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第50話:未確定の先へ

人は、未来を知りたがる。

安心したいから。

傷つきたくないから。

だけど。

何も分からないまま進む覚悟の中にしか、本当の希望は存在しないのかもしれない。

白い扉をくぐった瞬間だった。

世界が“落ちた”。

上下の感覚が消える。

音も、光も、一瞬で遠ざかる。

リナは思わず目を閉じた。

「っ……!」

足場がない。

体が沈んでいるのか、浮いているのかも分からない。

次の瞬間。

視界が戻る。

そこに広がっていたのは――

“未完成の世界”だった。

空は割れている。

地面は途中で途切れている。

遠くの景色はノイズみたいに崩れていて、形を維持できていない。

存在が安定していない。

リナは息を呑む。

「……なに、これ……」

ゼルが周囲を見ながら答える。

「構築途中だ」

アッシュが小さく笑う。

「ほんとに未完成なんだな」

だが、その声は少し弱い。

リナが振り向く。

アッシュの輪郭が、さらに薄くなっていた。

肩の一部が透けている。

地面との境界も曖昧だ。

「……アッシュさん」

アッシュは手を軽く振る。

「そんな顔すんな」

いつもの軽い調子。

でも。

今までよりずっと、“遠い”。

ゼルが静かに言う。

「未確定領域は存在の固定が弱い」

アッシュを見たまま続ける。

「特にお前は、境界との接続が崩れている」

リナの顔が青くなる。

「それって……」

ゼルは目を逸らさない。

「このままでは消える」

その言葉は、あまりにも静かだった。

アッシュは少しだけ目を閉じる。

驚きはなかった。

どこかで、分かっていた。

「……やっぱりか」

小さく笑う。

リナがすぐに言う。

「笑わないでください……!」

声が震える。

「なんでそんな普通なんですか……!」

アッシュは困ったように頭を掻く。

「いや、普通にしねぇとキツいだろ」

リナは俯く。

涙が落ちそうになる。

でも。

泣きたくなかった。

泣いたら、本当に終わりが近づく気がした。

その時――

空間が揺れる。

未完成の景色が、一瞬だけ形を変える。

街。

公園。

夕焼け。

普通の世界。

リナが目を見開く。

「……景色が……」

ゼルが低く言う。

「感情に反応している」

アッシュが眉をひそめる。

「は?」

ゼルは続ける。

「この領域は未確定だ」

「つまり、“強い意思”によって形が変わる」

リナは夕焼けの街を見る。

どこか懐かしい景色。

知らない場所のはずなのに。

不思議と安心する。

アッシュも静かに見ていた。

「……普通だな」

その言葉。

どこか寂しそうだった。

リナは小さく聞く。

「嫌ですか」

アッシュは少し考えて――

「分かんねぇ」

正直に答える。

「でも、悪くはねぇかもな」

その瞬間。

景色が少し安定する。

ゼルが静かに目を細める。

「やはり感情接続か」

リナはアッシュを見る。

その輪郭。

少しだけ。

ほんの少しだけ、戻っている。

「……戻ってる……?」

アッシュも気づく。

「マジかよ」

ゼルは言う。

「この世界は、お前たち自身を材料に構築されている」

つまり。

この世界は、三人の願いや感情で形を変えている。

リナは夕焼けを見る。

“普通の未来”。

それを想像した瞬間。

胸が痛くなる。

もし本当に終わったら。

もし全部が終わった後。

アッシュがいなかったら。

その未来には、意味があるのだろうか。

「……嫌だ」

小さく漏れる。

アッシュが見る。

リナは涙を堪えながら言う。

「そんな普通なら、いりません……」

景色が揺れる。

夕焼けが崩れる。

空間が不安定になる。

ゼルが静かに言う。

「感情が乱れている」

リナは拳を握る。

「だって……!」

声が震える。

「せっかく、ここまで来たのに……!」

「なんで最後だけ、一人でいなくなろうとするんですか……!」

アッシュは何も言えない。

その顔を見て。

リナはさらに涙が溢れる。

「私は……」

息が苦しい。

でも止まらない。

「まだ、一緒にいたいのに……」

白い世界が静かに揺れる。

アッシュはゆっくり目を閉じる。

そして――

小さく笑った。

「……ずるいよな、お前」

リナが顔を上げる。

アッシュは少し困ったように続ける。

「そんなこと言われたら、消えにくくなるだろ」

その瞬間。

世界が強く脈打つ。

白い空間に色が混ざり始める。

空。

風。

匂い。

世界が、“生まれ始める”。

ゼルが静かに呟く。

「固定が始まった……」

だが次の瞬間。

空間の奥が裂ける。

黒いノイズ。

未完成の世界を飲み込むように広がっていく。

ゼルの表情が変わる。

「まずい」

アッシュが前を見る。

「なんだよ、今度は」

ゼルは低く言う。

「この世界を否定する側だ」

ノイズの奥から、“それ”が現れる。

白ではない。

黒い崩壊。

未確定を認めない存在。

リナが息を呑む。

そしてゼルは、静かに告げた。

「――これが、本当の最後だ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は“未確定の未来”へ踏み込んだことで、世界そのものが三人の感情や意思によって構築され始める回となりました。

次回は、この世界を否定する存在との対峙を描く予定です。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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