19.
「……ん」
「っ、お嬢様!!」
目を覚まされましたか! と此処にいるはずのないアリーが、目を潤ませてそう尋ねてきた。
「っ、ここは……」
「リゼット様のお部屋です」
アリーの言葉に確認すれば、確かに私の部屋のベッドの上だった。
「……でも、どうして?
私……、確かに塔の中で」
「っ、リゼット様の御様子を見に行ったら、倒れられていたそうです。
お嬢様はそのまま、高熱を出して眠り続けていらっしゃったのですよ」
「っ、そう、だったの……」
様子を見に来たという人は、聞かなくても分かる。
(……別に、助けてくれなくても良かったのに。 どうせ、私のことなんて)
私はまだ本調子でないのか、力が入らずにベッドに横たわったままでいると、ドアをノックする音が聞こえる。
「こんな時にどなたでしょうか」
そう怒ったようにアリーは言いながら、部屋の扉を開け、何やら断っているのか話が続いている。
「……?」
私がベッドから起き上がって見れば、何やら話しているのはウォルター殿下だった。
(……! 陛下と、一緒にいたから)
もしかしたら、この人がヴィクターに陛下のことを言ったのかしら?
一言聞かなければ気が済まない、そう思った私は、アリーにウォルター殿下を部屋にお通しするよう言うと、ウォルター殿下は私の部屋に入ってきた。
そしてアリーに人払いを命じると、アリーも渋々部屋を出て行った。
「……ウォルター殿下、ヴィクターに陛下と私が会ったことを伝えたのは貴方ですか?」
「あぁ、そうだよ」
「っ、どうして!」
私が声を荒げると、彼は「落ち着いて」と私をじっと見て言った。
「……陛下に目を付けられたことを彼に知らせなければ、私の力だけでは君を守れないと思ったんだ。
現にあの時も、私は陛下を止められなかった」
「!」
私はその言葉に何も言えず、ただ固く拳を握った。
ウォルター殿下は、そんな私に向かって昔を思い出すように言葉を紡ぎ出す。
「……昔はね。
陛下は感情表現が苦手なだけで、優しい性格をしていた。
それに対してヴィクターは、母親譲りで元は明るい性格だった。
……けれど、そんな性格を一変させてしまうような、私達家族に悲劇が起こった。
それも……、元はと言えば、私の所為なんだ」
「え……?」
彼は瞳を閉じながら、そのまま言葉を紡いだ。
「……『君は、“未来”を変える為にここへ来たのではないの?』
そう君に、尋ねたことがあったよね」
「は、はい」
ウォルター殿下にそう言われたのは、まだ此処に来たばかりの頃。
凄く驚いたことだから、鮮明に覚えている。
「どうして、それが分かったと思う?」
「え……?」
どうしてか、なんて……、私が首を傾げれば、ウォルター殿下は少し困ったように笑った。
「それがね、私達この家の……、最大の秘密なんだ。
……君は、ヴィクターを助けたいとは思わない?」
「! 私が、ヴィクターを……?」
「うん」
ウォルター殿下の瞳が、私を見つめる。
その瞳は、何処までも透き通った青で。
何でも見透かしてしまいそうなその瞳に、私は突然、涙が零れ落ちた。
「……そんなの……」
私の口から紡ぎ出された言葉は。
「……助けたいに決まってる」
だって、私はもう、気が付いてしまったから。
あの人の、心の温かさを。
その手の温もりを、時折浮かべる柔らかな表情を。
(……認めてしまったら、全てが壊れてしまいそうで。
それでも、彼を……、思ってしまうのはきっと)
「試すようなことを聞いてごめんね。
でも……、時間がないから、こうして尋ねるしかないんだ。
……私達一家の秘密を知るということは、此処から逃れられなくなる。 もし君が知ってしまったことがバレたら、陛下に命を狙われるかもしれない。
それでも……、そうならないように、私とヴィクターが守るから。
私も……、この命が尽きる最期まで、ヴィクターも君のことも、守ると誓う。
だから……、この手を取ってくれないか」
ウォルター殿下がそう言って、私に手を差し伸べる。
その手を見て私は……、迷わなかった。
(何も知らずに為す術もなく、誰も助けられなかったあの時とは違う。
選択肢がありすぎて、どれが正しくてどれが間違っているかは分からない。
だけど)
家族を守る為には、前世のように何も知らなかった私ではいけない。
ここにいる限りはリスクを犯してでも、私は知らなければいけない。
この国で、ヴィクターの妻になるのだから。
(本当にもし、私が危ない目に遭ったとしても。
私の命をかけて、守り抜いてみせる)
……この魔法が嫌いだった。
諸刃の剣、人を簡単に殺せてしまうこの魔法が。
……だけど、私はそれを盾として。
愛する人達の為に使うと、今ここで改めて誓う。
「……私も、守ります」
そう言って、彼の手に手を重ねた。
その時、彼の瞳が揺らめき……、ふっとその瞳の色が少し変わる。
(……っ、もしかして、ウォルター殿下は)
「……有難う、リゼット嬢」
「!」
そう言ったウォルター殿下の瞳からは涙が零れ落ちて。
そして彼は瞳を閉じると……、再度ゆっくりと瞳を開く。
「……!!」
その瞬間、私は目を疑った。
それは、殿下の瞳の青が、虹色に煌めいていたから。
殿下はパチッと瞬きをすると……、その色は失われ、元の青になる。
「……っ、今のは、一体……」
「……私も、貴方と同じということだよ」
「っ、やっぱり、ウォルター殿下は……」
ウォルター殿下は、「そう」と肯定すると、その先の言葉を紡ぎ出した。
「……私も貴方と同じ、魔力持ちなんだ」




