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結 斎姫

 「ああ寒いっ!何でこのボレロ、ボタンついてないんだろっ!」

俺の隣を歩いている弓佳が、制服のボレロの前を思いっきりかきあわせた。


 女子の制服は、薄い灰色――弓佳にはグレーって言えと言われたけれど灰色は灰色だよな――のジャンパースカートをブラウスの上に着て、冬はその上に短いボレロを羽織る。

胸元がすかすかして風が入りやすい分、寒さが堪えるらしくて、弓佳だけでなく他の女子達も冬はぶつぶつ文句を言っている。

上からコートを羽織るなり、首にマフラーを巻くなりすれば良さそうなものなんだけれど、校則で制服以外の余分な物を身につける事が禁止されているのでどうしようもない。


 「学ランっていいよね、首までかっちり閉じるんだもん、あったかそう」

「ま、な」

俺の首元の辺りに羨ましげな視線を向けていた弓佳は、あ、そうだ、とちいさく呟いて。


 「ねえ!ちょっとでいいから、換えてくれない?ボレロと学ラン」

「はあぁ?何言ってんだよアホかおまえはっ!」

「何がアホよ!ホント寒いんだから!ちょっとぐらいいいじゃないのよケチ!」

「んな恥ずかしいマネしなくたって、家までもうちょっとだろ、我慢しろよ」

「我慢出来ないから言ってんの!あああ寒い寒い寒い~っ!」


 ……ああ、もう。

何でこんなやつと一緒に帰ってるんだ、俺。



 正月の電話以来、上村は電話も手紙もよこさなかった。

三学期が始まる前に俺が一度だけ書いた手紙にも、返事は来なかった。


 それは、何となく予想がついていた事だった。

俺が後先を考えないで、すごくとんでもない言葉を、あっさり口にしてしまったから。

……後になればなる程、あの時の自分が馬鹿に思えてくる。


 『ゆんちゃんって、タロー君には、特別なんじゃ、ないの?』

『そう、かも、しれない』


 特別、なんて言葉、彼女以外の子に使うべきじゃなかったんだ。

それも俺ときたら、その彼女の前で、他のやつに対して使ってしまったんだから。

上村が怒っても、俺に愛想をつかしても、文句は言えない。


 つまり俺は『振られた』という訳だ。


 これまでも告白した子や付き合っている子に振られたり、こっちから振ったりを繰り返して、その直後は落ち込んでも数日で『次行こ、次』と気持ちをすぱっと切り替えられたのに。

今回はひどい自己嫌悪で、何日たっても浮上出来なかった。


 初めて抱きしめた。初めて、キスした。

思わずそんな事をしたくなる位、今までの誰よりも好きだったんだ、と。

……いなくなってみて、今更のように気づかされた。

普段は深く考えないようにしていても、ふっと頭の中に余裕が出来ると、その事をつい思い出して、気が滅入ってしまう。

放課後、ひとりで辿る帰り道では、道端の何を見ても、上村と並んで歩きながら話したあれこれが思い出されて……余計に落ち込む毎日だった。


 そんな風に過ごして、半月程たった頃だったか

『よっちゃん、一緒に帰らない?今日、本家寄ってくから』

突然弓佳にそう言われて、一緒に帰った。

その次の日は

『堀之内のばば様が、つきたてのお餅御馳走するから帰りにおいでって昨日電話くれたの。よっちゃんも連れておいでって言ってたから一緒に行こ?』

と誘われた。

次の日も、その次の日も何か理由をつけられて。

……気がついたらなしくずしに、ふたりで帰るのが当たり前になっていた。

上村と帰りながらの話とは全然違う、中身スッカスカのすっごくくだらないやり取りをうだうだしながら。

今日のなんかもう最悪のケースだよ。

どこをどうすれば、制服の換えっこなんて馬鹿な事思いつくんだ、全く。


 ……でも。

こいつとの馬鹿馬鹿しいやり取りのおかげで、少なくとも下校の時は余計な事を考えずに済むようになって。

いつの間にか気持ちが、落ち着いていた。


 だからこれはこれで悪くないか、とも、思う。



 「んー、もうすぐ春だよね」

今の今まで寒い寒いと騒いでいた弓佳が、いきなりそう言った。

「はあ?」

「堀之内のお家の梅、もう咲いてるじゃない」

「え?」

言われて弓佳が指さす方を見ると、田んぼの向こうの堀之内のじじ様ばば様の家の垣根越しに、白い花がちらほらと咲いているのが、わかった。

「本家のはまだなの?」

「まだだったと思うけど……気がつかないだけかなあ」

「んじゃ、今日見てみよっと。案外ひとつふたつ咲いてるかもね」

「何、またウチ寄ってくのかよ?」

「だって、寒いんだもん!途中でちょっとあったまらせてもらったって、いいじゃない!」

首をすくめて叫ぶ弓佳の頬を、髪の切り先がさらりと掠めた。


 三学期最初の話題をさらったのは、俺の元服式でも、ポニーテールでもなかった。

始業式の日、すっぱり髪を切って段カットのショートヘアにした弓佳が登校してきて、クラス中が大騒ぎになった。

女子はみんな弓佳の回りを取り囲んで、

『どしたのゆんちゃん!』

『あんな長かったのにもったいない~!』

『小学校の時からずっと伸ばしてたのに!』

口々に言い立て、男子は男子で、

『何かあったのかな?』

『失恋したとか?』

『おいおい誰にだよ~』

えらく無責任な憶測を口にし合っていたんだけど、当の弓佳はけろりとしていて、

『巫女さんやるのに結構あちこち切っちゃって、そのままじゃみっともないし、短く切るしかなくってね。頭軽くなって、せいせいしたわ』

笑ってそう答えていた。

後で俺が

『ゆんちゃん、もしかしてあの髪、巫女さん……やるためだけに、伸ばしてたのか?』

恐る恐る、そう聞いたら

『うん、そうだよ』

あっさり頷かれて、後の言葉が続かなかった。


 三年か、四年か……その位前から。

そのためだけに、ずっと髪を伸ばしていたのか。

『楽しみだったんだもの』

元服式の日、弓佳はそう言っていた。

そんなに前から。

そんなに楽しみにしていたのか。


 ……何で?


 すごく聞いてみたかった、けれど。

弓佳のあまりにもあっけらかんとした態度に気圧されて、何となくその時は聞きそびれてしまった。



 「あ~あ、春が来たらわたし達ついに『受験生』になるのよねえ」

横の弓佳がため息混じりにつぶやく。

「だよなあ」

「元服式で踊る話を聞かされた頃なんて、中二なんてずっとずうっと先の話だと思っていたのに、結構あっという間だったわ」


 ……元服式、かあ。


 「ゆんちゃんってさ」

「んー?」

「十の頃に、元服式で巫女さんやる話聞かされたって、言ってたよな」

「うん」

「それからずっと、楽しみにしてたって」

「うん」

「何で?」


 俺の一々の問いに、弓佳があまりにあっさりうなずくから、気がついたら俺もリズムに乗せられて、さらりと問いを発していた。

と、弓佳は一瞬、目を丸くして。


 「何で、だろう?」

「へ?」


 意外な答えに、こっちも目を丸くする。

「いや、ね、改めて何でって聞かれても……うーん、巫女さんになれるのが嬉しかったから、かなあ」

首を傾げながら、考え考え答えを口にする弓佳に

『何で、巫女さんになれるのが嬉しかったんだ?』

更にそう、聞こうとして。

でも。


 「ふうん、そっか」

突っ込む代わりに、俺はそう返していた。


 『巫女さんになって踊るだけだし、大した事じゃない』

巫女さんになる弓佳を、上村が羨ましがっていたと聞いて、弓佳はそう言った。

でも、多分こいつは本当は、そうは思っていないはず、だ。

大した事じゃない事のために、四年も髪を伸ばすはずがない。

大した事じゃなかったら『巫女さんになれるのが嬉しかった』なんて言うはずがない。

じゃあ……何で?


 ……で。

何で俺は、そんな事がこんなに、気になるんだろう?


 弓佳が元服式の巫女さんの話を聞かされたのは、十歳の頃。

堀之内のばば様から、『宮江の一の姫』の話をされたのも、同じ頃。

『巫女さん』っていうのは、いわゆる昔の『斎姫』の事。

……だから。


 ――弓佳がよっちゃん護ってあげるんだから。


 あの時の言葉を、そのままに。

俺の為だけの『斎姫』として踊るのを、楽しみにしていたんだと。

そうだったらいいのに、と思うのは……俺の、ワガママなんだろうか。



 あそこの梅も咲いてる、あそこはまだだ、と。

沿道のあちこちの家の梅の木に目をやっては品定めしている弓佳の、楽しそうな横顔を、短い髪の切っ先がさらさらと掠めて、揺れる。

……何となく、触れてみたくて、手を伸ばしかけて。


 『男子は触っちゃだめなんだって』

同じような気持ちで手を伸ばして、するりと身をかわされた時の事を、不意に思い出して。

かざした手を、引っ込めた。


 もう、『巫女さん』じゃないのに。触っても構わないはずなのに。

何故だろう。

触れてはいけない、気がした。


 『従妹』の美奈や、理沙とは違う。

『彼女』だった、上村とも違う。

他の誰とも違う、特別な存在。けれど。

『巫女さんに選ばれるような立場じゃ、よっちゃんとは絶対結婚出来ない』


 決して手が届く事はない、俺の『斎姫』――。


 手が届かなくても。

側にいる限り、こいつはいつも俺を護ってくれている。

これまでずっと。これからも……多分、きっと。

だから、それでもう十分だ。

側にいてくれるだけで、俺はいつも安心していられるから。救われる気がするから。

だから。


 ワガママなのかも、しれないけれど。


 俺が、他の誰と付き合っても。

おまえが、他の誰と付き合っても。

いつかお互いに、他の誰かと結婚する事になっても。


 ずっと、俺の斎姫でいてくれ――弓佳。



 「あ!咲いてる!」

ぱっと輝く横顔と、嬉しそうな声。

「ほら、本家の梅、まだ少しだけど」

「ホントだ」

いつの間にか着いていた家の、門を入った横の梅の木の蕾が、ふたつみっつ綻びていた。

思わず見とれて足を止めた俺の横を、弓佳はさっさと通り過ぎて

「伯母さあん!ただいま!お邪魔しまぁす!あ~寒かったぁ!」

俺を差し置いて我が物顔に玄関の戸を開けて、中に入っていった。

「おい!ここおまえんちじゃないだろ!ただいまって何だよ!」

「よっちゃんの代わりに言ってあげたの!」


 宮江島ももうすぐ、春――。



 =完=


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