第1話:捨てられた場所で、俺は人になった
人は死んだあと、何になるのだろう。
英雄か、罪人か、それとも何も残らないのか。
この物語の主人公は、死んだ。
そして次に目を開けたとき、そこは異世界で――“ゴミ箱”だった。
誰にも見られず、誰にも必要とされず、ただ捨てられるものを受け入れるだけの存在。
だがその中で彼は気づく。
この世界では、“捨てられたもの”にこそ価値が眠っていることに。
これは、最底辺から始まる異世界転生譚。
そして、すべてを喰らい尽くし、価値の概念そのものを覆す物語。
過労で倒れ鼻を突き刺すような腐臭で、意識が浮かび上がった。
喉の奥が焼けるように痛い。息を吸うだけで吐き気が込み上げる。それでも俺は無理やり目を開けた。
「……どこだ、ここ」
視界に広がっていたのは、石畳の細い路地だった。左右には崩れかけたレンガ壁。足元には黒ずんだ水たまりと、積み上げられたゴミ袋。腐った野菜、割れた瓶、血のように黒い液体が滲んでいる。
どう見ても日本じゃない。
それどころか、まともな場所ですらない。
「なんで……俺、こんなとこに……」
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。
やけに軽い。妙に動きやすい。
恐る恐る自分の手を見る。泥で汚れているが、確かに人間の手だった。指を動かせば、ちゃんと動く。だが同時に、頭の奥で何かが軋む。
――違う。
こんな身体、俺は知らない。
次の瞬間、記憶が流れ込んできた。
暗い箱の中。何かを放り込まれる衝撃。腐臭。満杯になる圧迫感。開けられては閉じられ、ただひたすら“捨てられるもの”を受け入れ続ける存在。
「……っ、は……?」
息が詰まる。
理解したくないのに、理解してしまう。
俺は――ゴミ箱だった。
誰かに使われ、不要になり、そしてこの路地裏に捨てられた“モノ”。
その記憶が、まるで自分の過去のように脳に刻み込まれている。
「ふざけんなよ……なんで俺が……!」
叫びは虚しく壁に吸い込まれる。返事なんてない。ただ、どこかでネズミが走る音がするだけだ。
だが、同時にもう一つの“理解”があった。
――満たされた。
ゴミでいっぱいになった、その瞬間。
だから、変わった。
人に。
「……意味わかんねぇよ」
震える声で呟いたその時、足元に転がっていた黒ずんだパンに手が触れた。
ぐちゃり、と嫌な感触。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
『スキル【廃棄吸収】を発動します』
「……は?」
次の瞬間、手の中のパンが崩れ、まるで砂のように消えた。
そして、身体の奥にじんわりとした熱が広がる。
空腹が、わずかに満たされる感覚。
それだけじゃない。さっきまで重かった身体が、ほんの少し軽くなった気がした。
「今の……俺が、食ったのか?」
自分の手を見つめる。何も残っていない。ただ、さっき確かに“吸収した”という感覚だけが残っていた。
鼓動が速くなる。
意味不明な状況。だが、この力だけは直感的に理解できた。
捨てられたものを、喰らう。
そして、それを自分の力に変える。
「……なるほどな」
ゆっくりと立ち上がる。足は少しふらつくが、動けないほどじゃない。
視線を上げると、路地の奥に人影が見えた。フードを被った男が、袋を乱暴に放り投げている。
中身が飛び散る。壊れたナイフ、欠けた皿、そして何かの金属片。
男はそれを一瞥もせず、舌打ちして去っていった。
完全に“不要なもの”として。
その光景を見て、胸の奥がざわついた。
ああ、そうだ。
あれは――俺だ。
さっきまでの俺と、同じだ。
捨てられる側。
誰にも必要とされない存在。
「……だったら」
無意識に、足が前に出ていた。
散らばったゴミの前にしゃがみ込む。手を伸ばす。
もう迷いはなかった。
「いらないなら――俺がもらう」
壊れたナイフに触れる。
『スキル【廃棄吸収】を発動します』
次の瞬間、ナイフは光もなく消えた。
同時に、腕にわずかな力が宿る。
握力が、ほんの少し強くなる。
「……はは」
思わず笑いが漏れた。
腐ったパンよりも、明らかに“強い”。
価値があるかどうかは関係ない。
捨てられた瞬間、それはすべて俺の餌になる。
だったら――
この世界で一番強いのは、誰だ?
答えは簡単だ。
一番“拾ったやつ”だ。
「全部、拾ってやるよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
路地裏のゴミ。街の裏に捨てられたもの。誰かが手放した力。
そのすべてを喰らい尽くして。
いつか――
「捨てる側に、回ってやる」
その時、遠くから足音が聞こえた。
誰かがこちらに近づいてくる。
この世界での、最初の“出会い”が始まろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第1話は、主人公が“ゴミ箱として転生し、人になる”という少し変わったスタートになりました。
いきなり強いわけでも、特別な才能があるわけでもなく、ただ「捨てられた存在」から始まる物語です。
ですがこの世界では、“不要とされたもの”にこそ価値が眠っています。
主人公がそれに気づき、どう使い、どう生きていくのか――そこを楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、そんな主人公が初めて“この世界の現実”とぶつかります。
力の使い方も分からないまま、いきなりの危機。
果たして、生き残れるのか。
よければ、次の話も読んでいただけると嬉しいです。




