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第二章 第十三幕:始動

はじめよう


俺達の復讐劇を


此処からが本当の始まり――。







頭を垂れると、翠月は慌てて顔を上げるように言った。

その慌てようが面白くて密かに笑う。

だが顔を上げることはしなかった。


「上げよと申しておるのじゃ…!余はそんな事をされるような者ではない」


「否、貴方しかおりませぬ。私が見聞きしての結論にございますれば…」


「~っ!紳月も協同しておらんでどうにかしてくれ!」


慌てふためいて、翠月は矛先を同じように頭を下げる紳月に向けた。

困り果てた様子に紳月は苦笑して、顔を上げた。


「無駄だ。嘉月は一度言い出したら聞かないからな。俺は嘉月を信じて賛同するから、説得もできねぇよ」


人を見る目が嘉月にはある。

自分を敵ではないとすぐさま感じ取り、救いの手を差し伸べてきたように。

きっとレイも救われた一人に違いない。

だから自分には嘉月の言を破棄することなど出来はしない。

それに思った事に一直線の彼は、何を言っても頑として譲らないだろう。

でもそろそろ助け舟を出した方が良さそうだ。


「翠月…、頷かない限りずっとこのままだぞ?」


「~…!分かった!主となろう。だ、だからもう勘弁してくれ!」


嘉月の性格を把握したのか、涙ながらに翠月は是と答えた。

毎日これでは堪ったものではない。

もともと権力者の家柄、これも仕方のない事なのだと割り切った。

いずれはこうなると予期していたのだから、時期が早まったのだと思えば良い。

その返事に漸く嘉月は頭を上げた。


「それは良かった。感謝致します」


そう言って嘉月は微笑んだ。

完璧すぎるほどの満面な笑み。

二人は謀られた!とその時になって思ったが、もう後の祭。

返事を覆す事は許されないだろう。

向けられている笑みがそう感じさせた。

勿論全てが嘉月の計算した上での行動だった。

ここまで繋がりがあるというのに、どうして諦めることができようか。

それに隠しているようだが、権力者に成り得る血筋をしかと受け継いでいる。

お茶らけた言動の裏に、嘉月には本来の力が垣間見えていた。


「細身ではあるが鍛え上げられた身体をしているし、知能も俺と同等以上と見た。何ら問題はないだろう?」


口調を敬語ではなく、微笑を浮かべて普段通りに戻して言う。

そんな彼の態度に、翠月は罰が悪そうに頬を掻いた。


「そんな御大層な者ではないんだがのう。余からしてみれば、嘉月の方が上に見える」


「俺もそう思うけどな。でも人を騙す完璧な変装は、知力に入るんじゃないですかぁ?」


「…根に持っておるな。お主…」


間延びした声で言う紳月に、翠月は半眼で見据えた。

よっぽど精神的な喪失感と憤りを覚えたらしい。

女々しいのう、と呟いた声は嘉月にだけ聞こえ、紳月に気付かれないよう忍び笑った。

翠月は一度深く息を付くと、諦めたように苦笑した。


「ま、一度引き受けたからには努力するつもりじゃ。まだまだ至らぬ処もある故、何か気が付いたことがあったら申してくれ」


「それは俺達とて同じことだ」


「ああ、果そうぜ。俺達で長く待ち望んだ目的を…」


紳月がそう言った後、翠月はくすくすと笑い出した。

二人はどうしたのか分からず、顔を見合わせて首を傾げた。

翠月の顔を再び見ると、その笑顔は少し寂しそうに歪んで見えた。


「すまぬな。こんなに長く人と会話したのは何年ぶりかのう…」


その言葉で漸く合点がいった。

自分達よりも長い間、この人は一人で生活してきたのだ。

姿を隠し、自炊もし、情報を集め、只管予言通りにこの時がくるのを信じて…。

自分達などまだ年月が少ない。

嘉月は二年。紳月はすぐに嘉月と出会えたのだから。

何とも言えずに押し黙っていると、翠月は文に手を伸ばした。


「余はな…この“さすれば”の後を、安寧の世になる。と解釈しておる。随分、自己贔屓な考え方じゃがな」


慈しむように最後の一文をなぞる。

二人は急な話の転換に一瞬時を止めたが、すぐに笑みを浮かべた。

きっと此方が反応に困っているのが判ったから、話題を変えてくれたのだ。


「良いんじゃないか?闇が光に変わるってそーいうことだろ?」


「もし違ったとしても、未来を俺達の手で捻じ曲げてしまえば良い。そうなるようにな」


ふと嘉月は文を見てもう一枚あることに気付き、紙を捲った。

それは文の紙よりも長く、しかし書いてあることは一文だけだった。


「何だ、これは…?」


春日 翠月。

書かれているのは、今目の前にいる先程であったばかりの主の名。

その一文だけが、右端に書かれている。


「ああ、それか。奇妙じゃろ?端にそれだけ書かれておったのじゃ」


「何を意味すんのかとかは書いてないのか?」


「ないのぅ。じゃがその空白の行間は何かを思ってのことじゃろうが…」


そうとしか思いようのないものだ。

かといって意味の判らない自分達にとって、それはただの余白でしかない。

嘉月は顎に手を当て、考える素振りを見せた。

触った感じや臭いで、炙りだし文字でないことも分かる。

横からじっと紙を見つめていた紳月は急に思いついたとでも言うように笑った。


「あのさぁ、何の用途もねぇなら俺達の名前書いちゃおうぜ!」


「はぁ?」


「同志!っていう証にさ。紙に表明したらと…」


語尾が徐々に弱まってゆく。

それは自信がなくなったのか、嘉月の視線が怖かったのか。

実際、ろくでもないことを…と少し呆れて睨んでいた。

だがそれに反し翠月はおおっ!と手を打った。


「つまり血判みたいなものじゃな!これからは一蓮托生だしのぅ。良い考えではないか。紳月にしては」


「最後のは余計だ!」


紳月はいきり立って中身のない湯飲みを投げつけた。

それを翠月は難なくかわして、勝ち誇ったように笑った。

更に何かをしようとしたが、嘉月に止められ渋々座った。

犬の躾みたいだと紳月の短気さに溜息を吐き、翠月に向かい直した。


「しかし良いのか?そのように勝手なことをしても…」


これしか書いてないにしても、残された遺品だ。

だがその心配を他所に翠月は存外あっさりと応えた。


「構わぬだろう。それしか使い道がないしのう」


「しかし……」


「じゃあよ。その為に文様が書き残したって思えばいいんじゃねぇか?」


良い募ろうとする嘉月の言葉を遮り、紳月がそんなことを言い出す。

その言葉に何やら翠月も賛同したらしく、結託していた。

二人から期待の眼差しを向けられ、同時に相手は出来ないと嘉月は渋々了承した。

遺族が言うのなら、仕方がない。

楽しそうに墨の準備をする二人を遠巻きに見ながら、嘉月はこれからの苦労を思い溜息を吐かざるを得なかった。


「言うことを聞かない大きな犬が二匹か……」


そう呟いて一人想像をし、苦笑した。

紳月にせがまれて用紙の前に正座する。

伊佐美嘉月の名を翠月の横に書き、紳月が菟田野の名を嘉月の隣に書いた。

その用紙を囲み見て、三人は決心を固めた。



ここからが俺達の本当の始まり…。



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