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第43話:静けさの中で選ばれたもの

何も起きていないように見えるその瞬間に、すべては決まっている。

戦うかどうかではない。

何を残すのか。

その答えは、もうすでに自分の中にある。

境界を越えた先は、驚くほど静かだった。

崩壊も、歪みも、ほとんど感じない。

むしろ――

“整いすぎている”。

空は均一な光に満たされ、影すら曖昧だ。

風は吹いているのに、音がない。

地面はあるのに、踏んでいる感覚が薄い。

「……さっきより、やばくないですか……」

リナが小さく呟く。

声を出しているはずなのに、その声もどこか遠い。

アッシュは周囲を見渡す。

「逆に落ち着くな」

軽く言うが、その目は鋭い。

ここは“安定している”のではない。

“固定されている”。

変化を許さない場所。

ゼルはゆっくりと歩を進める。

「ここは最終層に近い」

短い説明。

リナは息を整えながら問う。

「……ここで、終わるんですか……?」

ゼルは首を横に振る。

「ここは“前段階”だ」

その言葉に、空気が少しだけ重くなる。

アッシュが肩を回す。

「前座ってわけか」

その時――

足元に“影”が落ちる。

だが、空に変化はない。

光も変わっていない。

それなのに、確かに影がある。

リナが息を呑む。

「……来ます」

ゼルが静かに言う。

「違う」

その一言。

リナが戸惑う。

「え……?」

ゼルは影を見たまま続ける。

「来るのではない」

「最初から“ここにある”」

次の瞬間――

影が“浮き上がる”。

地面から剥がれるように。

そして、形を持つ。

人のようで、人ではない。

だが今までの存在とも違う。

“輪郭が確定しすぎている”。

アッシュは一歩前に出る。

「……ラスボスって感じじゃねぇな」

軽口。

だが、体はすでに構えている。

“それ”は動かない。

ただ、三人を見る。

そして――

静かに、空間が震える。

声ではない。

だが、はっきりと伝わる。

『……到達……確認……』

リナの呼吸が乱れる。

「これ……」

ゼルが答える。

「判定の最終段階だ」

“それ”は続ける。

『……対象……三……』

空間に線が走る。

三人それぞれの位置に。

アッシュの線は濃い。

ゼルはさらに濃い。

リナは――

薄い。

リナが震える。

「……やっぱり……」

分かっていた。

でも、目の前で示されると違う。

アッシュが小さく舌打ちする。

「露骨すぎだろ」

ゼルは何も言わない。

ただ、見ている。

“それ”が動く。

ゆっくりと。

三本の線のうち、一本に触れる。

リナの線。

その瞬間――

リナの体が揺らぐ。

「っ……!」

存在が薄れる。

輪郭が崩れる。

アッシュが即座に動く。

「やめろ!!」

踏み込む。

だが――

止まる。

“それ”の前で。

見えない壁。

いや、“干渉できない領域”。

ゼルが低く言う。

「触るな」

アッシュが睨む。

「放っておけってのかよ」

ゼルは答える。

「違う」

「ここで無理に動けば、あいつが消える」

その言葉に、アッシュの動きが止まる。

リナは必死に立とうとしている。

だが足が地面を捉えない。

「……まだ……行けます……」

声がかすれる。

“それ”は感情なく観察している。

『……不安定……』

その一言で、さらに圧が強くなる。

リナの輪郭がさらに薄れる。

アッシュは歯を食いしばる。

「……クソが」

拳を握る。

だが殴れない。

届かない。

ゼルが一歩前に出る。

アッシュの横に並ぶ。

「選ばせろ」

静かな声。

“それ”がわずかに反応する。

ゼルは続ける。

「判定はまだ完了していないはずだ」

空間がわずかに揺れる。

『……猶予……付与……』

圧が一瞬だけ弱まる。

リナが崩れ落ちる。

だが消えてはいない。

アッシュがすぐに支える。

「おい、大丈夫か」

リナはかすかに頷く。

「……まだ……いる……」

ゼルが言う。

「時間はない」

アッシュはリナを見る。

そして――

初めて迷う。

ここまで一直線だった男が。

言葉を探す。

「お前……どうする」

リナは目を閉じる。

怖い。

でも――

逃げたくない。

ゆっくりと目を開ける。

「……行きます」

震えている。

でも、その声ははっきりしている。

アッシュは少しだけ笑う。

「そうかよ」

その瞬間――

“それ”が再び動く。

判定が再開される。

空間が震える。

ゼルが小さく呟く。

「……ここからが本番だ」

アッシュは前を見る。

拳を握る。

「だったら――」

一歩踏み出す。

「全部ひっくり返すだけだ」

静けさが終わる。

選ばれた結末へ向けて。

すべてが動き出す。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

今回は“戦闘”ではなく“存在の価値そのものが問われる局面”を描きました。

特にリナの立ち位置が明確に示され、今後の選択と展開に大きく関わってくる重要な転換点となっています。

次回以降はいよいよ最終局面に突入し、それぞれの選択が決定的な結果を生む展開へと進んでいきます。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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