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「親子鑑定機以外を使ってDNA鑑定をやりたいの」
家に帰ったマリはそう切り出した。
「それはもう一度やったじゃないですか」みくは首を傾げた。
「あの時はわたしとユメを調べただけでしょ? 今度はあんたとユメについても調べたいの。ほら今日言ってたでしょ? 親子判定機は遺伝子鑑定以上のことをしてるのかもしれないって。それを確かめたいの」
「ああ、なるほど。私とユメの遺伝子を鑑定して、どのくらい相同があるのか確かめたいのですね? そういうことならわかりました」
みくはあっさりとうなずいた。マリは内心ほっとした。
「というわけでこれにお願い」
マリがシャーレを取り出す。
「ユメにはもうやってもらったから」
「姉さんとは思えない手際のよさです。本当に姉さんですか?」
「いつの間に入れ替わったのよ」
マリは二人の細胞を手に入れた。
マリは吉田に連絡し、二人の遺伝子をできるだけ早く調べてくれるように頼んだ。
吉田は遅くとも二日後には知らせようと約束した。
二日後、N女の期末試験は静かに終わりを迎えた。
マリたち3人に貴子を加えた4人は試験が終わったことの解放感に包まれて遊びに出かけた。駅ビルで買い物をして、ゲーセンでUFOをキャッチした。貴子は意外なほどUFOキャッチャーが得意だった。大きな熊のぬいぐるみや露出の激しい女の子のフィギュアを取って三人に渡した。最後に水族館に行きたいと言い出したのはユメだった。
「ペンギンを見たいのですが」
「それならちょうど駅の近くにあるわ。ペンギンがいる水族館」マリが言う。
「わあ、私まだ行ったことなかったんです」みくがはしゃいだ。
K駅水族館は最近できたばかりの都市型水族館で、マリも来るのは初めてだった。ペンギンのコーナーはコースの最後にあり、白と黒のユーモラスな鳥たちがガラスの向こうに立っている人間を観察していた。みくはその様子にカチンときたのか、『肯定ペンギンがいるくせに否定ペンギンはいないのは何でですか!』と解説員に喧嘩を売っていた。お酒でも入っているのだろうか。マリはそんな奴の姉だと思われたくなかったので、そっとみくから離れて、代わりに静かにガラスの前に立つユメのもとに向かった。
ユメは黙ってペンギンを見ていた。
「なんでペンギンなの?」マリが聞く。
「好きなんです」
「なんか意外ね」
「そうでしょうか?」
「あんたはもっとレア生き物好きなのかと思ってた。こう、ウンピョウとか」
言ってから、これはさすがに意味が分からないなとマリは思った。ユメは表情を変えずに答えた。
「かわいいじゃないですか、ペンギン」
「まあかわいいけど」
「私ぐらいかわいい」
「……」
「若かった頃の堀北真希くらい可愛い」
「……それは暗に自分が芸能人並みに可愛いと言っているの?」
「冗談です」
マリはため息をついた。
「あんたは冗談ばっかりね」
「もしかしたら口から生まれたのかもしれません」
「また古典的な表現ね……」
「ナメック星人みたいに」
「わたしはピッコロ大魔王か」
マリは律儀にツッコんだ。ユメはペンギンに視線を戻した。ペンギンたちは二人のやりとりを気にした様子もなく、ただ漫然と空中を見据えていた。どこかあほっぽいそのしぐさがかわいさの秘密だろうか。
まあただ、マリはペンギンよりはユメの方がかわいいだろうと思った。
マリは前から気になっていることを聞いてみることにした。
「ねえ、あんたなんで過去に来たのよ?」
「言いませんでしたっけ?」
「言ってないわ。やっぱり父親を捜すため?」
「それもあります」
「でも前から気になってたんだけど、父親って未来で探すことはできなかったの? 未来のわたしは話したがらないかもしれないけど、辛抱強く聞けば教えてくれるんじゃない?」
「無理です」ユメは即答した。
「無理ってなんで?」
「本当は言うつもりはなかったのですが……」ユメが口ごもる。
「いいから言ってみなさいよ」マリが先を促すと、ユメは重い口を割った。
「実は私、家出していまして、お母さんと顔を合わせづらいんです」
「うん」マリは相槌を打つ。
「ですから、とてもお母さんにそんなことを聞くことは不可能です」
「うーん」
「だから過去のお母さんに会いに来ました」
「……うん?」マリは首を傾げた。
ユメの中の価値観が分からなかった。というか未来人にとってタイムマシンで過去に行くのは、その辺のコンビニで時間つぶすのと同じくらい気安い物なのだろうか。
いやそんなはずないだろう。だってそれなら現在にはもっとたくさん未来人がいるはずだ。でも、マリは未来人と名乗る人なんてユメ以外知らなかった。
だから、ユメは嘘を言っているはずだ。ほかに何か理由があるはずだ。
それは何だろうか。
そしてなぜ話さないのだろうか。
「ただ――」ユメが口を開く。
「何よ」
「本当はそれ以外の理由もあります」
「理由?」
ユメはうなずいた。
「それって何?」マリは身を乗り出した。
「実は未来の世界は人造人間に滅ばされたかけていて……」
「ドラゴンボールはもういいってば」
本当に冗談ばかり出る子である。マリはがっくりとうなだれた。
「ところでお母さん」
「なによ」
「世界で一番過酷な子育てをする鳥、と言われる生き物を知っていますか?」
突然の質問にマリは戸惑い、言葉を濁した。
「さあ、知らないわね……キウイとか大変そうだけど……なんとなく」
ユメはかすかな笑みを浮かべてマリを見た。
後で調べてみよう、とマリは思った。
マリはアデリーペンギンとイワトビペンギンどちらがかわいいかで激論を交わす恥ずかしいみくと貴子を連れてペンギン水槽の前を離れた。
お土産コーナーの前を通りかかった時、ユメがふと足を止めた。ユメの視線の先には、灰色がかった丸々とした小さなペンギンのぬいぐるみが山積みにされていた。体は灰色なのに、頭だけ黒くておしゃれである。
「これが欲しいの?」
「そういうわけでは……」
「いいのよ、ちょっと待ってて」
マリはペンギンのぬいぐるみを持ってレジに向かった。
「あ、姉さんそれじゃあこれもお願いします」みくが横から大きなワニのぬいぐるみをマリの腕の中に突っ込んだ。なぜワニ……マリは水族館順路を思い出す。ワニはいなかった。
「あんたは自分のお小遣いで買いなさいよ」
「さっき買ったワンピで実はお金が切れちゃって……今度返しますから」
「しょうがないわねぇ」マリはそのままレジに向かった。
マリからぬいぐるみを受け取ったユメは、「ありがとうございます」と言って大事そうにぬいぐるみを抱えた。
K駅で三人は貴子と別れた。
時刻は6時を過ぎていたが、7月の太陽はまだまだ沈む気配を見せなかった。
空の端に大きな積乱雲が見えた。
一雨来そうな空模様だった。
家に着くと一通の郵便が速達で届いていた。
「なんですか、それ?」みくが問う。
ひっくり返し送り主を確認する。そこには吉田の名前が書かれていた。
「たぶん頼んでいたDNA鑑定の結果じゃない?」
「ああ、そう言えば遅くても今日中には届くって言っていましたね。さっそく中を見ましょうよ」
マリは封筒を破り開いた。
中にはDNA鑑定の結果を簡潔に書いたペラペラの紙と、こまごまとしたデータの載った冊子がそれぞれ二部ずつ、それに吉田が書いたらしい手紙が一枚入っていた。
マリは吉田からの手紙を手に取った。吉田は結果に対する驚きをコメントし、それから麻衣子を親子判定機で撃ったことを伝えていた。撃った結果は橙色。マリの母であることを考えれば矛盾はない。
みくは一枚の紙きれを見ていた。
「……これは何の冗談ですか?」
みくがつぶやくように言うのがマリには聞こえた。
マリが視線を上げる。
みくは信じられない、という目でマリを見ていた。
みくが見ていたのは、マリとみくのDNA鑑定の結果だった。
そこには簡単な言葉でこう書かれていた。
この二人の女性の遺伝子には共通する染色体は1本もない。
二人は、まったく赤の他人である。
川村みくと川村マリは、血がつながった姉妹ではなかった。
みくは何も持たずに家の外に飛び出した。
いつの間にか天気は崩れ、黒い車軸を流したような雨がたたきつけていた。
マリはそれを追いかけて宇宙に出た。
みくの背中はあっという間に薄暗闇の中に消えていった。




