表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/55

第35話:静かな時間

戦いのあとに残るのは、勝利ではない。

静けさと、空白だ。

その空白を埋めるのは、次の戦いではなく――

ほんの小さな日常かもしれない。

境界を越えて戻ってきた瞬間、空気が変わった。

音が戻る。

風が木を揺らす音。

遠くの鳥の鳴き声。

靴が地面を踏む、確かな感触。

「……あぁ、うるせぇな」

アッシュは思わずそう漏らす。

さっきまでの“無音”がまだ耳の奥に残っている。

リナが小さく笑う。

「でも、こっちの方が落ち着きますね」

「そうか?」

アッシュは肩を回しながら歩く。

体は重い。

だが、嫌な重さじゃない。

“戦った後の疲れ”。

それがはっきりしている。

ゼルは何も言わず、少し開けた場所に向かう。

そこは以前よりも歪みが少ない、安定した空間だった。

「ここで休む」

その一言だけ。

アッシュは笑う。

「お前が休むって言うの珍しいな」

ゼルは返さない。

ただ、腰を下ろした。

リナもその場に座る。

「……ちょっと安心しました」

ぽつりと呟く。

緊張が抜けたのか、表情が少し柔らかい。

アッシュは周囲を見回す。

「腹減ったな」

唐突な一言。

リナがきょとんとする。

「え?」

「いや、普通に」

アッシュは軽く笑う。

「さっきまで変なとこいたせいで、逆に現実戻ると腹減るんだよ」

ゼルが少しだけ目を開ける。

「食うのか」

「そりゃ食うだろ」

アッシュは当然のように言う。

少し間。

ゼルは立ち上がり、どこからか小さな保存食のようなものを取り出す。

「これでいいなら使え」

アッシュがそれを受け取る。

「あるんだな、そういうの」

「最低限だ」

リナも受け取りながら、少し驚いた顔をする。

「ちゃんと用意してるんですね……」

ゼルは答えない。

ただ、座る。

三人で簡単な食事をとる。

乾いたパンのようなものと、水に近い液体。

味は正直、良くはない。

だが、不思議と落ち着く。

アッシュは噛みながら呟く。

「……生きてる感じするな」

リナが小さく頷く。

「ですね……」

さっきまでの“外側”とは、あまりにも違う世界。

静かで、普通で、当たり前。

それが逆に、少し怖いくらいだ。

ゼルは黙って食べている。

その姿を見ながら、アッシュはふと聞く。

「なあ」

ゼルは視線だけ向ける。

「なんだ」

「お前も腹減るんだな」

一瞬の間。

ゼルは短く答える。

「必要だから食ってるだけだ」

アッシュは笑う。

「つまんねぇな」

だが、そのやり取りには不思議と緊張はない。

リナがふと空を見上げる。

「このあと……またあっちに行くんですか?」

少し不安そうな声。

アッシュは少しだけ考える。

そして、パンを噛みながら言う。

「行くだろ」

あっさりとした答え。

リナは少し黙る。

だが、すぐに小さく頷く。

「……そうですよね」

ゼルが言う。

「次はもっと深い」

その言葉に、空気が少しだけ変わる。

アッシュは笑う。

「いいじゃねぇか」

立ち上がる。

「その方が分かりやすい」

リナも立つ。

まだ不安はある。

だが、前よりは違う。

“ついていけるかもしれない”という感覚。

ゼルは最後に立ち上がる。

空を一度見上げる。

「準備はできているな」

誰に向けた言葉かは分からない。

だが、アッシュは即答する。

「とっくにできてる」

静かな時間は終わる。

だが、それは恐怖ではない。

次へ進むための、ただの区切りだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

「外側」との対比として、日常の存在感を強調することで、今後の非日常の重さがより際立つ構成になっています。

次回からは再び“外側の深部”へと進み、さらに上位の存在との接触が本格化していきます。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ