紅の半竜と異界の娘
あたしは久々に緊張しながら大きな両開きの扉の前に立っていた。その隣にはお馴染み眼鏡のイース。
「準備はいいですか?」
「どんと来い!」
あたしの返事を聞いたイースが扉の脇に立っていた体格の良いお兄さんに声をかけ、そして扉が開かれる。あ、お兄さん、ちょっと笑ってやがる。あとで覚えとけよ。
扉の向こうにあったのは所謂玉座。そしてそこに向かって真っ直ぐに伸びた赤いじゅうたんの上をあたしは歩く。胸はドキドキしてうるさいし、緊張で手のひらに汗をかいているけれど、それでも足が前に進むのは胸に秘めた決意と……多分、隣にいてくれるイースのお陰。いや、死んでもそんな事言ってやらんけど。
玉座から七・八メートルぐらい離れた位置でイースが足を止める。それに倣ってあたしも止まった。ここでの正式な礼なんか知らないので、学校で先生にするみたいに直立の姿勢から腰を曲げて頭を下げる。すると穏やかな声がかかった。
「面を上げよ」
おぉ! どっかで聞いた事のあるような台詞!! まさに王様って感じだな!
そう、今あたしは紅の国の王様と王妃様の前に居る。つまりはレビエント王子とレティシアのお父さんとお母さん。夏節祭後、すぐに外交のために国外へ出ていた二人が、最近やっと帰国したと聞いて挨拶に来たのだ。ついでに話したいこともあって、レイモンドさん、レビエント王子、レティシアにも集まって貰っている。だから当然頭を上げたあたしの目の間には火の国の王族が揃っていて……。うわぉ、思ってた以上に圧巻だ。しかも初めて顔を見る王様と王妃様。あの二人の親だけあってとんでもなく美形ぞろい。王様がなかなか良い体格のガチムチ系な所を見ると、二人共美人の王妃様似らしい。
「父達から話は聞いておる。そなた、娘の子守を引き受けてくれたそうだな。礼を言う」
「あ、いや……。お礼を言うのはこっちで……。あの……」
うー。ちゃんと敬語を使わなきゃと思うと余計に口が回らない。そんなあたしを見かねたのか、イースがあたしの背中をぽんぽんっと軽く叩いた。それに気が付いて隣を見たあたしにイースが笑う。いつもの笑みで。
(うん。なんか大丈夫かもしんない)
あたしはイースに笑みを返すと、再び前を向いた。
「今日はあたしの為にこんな機会を作ってもらってすいません。でも、今更かもしれないけど、聞いて欲しい事があったんです」
「うん。なんだい?」
陛下が柔らかく笑う。あ、その目元、レビエント王子に似てるね。なんだかそれに和んだあたしは息を吸い、そしてもう一度深々と頭を下げた。
「今まで沢山迷惑をかけてすいませんでした。それと、沢山助けてもらってありがとうございました」
頭を上げる。そこにはちょっと驚いた顔の王様と王妃様、目尻に皺を寄せて笑ったレイモンドさん、相変わらず妖艶美女な笑みを浮かべるレビエント王子、そして満面の笑みを向けてくれるレティシアがいる。だからあたしも彼らに向かって思いっきり笑って見せた。
「それと、これからまたしばらくお世話になります。よろしくお願いします!」
今まで言えなかった謝罪とお礼、そしてよろしくの言葉。どうしても言わなきゃならないと思った。これからしばらくの間この国で過ごす為に。これがあたしのけじめ。
隣のイースを見る。銀縁眼鏡の奥で、ワインレッドの瞳が柔らかく細められる。
「よろしく」
「こちらこそ」
とーちゃん、かーちゃん。ばーちゃんに一輝、光輝、郁。ごめん。そっちに帰るまでもうちょっと待ってて。ここはよく分かんない事だらけだし、時々いっちゃもんつけてくるオッサンはいるし、あたしを養子にするような変な奴もいるけど、でも良い奴の方が一杯いるから大丈夫。もう少しこっちの世界で頑張ってみる。
いつかそっちに帰ったら沢山土産話をするからね。美女王子とチビ竜姫と、そんでもって説教眼鏡のリーサルウェポンの事。絶対面白い話になるよ。
じゃあそれまで……、ちょっと寂しいけど、バイバイ。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
ここで『生真面目竜と不良な子守』は終了です。相も変わらず短い話で消化不良だな~と思った方、申し訳ございません。
年内の間に同シリーズでもう一話……、と思っているのですが実際はいつになるやら。さてさて、次はどこの国に行こう……。
ご興味のある方はしばらくお待ちいただければ幸いです。
ありがとうございました。
2012/11/9 橘




