20.
「ウォルター殿下が……、魔力、持ち?」
前世でも今世でも、第一王子が魔力持ちだなんて聞いたことがなかった。
……それは、彼の言う通り、この国が彼の魔法を隠していたということに繋がる。
「魔力持ちというだけならまだ良かった。
……いや、良いとかそういう問題ではないんだけど。
君とは決定的に違う魔法なんだ」
「え?」
違う……? それは、どういう意味だろうか。
「私の魔法は“透視魔法”、別名“千里眼”。 ……人の心を読む力を持っているんだ」
「!! 透視、魔法……?」
聞いたことはある。
だけどそれは、幻だと思っていた。 まさか、人の心を読み通す力があるなんて。
「……君は自分の魔法を、“諸刃の剣”だと思っているでしょう?
……だけど、私は違う。
この魔法は、本来あってはならないもの。
そしてこの魔法は、“呪縛”だと思ってる」
そう言って彼は自身の胸の前で固く拳を握った。
「……この魔法を持つ限り、私達家族は苦しめられるだけなんだ。
現に父が戦争を始めてしまった理由も、そのせいだ」
「! そ、んな……」
知らなかった。
そんな理由があったなんて。
何のために戦争をしているか、私には分からなかった。
だけどまさか、ウォルター殿下が魔力持ちという理由だとは、思いもよらなかった。
「……本当なら、私が早々に亡くなっていれば、君を巻き込むことも、父だってヴィクターだって、苦しめることはなかったかもしれないね」
そう力なく笑うウォルター殿下に、私は「そんな……!」と首を横に振る。
「駄目です、そんなこと……」
「……分かってる。
だけど、どうあがいても私はすぐに死ぬ運命なんだよ」
「えっ……」
「言ったでしょう? これは、私達この魔力を持ってしまった者達の“呪縛”だと。
……生まれつきこの力を持つ者は、短命なのさ」
「!?」
私は驚きのあまり体が震えた。
(た、んめい……? そんな、だから、前世で私が嫁いだ時には既に、彼は……、第一王子のウォルター殿下は……)
……いなかったというの?
「……知ら、なかった」
「だから、君の力を借りたかった。
魔力ではない、君がこうしてここに来たように、“奇跡”を起こすその力と、その真っ直ぐな心を。
ヴィクターのために、ひいてはこの国と君の国の未来の為に」
「! わ、私にはそんな力は」
その時、ガチャンっと扉が開いた。
「お、おおおお嬢様! 大変です!」
「ど、どうしたの!?」
「時間切れか」
アリーの必死の形相に私が問えば、ウォルター殿下が呟く。
そして、私の目を真っ直ぐと見て言った。
「……実は、君の様子を見に、貴女の父上が……、ラザフォード辺境伯が、お忍びで来ているんだ」
「!? お、お父様が!?」
「あぁ。 ……幸い、今日は陛下が留守にしていて、今はヴィクターが対応している。
ただ、君が姿を現さないことに憤っているらしい。
それから“君が大切にされていないのなら、今すぐにでも連れて帰る”と、そう言っていた」
「!!」
(お、お父様!? どうしてそこまで……。
あ、そういえば私、夜会のあの日……、お別れをする時に泣いてしまったんだわ)
もしかしたらそれで、心配と勘違いをさせてしまっているのかもしれない。
「っ、い、今すぐお父様の元へ案内して下さい!」
「……でもヴィクターは、君には来て欲しくないと言っている」
「!? どうして……」
私がそう聞けば、ウォルター殿下はふふっと、意味深に笑ってみせた。
「さあ、どうだろうね。
彼の本当の心は、君自身が一番、わかるんじゃないかな?」
「……! ……やっぱり貴方方は、兄弟だわ」
私はそうウォルター殿下に向かって小さく言うと、すぐに言葉を続けた。
「……私、ヴィクターが何と言おうと、自分の道を歩きたい」
「!」
「……だから、自分の芯を曲げるつもりはないわ」
私は、自分の信じた道を行く。
彼らを、愛する人たちを助けられる未来を信じて。
「……私に出来ることは、何でもしたい。
それから、私は皆を、幸せにしてみせる」
「! それは、頼もしいね」
ウォルター殿下の言葉に私は今度はにっこりと笑ってみせる。
「それには、ウォルター殿下も含まれてますから。
……絶対、生きることを諦めないで下さいね」
「! ……本当に、君は」
その後に続く言葉は聞こえなかった。
だが、聞き返す暇はない。
「すみません、これで失礼致します!」
「あぁ。 弟を……、ヴィクターを頼む」
「っ、任せてください!」
私は今度こそ、アリーと共にその場を後にした。
「っ、アリー、この部屋!?」
「っ、はい、お嬢様っ」
私は扉をバンッと、不躾にも勢いよく開ける。
その音を聞いて驚いた二人が、私の方を振り返り……、二人目を丸くして驚きの声を上げた。
「っ、リゼ!」
「リゼット! どうしてここへ……」
私は「心配をかけてごめんなさい」とお父様に謝ると、ヴィクターに向き直った。
「……ごめんなさい、居ても立っても居られず、来てしまったわ」
「……体は……、平気なのか」
「まあ、今のところ大丈夫。
……もし倒れたら、運んでくれたらありがたいわ」
「! ……そんなこと」
ヴィクターは顔をしかめた。
そして私を見ると……、ヴィクターはいつもとは違って小さく、私の耳にしか届かないくらいの声で聞いてきた。
「……やはり、君は家に帰りたいか」
「え?」
その質問がよくわからなかった。
「どうして?」
「どうしてって、それは……」
あんなに酷いことをしてしまったから。
彼はそう言って……、私に向かって膝をついた。
「!? な、何をしているの!?」
血迷ったのではないかとオロオロする私に対し、ヴィクターは至って冷静に、だけど覇気のない声で言った。
「……すまなかった。 君に俺は、酷いことを」
「……ヴィクター」
私は彼のそんな姿に驚いていれば、突然後ろから手を引かれる。
驚き見上げれば、お父様が私の手を引いていて。
「リゼに、一体何をしたんだ」
「っ、お父様」
私はお父様を抑えようとしたが、お父様は私を制すと、ヴィクターに厳しい眼差しを向ける。
「……返答次第ではここに、リゼを置いては置けない。
リゼは私の娘だ。 リゼが少しでもここにいることを苦痛に感じているのなら、私は連れて帰る」
「!!」
お父様の言葉に、私は思わず息を飲む。
(……お父様、本気だわ)
お父様は例え戦争になるとしても、私の幸せを願ってくれているが故に、本当に連れて帰ろうとするだろう。
前世でも、15歳の時に真っ先に政略結婚を反対してくれたのはお父様だったから。
……でも。
「っ、私」
「ラザフォード辺境伯」
私が口を開きかけたのに対し、それを制するように言葉を発したのは、紛れもないヴィクターだった。
そして驚く私に対し、ヴィクターは……、ゆっくりと口を開いた。
「……リゼット嬢を、長くお借りしてしまって申し訳ございませんでした」
「!?」
その言葉に私は大きく目を見開き、ヴィクターを見る。
そんな私を見ずにヴィクターは、その先の言葉を続けた。
「……彼女は、優しい人です。
それに付け込んで私は、彼女に対して酷いことをしてしまった。
だから……、彼女は、ここに居るべきではない」
「……!」
(……そ、れは……つまり)
「彼女には、幸せになってほしい。
その為には……、こんな場所に居るよりずっと」
「っ、それ、本気で言っているの?」
「え?」
ヴィクターが私の声に驚き、顔を上げる。
私はそんなヴィクターにふらっと近付き、彼の前に跪くと……。
……パァンッ
「「!?」」
ヴィクターの頰を、平手で打った。
「……〜〜〜何なのよ!」
「!?」
驚いて私を見上げる彼に対し、私の口は止まらない。
「黙って聞いていれば、自分の考えばかり!
貴方は元々、そんなに弱気な方ではないでしょう!? 自分で幸せにするくらい、言ったらどうなの!?」
「っ、だって、俺は」
「だってじゃないわ! そんな男性を私、婚約者にした覚えはないんだけど!?」
「!?」
心底驚いているヴィクターの表情。
……これはきっと、後ろにいるお父様も同様だろう。
(……私の幸せは、私が決めるわ)
「……私は……、確かに、今すぐにでも家に帰りたいと思う。 その気持ちは多分、この先も変わらないわ。
……だけどね」
「!」
私はそっと、ヴィクターの私が叩いたことにより赤くなってしまった頰に手を伸ばし、そっとその頰をなぞった。
「……私、欲張りだから。
そんな顔をしている貴方を笑顔にさせたいと、そう思ってしまうの」
「っ、え……?」
何がなんだか分からない。
そんな表情をするヴィクターに対し、私は更にそれに追い打ちをかけるように……、彼の頰にキスをした。
「!?!?」
「……私、貴方のこと……」
その先を言う前に私は……、意識を手放してしまったのだった。




