表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/55

第三章 第二幕:藏木

怨みと憎しみが一心に向けられる


それは当然のこと


それだけの事を自分はしているのだから


だから許してくれとは言わない


ただ――。







まだ日が顔を出したばかりの薄暗がりの道を行く者が、三人いた。

黒い布で身体を包み込み、正体は掴めない。

日中に歩いていれば怪しまれるであろう格好の三人は、一つの屋敷の前で足を止めた。

人里離れた場所に聳え立つ、古くはあるが立派な屋敷。

敷地に足を踏み入れると先頭の一人が黒布を取り、姿を曝す。

他の二人もそれに倣って、布を剥ぎ取った。


「やはり血生臭いですねぇ」


先頭に立つ者は二十前後の歳若い青年で、その言葉にあとの二人は無言で答えた。

返答を端から期待などしておらず、青年は戸を開け放った。

中は知っていなければ叫んでいるであろうほどに、凄惨な光景が広がっていた。

家屋の彼方此方に紅い模様が出来、其処彼処から鉄の異臭が漏れ出す。

目の前にはもう人ではない、ただの塊と化した物が転がっていた。


「作戦は成功したようですね」


「さすが天下のあけ…」


「胡麻擂りは無用です。それにまだ終わってはいませんよ」


青年が言葉を遮って睨みつけると、失礼しましたと引き下がる。

だがその顔は舌打ちしたそうに歪められていた。

安易に年下のくせに生意気なとでも思っているのだろう。

青年と他の二人は歳が掛け離れている。

他二人は三十代後半に差し掛かるかくらいの男。

青年は二十そこ等で、上の階級に居る為に年上にはよく思われていなかった。

敬語を使用していることが、せめてもの年上に対する敬意だった。

立場上、命令をしないというのは許されないから。

青年は家屋を見渡し、腰に帯びた刀に手を添えた。


「三手に別れ、状況の確認をしましょう。門脇殿は右から。鳥羽殿は左から。私は真っ直ぐ。生存者は…斬ることを許可します」


「「御意っ!」」


行けという合図に手を払うと、二人は目礼して左右へと別れた。

青年も真っ直ぐと部屋へ足を踏み入れる。

襖は戦いの過酷さを物語るように、全て壊されていた。

人の屍骸と血が青年の行く道を築いている。

全員一様に黒装束を着込む屍の顔に浮かぶのは、怒りと憎しみ。ただそれだけだ。

この一族を滅ぼす為の作戦参謀となったのが彼だった。

今この血の海と化した屋敷の惨事を引き起こしたのは、紛れもなく自分である。


「とはいえ、此処まで手酷くやれとは言ってないんですけどねぇ」


ここは忍びの有数の使い手とされる一族で、家名を“藏木”と言った。

情報において抜きん出ている忍びが相手であるが故に、自分が抜擢された。

知力の優れる明智家の人間である自分が。

何故この一族が滅びなければならなかったのかは、知らない。

死んでも尚、怨めしい眼が自分に向けられているようで、胸が締め付けられる思いがする。

滅ぼす理由は、まだ知らなくて良いことだと言われている。

自分はただの参謀で、まだ歳若い為に旗頭の右腕とまでは上り詰めていない。

言い返せば自分もこうなることが判っているから言えなかった。

ふと青年は思考を遮り、次いで一つの部屋の前で足を止めると、眉を顰めた。


「これは……」


恐らく最後の部屋であろう場所は、襖が壊れることなく、閉じられていた。

否、何者かによってまた閉じられたようだ。

一滴の血も付いていないことの不自然さが際立ち、その可能性が顕著となった。

何か仕掛けが施されていたという形跡も無い。

だがまだ生きた人がいることは確かだ。

青年は刀の柄に掛けてあった手を退け、懐へと忍ばせた。

そこには刀よりも使い慣れた、硬くて冷たいものがある。

その存在を確認し、息を潜めて、一気に襖を開け放った。

瞬時に前方から何かが飛来する。

青年は素早く手を出して懐の中で握っていたそれを広げ、飛来した物を弾く。

広げられた青年の持つそれは黒光りする鉄扇だった。

襲い来た物はクナイで、軌道を逸らされたそれらは床に突き刺さっていた。

目の前に眼を向けると、其処には年端もいかない少年が一人敵意を顕わに立っていた。

青年は驚愕に目を見開く。

いるのは四、五歳の少年一人。


――では、このクナイを投げてきたのは…?


眼前の少年を置いて、他にいるのは綺麗に並べられ、顔を白い布で覆われた三つの死体。

クナイの狙いは正確に、急所である頭と首を狙っていた。


「このクナイを投げてきたのは、貴方…ですか?」


それに返答はなく、一つのクナイを手に警戒し構えている。

だが返事がなくとも判っていたことだ。

此処で動けるのは…否、生きているのは彼だけなのだから。

青年は任務失敗のことよりも、生きている人がいたことに、そしてそれを発見したのが自分であったことに安堵していた。

例え目の前のこの子にとって苦痛でも、許し難いことであっても。


「この者達が貴方の家族ですか?」


返答がないであろうことを分かっていながらも、青年は語りかけ一歩歩み寄った。

少年の殺気が強まるが、気にした風もなく二、三歩だけ死体により、膝を付く。

次いで青年は掌を合わせ、軽く言を唱えて拝んだ。

少年がその思いにも依らない行動に眼を見張った。

本来殺した相手に対し、有り得ないことだ。

しかも殺気を放つ武器を構えた、残された敵の前で瞑目するなど自殺行為に他ならない。

今が絶好の好機だと思いながらも、少年の身体は動かなかった。

その意味不明な行動に、闘気を抜かれてしまったように。

青年は閉じた目をゆっくり開けると、少年に視線を向けて淡く微笑した。


「少しだけ、私の話を聞いて頂けますか?私の名は明智光秀…いえ、秀隆と言います。浅間の配下で参謀をしています」


その言葉で少年に殺気が戻る。

クナイを持つ手に知らずに力が籠もる。

青年はそのことに気付いていたが、意にも介さず言葉を続けた。


「此度の惨状を招いたのは…この戦略を企てた自分です。これに関しては申し開きも無い。許してくれとは言いません。ただ…」


「明智様、何処に居わしますか?」


話の途中で遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、青年は一瞬視線を声ある方へと向けた。

今来られるのは不味い。

少年は藏木の者だとバレれば間違いなく殺されるだろう。

逡巡していると少年がそれを絶好の油断だと踏み、クナイをしっかりと脇腹の位置で固定し、床を蹴って青年へと飛び込んだ。

青年が近付く気配に少年を振り返り、今起こっている事態に眼を見開く。

次の瞬間、肉を割く音がし、手をぬるりと紅く濡らす。

床に滴り落ちた赤い血は、その波紋を刻々と広げていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ