方のその笑顔を見るだけで十分、幸せなんだわ)


 ヴィクターにとっての幸せが、私にとっての幸せ。

 彼の笑みを見ると、そう心から思える。

 そう私が感じていると、ふと彼は思い出したように言った。


「……それにしても、その鏡は凄いな」

「あ、これね」


 私は先程エルマーと会話をしていた三面鏡を取り出す。

 それをヴィクターに手渡すと説明した。


「その鏡、共同で作ったと先程エルマーが言っていたでしょう?」

「あぁ」

「私達辺境伯家は、戦争時に指揮官同士、分かれた戦地へ赴くの。

 その時に使う現状報告とかそういった知らせをすぐに知らせられるよう、連絡手段として作られたのがこれなの」

「! なるほど……、凄い画期的なものだな」

「そうよね、凄いと思うわ」


 私は彼の持つ鏡の縁をそっとなぞる。


「まさか、ここに持ってきているとは思わなかったけど。

 ……もしかしたらこれを上手く利用出来れば、何か有力な情報を得られるかもしれない」

「! 兄さんの魔法についてのか?」

「えぇ。 エルマーは情報収集が得意なの。

 マクブライド随一の情報収集家だから、彼に頼めば何か情報をくれるかも……ってヴィクター、眉間に皺が寄ってるわよ」


 エルマー、という名前を出しただけで、ヴィクターは苦虫を潰したような顔をする。

 そして彼は一言、「君には悪いが、」と言葉を発した。


「あの男とは、仲良くなれそうにない」

「あ、はは……、まあ悪い子ではないのだけれどね」


(……でもそれにしても、どうしてエルマーはあそこまで、ヴィクターのことを敵視していたのかしら?

 初対面の、しかも王子に向かってあんな口を利くような子ではなかったはず、なのだけれど……、まさかまた良からぬ噂で、ヴィクターのことを誤解しているのかしら?)


「? どうした?」


 そんなことを考えていたら、ヴィクターの顔をじっと見つめてしまっていたらしい。

 私に向かって首を傾げた彼に、「何でもないわ」と言いながら、今度もしエルマーに会ったら、きちんとヴィクターに対する誤解を解きましょう、と心の中で決めたのだった。






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