第21話 マキノ充電中
「ねえ、マキノを連れて帰りたいけど、このあと遊一人で回せる?」
「できますけど、終わるときはどうするの?あと、明日の朝市は?」
少し不安げに遊に聞かれて、春樹はにかっと笑った。
「それ、オレより遊のほうがわかってるんじゃないの?判断してみて。」
「ええと・・・。」
遊はその場でしゃがみこんで台下冷蔵庫の中を見て、しばらく視線を宙に浮かせて考えながら春樹に返す答えをひねり出した。
「今日買い物に行ってないから材料がちょっと厳しめ。山菜ごはんならできると思う。
サンドイッチまでするとなると、マキノさんいないなら時間がどうかなぁ・・。」
「サンドイッチの材料はあるの?」
横から有希ちゃんが口を出した。
「一応、ある。」
「私も手伝うよ?今日ぐらいの出品時間でいいなら、そんなに朝早くなくてもいけそうじゃん。明日真央ちゃんか未来ちゃん来るのかな。」
「シフトはー。真央ちゃんだな。おばちゃん組は出てない。」
「佐藤先生。私たちだけじゃ、頼りないかな?」
「いいや。いいんじゃない?でもお店を開けるんなら、ランチはどうするの?」
遊がまた冷蔵庫と食品庫を眺めて口の中でブツブツ言いながら指さし確認をしている。
「・・・思うと、マキノさんの把握能力ってすごいんだなぁ・・。」
「あの人は本能でやってるからね・・。」
「今日・・ハンバーグつくっときゃよかったなぁ。材料はあるのに。明日時間があったら仕込めるかな。買い物も行っときゃよかった・・。後悔なんとかになんて言うんだっけ・・。」
「先に立たずってこと?明日来る業者さんは?何とかならないの?」
「ええと・・田中ミートが来るはず。野菜は朝市を見に行って・・有希ちゃんがいればスーパーぐらいなら行ってくれるし、定番ランチだけにすれば対応できると思う。お米が減ってるけどオレが頼んでもいいかな?」
「どこに頼むかはわかってるんだろ?遊がすればいいさ。じゃあ、任せてもいい?」
「・・うん。あ、待って。レジはどうしたらいい?」
「そうだな・・万札だけ引き上げとくか。ここ狂わせると、敏ちゃんが厳しいからな。買った物のレシートなくさないようにしないと大変だよ?明日はなにか支払ありそう?」
「足りないものがあったら買うけど、明日大きな支払いはないと思う。」
「戸締まりも全部、遊に任せていいね。」
春樹は自分の財布を出して、千円札を数えはじめた。
「自慢じゃないが、今細かいのがいっぱいあるんだ。マキノがいつもどうやってるか知らないけど・・これおつり。硬貨は大丈夫?」
春樹は、自分の財布から千円札と5千円札合わせて1万円にして二束、2万円を遊に渡した。
遊は、戸棚の隅に隠すように入っている札入れを出して「これおつり用なんだ。」と春樹に見せた。
千円札で2万円入っていて、100円玉50枚が束になっている棒金と500円玉も何枚かありそうだった。遊はそこに今春樹から渡された2万円を一緒に入れた。
「それだけあれば充分かい?今あったレジの中の万札3枚はマキノに渡しとくね。」
「はい。」
その時、お客さんが立ちあがった。
同時に違うお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ~。」
「やあ春ちゃん。毎日暑いねぇ。」
「暑いですねえ。腰の調子はどうですか?」
今日のお客さんも、春樹の顔見知りだった。
「ありがとうございました~。」
遊がもといたお客さんの会計をして、有希ちゃんが今来たお客さんにお水とおしぼりを運んで行く。
「じゃあ、お先に。遊、有希ちゃん。わるいね下の勝手口からつれて帰る。裏口の鍵はかけとくね。あと頼んだ。頑張って!」
春樹は、店を二人に任せて、マキノと一緒に自宅へと帰っていった。
店の下のあの部屋は、マキノの自宅だった場所だ。
早朝から仕事をするために、今でも金曜日はあそこで寝泊まりしている。
病院へ行くつもりがないなら、そのまま寝ていても特に問題はないはずだ。
それを、マキノはわざわざ帰りたいと言った。
マキノにとっての家が、自分の家になっていることに気づいて胸があたたかくなる。
しかし、そういうことは表面に出さずにわざと渋い声を出してみる。
「あーマキノくん。重篤な状態になるまでに、この僕を呼んだのは悪くはないけども・・もう少し普段の体調を気にしてもらいたかったね。僕としてはね。」
「うぅ・・。」
「困ったやつだなぁ。この暑いのに、のどが痛いってさ・・。」
「ほっといて・・・。」
「遊には良い機会じゃないか?」
「うぅぅ・・。それは・・思う。」
「シャワーはどうする?」
「・・・。」
「夕飯は?オレがなんか作ろうか?」
「・・・。」
もう何を話しかけても反応がなく、そのまま車の中で寝てしまいそうな気配だったが、家に着いたのでなんとか家の中まで追い立てた。
エアコンはゆるめに設定してある。
マキノは気力を振り絞ってシャワーを浴びに行った。暑い部屋でころがっていたから、汗をかいたのが気になるのだろう。
出てくると、Tシャツにハーフパンツという姿でどさりとベッドにころがった。
「あっ待て。濡れた頭で・・。垂直に寝るとオレの居場所がなくなるんだぞ。」
「ふぁ・・。」
バスタオルを畳んで枕がわりに敷いてやって「薬飲んだ?」と尋ねた。
マキノはうつぶせのまま黙って首を横に振った。
「世話のかかる・・・」
そうは言ったけれども、それが面倒だったわけではない。
春樹が台所に行って、のどの痛みに効くという薬と水を持ってきた。
「胃に優しいやつだから、そのまま飲んで。」
「うん・・。」
マキノは一度起きあがって、甘くてにがい粉薬を口に含み、ごくごくとコップの水を全部飲み干し、またコテンと横になり目を閉じた。
春樹はベッドサイドにコップを置いて、しばらくマキノをながめていたが、自分もベッドに上がってマキノの横に寝ころんだ。
「横にいてもいい?」
「・・風邪うつる。」
マキノは返事をしたが目を閉じたままだ。
「ほんとに風邪か?疲れて熱だしてるだけだろ?」
「・・・。」
春樹が肘枕をして黙ってマキノの顔を観察していると、マキノが少し目を開けてちろりと春樹を見上げた。でも、すぐ視線がうつろになりまたふっと目を閉じていく。
・・・究極に眠いんだろうな。
そう思っているとまたうっすらと片目が開いた。
「・・・見ないで。」
春樹がまだ自分を見ているので、マキノはその視線を避けるように春樹の胸に頭をこすりつけた。子犬がするみたいに。
春樹は、シャンプーの匂いのする頭を抱いた。
愛しいものが腕の中にいる・・その幸せをかみしめていた。
「・・・マキノ、大好きだよ。ゆっくりおやすみ。」
ささやいてみたが、返事は返ってこなかった。
― ― ― ― ―
マキノは深夜に元気よく目をさまし,おなかがすいたと言って,ざるそばを自分でゆでて食べた。そして翌日もお店に行くと言ったが、それは春樹が止めた。
遊と、有希と、真央が張り切っているはずだから、3人でやらせるのも経験だという。
行くならば夕方。レジを閉めに行くぐらいで充分。
それもそうかと思って、マキノもゆっくりする気になった。
とりあえず、元気になったことと夕方に行くという事だけ、朝になったら知らせておこう。
心配してるかもしれないから。
「ざるそば食ったらもう一度朝まで寝ること。」
「・・はい。」
「子どもでももうちょっとHPの使い方心得てるよ?」
「はあい。」
あまり反省していなさそうな軽い声で、マキノは返事をした。




