第22話 仕事を任されて
翌朝、遊のスマートフォンがなった。
元気はつらつな声でマキノから回復したとの連絡が来た。
寝たら治ったとか。 ・・子どもか。
しかし体調を様子見するから、お店は3人で頑張ってくれとのことだ。
マキノさんがそんな殊勝なことするだろうか?・・やけに楽しそうだから考えがあるのかもしれない。そう言えば随分前から休みを取っていないから、春樹さんと出かけることにでもしたのかな。
「マキノさん元気になったって言ってるよ。でも今日は休むってさ。」
「ふうん。よかった。」
昨日、電池切れになったマキノさんが帰ってしまってから、真央ちゃんにも連絡を入れて、今日は3人でがんばろうぜという事になっていた。
春樹さんから鍵を渡されて、その鍵の重み以上の責任を感じたからか、いつも出勤は7時半なのに、なんとなく少し早く出て7時10分に着いて鍵を開けた。
真央ちゃんと有希ちゃんも、10分早く7時20分に来てくれた。玄関先を簡単に掃除して水を撒いて、プレートをオープンに。
「さあ、がんばろうかー!」
主将になった気分で掛け声をかけて、山菜ごはんを炊きはじめると、さっそくお客さんが来た。
「いらっしゃいませー!」
モーニングの注文だ。
注文をこなしながら、サンドイッチを用意する。
間に合うのかな・・・忙しさにドキドキしてくる。なんなんだろう手が震えてきた。
落ち着け。朝市の時間なんてちょっとぐらい遅れてもいいんだ。
お客さんだって、ちょっとぐらいなら待ってくれる。
やっていることはいつもと同じなのに、何かが違う。
少々遅れそうになっても、マキノが「だいじょうぶ、いけるいける~」と言えば、大丈夫な気がしたものだ。そうか・・。これがマキノが背負っていた責任ってものか・・。
いいや、あの人はお気楽な性格だから、何も感じないでやってるのかもしれないぞ。
くそ、オレはこの程度で気圧されるのか?
山菜ごはんが焚きあがり、一旦保温ケースに移す。湿気がこもらないようにしばらくふたは開けておく。
そして釜を洗って白米を炊く。モーニングのサラダの野菜とフルーツはもう洗って水を切ってあるから、たまごを焼けばいいだけ。ハンバーグを仕込みたいが、そんなヒマがないなぁ・・。
真央ちゃんがコーヒーとミルクティーを淹れていて、有希ちゃんはサンドイッチのカツを揚げている。何も言わなくても動いてくれるって言うのはいいな。
「モーニングセット2つあがり。」
「はーい。」真央ちゃんが返事をした。
次にすることはなんだった? パックとバランを出してこよう。まだ少しドキドキしている・・。
これを一人でできるか?平日だと弁当もするんだぞ・・・。何か忘れていないか考えすぎてしまう。ひとつづつ順を追って終わらせていこう。
パックに山菜ごはんを詰めてバランをおいてそこに昆布の佃煮を添えて輪ゴムで止め箸をつけて配達用のバスケットに重ねていく。
出来上がったサンドイッチの耳を落して、飾りの野菜と一緒にパックに詰めて、これも輪ゴムで止めてバスケットに重ねていく。9時をすこし過ぎた。
「半分できたけど、一旦持って行ってくれる?」
「はい!行ってきます!」
有希ちゃんがバスケットを自分の原付バイクの足元に置いて、ぶいーんと走って行った。
一便が出発すると、忙しさの山をひとつ越えたような気になる。しかし、そのまま作業はつづく。
「いらっしゃいませ~」
次は10時のお客さまだ。
真央ちゃんがトースターにパンを放り込んでタイマーをセットして、コーヒーを淹れてと作業をしている。
自分は朝市の残りの分をパック詰めしながら、ランチの下準備も少しずつ整える。
結構・・・頭の中が忙しい。でも、もう手は震えていない。
大丈夫だ。いつもと同じようにすればいいだけ。全体を把握するのと、先のことを考えるのは大変だが、余分なことまで考えることはない。まずは目の前にあるものを片付ける。
朝市の分は全部できた。カゴにも積んだ。
タイミングよく1便の朝市から有希ちゃんが戻ってきた。
「2便もできてるよ!」
「了解。じゃあもう一度行ってきまーす。」
ホッとしたら、ランチの注文が来た。まだ11時なのにな。でも用意はだいたいできてる。
「ハンバーグ1、ミックスフライ1、どちらもライスで。」
「ほーい。」
小鍋に煮込み用のソースを入れてハンバーグを放り込んで中火でときどきゆすって温める。皿をふたつ出して,野菜を盛る。油はまだ温かい。おっとトマト切るの忘れてた。
いや・・大丈夫。
「ランチできたよ~。」
「は~い。」
真央ちゃんが座敷側から、カウンターに乗せた料理を受け取って、お客さんに出す。
カランカラン と玄関が開く。
「いらっしゃいませー!」
真央ちゃんと遊の声が揃った。
真央ちゃんは、トレイにおしぼりとコップを並べてすばやく座敷へと案内する。
お客さんは5人だった。忙しいけど、やっぱハンバーグ作っとくか。
「ランチ5個~」
「はいはーい」
次第に、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。
ただ普通に仕事しているだけなのに。ただそれだけなのに。
なんか、オレ、仕事を任されてやってるっていう満足感っていうか・・。
オレだってやれるんだっていう自信っていうか・・・。
これって、きっと、・・・。
充実感っていうものだ。
カラダの奥から、力がわき出てくるような感じ。
どんとこい!もっと注文こいっ!
どんどん、どんどん、こなしてやるぞ!!
12時前に有希ちゃんも戻ってきた。
「ただいま。全部売れたよ。これお金。」
「お疲れさん。」
有希ちゃんは、朝市の分だけわかるように袋に入れてからレジに入れて、テーブルを片付けに座敷に上がった。
真央ちゃんが厨房の洗い物を手伝ってくれる。遊はランチを作りながら、仕込みをしながら、3人分の昼ご飯を作りはじめる。野菜炒めとスープでいいや。
「腹減ったな。そう言えばオレ、朝めし食ってなかった。」
腹は減ったけど、なんか笑えてくる。
真央と、有希も、なんか笑ってる。
「ピラフ上がりー」
「はーい。4番ブレンド2、レモンティ1お願い。」
「はいはーい。」
マキノが夜まで我慢できずに3時に顔を出すまで、3人は力を合わせて仕事を続けた。




