本屋の妖精
「へえー、そんなことが」
「そうなんだよ。俺、ちょっと・・・感動したわ」
会社の昼休み、大樹は琉と電話で話をしていた。昨夜の出来事を誰かに話したくて仕方がなかった。
「しっかし、真知子ちゃんってほんと、純粋で可愛いよな。今までのお前の彼女やストーカーとは大違い。・・・お前、大事にしろよ?」
「ストーカーの話はやめろ・・・トラウマなんだ」
大樹はこれまで付き合ってきた彼女達を思い返していた。学生の頃から、数えきれないほどの女性から告白された。その中の数人と付き合ったが、皆、付き合った理由は大樹の容姿に釣られて。社会人になったら、それに加えて年収に釣られる輩も。そのことに辟易して、いっそ薬指にダミーの指輪でもしていようかとか思っていた時、真知子に出会った。見つけた、という方が正しい。
真知子の名前を知る前、大樹は真知子のことを「本屋の妖精」と呼んでいた。かなり行き過ぎた表現だが、平積みの本をこっそり並べ直している姿や、書店員を気遣う姿は、誰にも見えていない妖精が本屋を守っているように大樹には思えた。
しかも、「本屋の妖精」は、大樹と本の趣味が驚くほど合っていた。彼女と話をしてみたい。本の話をしたらどんなに楽しかろう。話しかけたい。けれども出来ない。自分にこんなに内気で思い切りの悪い部分があると初めて知らされた。
ウジウジ悩んでしまう時は、趣味に没頭するに限る。シルバーアクセの制作は大樹の生き甲斐だ。しかし、アクセサリーだけを身につけて外出する人間はいない。必ず服を身に纏う。大樹のアクセサリーは男性向けではなく、どちらかというと女性向けの華奢なデザインが多かった。それも、ややドレッシーな服向けのデザイン。
作品のデザインは過去に読んだ本の内容を題材にしているが、それを読み取れる人間はほぼいないだろう。大樹の頭の中でストーリーを解釈して、デザインに落とし込んでいるのだから。
パーティードレスのような豪華なドレスを見ると、創作意欲が湧き上がってくる。ドレスに釣り合うよう、アクセサリーの装飾もより豪華に。そういえば最近、同じハンドメイドサイトでドレスを販売している「ミソノ」さんの、一点もののカラードレスが人気だ。このクリエーターさんともいつかコラボしてみたい。お、今回はウエディングドレスなのか・・・ん?
気がついてしまった。
モデルをやっているのは。
彼女だ。「本屋の妖精」
これは・・・話しかけるしかない。
さりげなく切り出す。さりげなく会話を・・・
しかしどう考えても彼女は大樹のことを認識していない。こちらがこんなにも思い入れを持っているのに、それはとても虚しい事だった。
どうにかして彼女の視界に入りたかった。しかし、女性からあんなにアプローチを受けておきながら、肝心の自分は女性へのアプローチの仕方がさっぱり分からない。
思い悩んでいる時、チャンスは訪れた。
「本屋の妖精」が、大樹と同じ日、同じ時間帯に本を買いに来たのだ。
奇跡だ。しかし自分は、「本屋の妖精」を見下ろして棒立ち。
「本屋の妖精」は、自分のことを邪魔だと思ったのか、謝ってそそくさとレジに向かって行った。
いや、諦められない。
自分も本を掴んで、レジへ。彼女を追って書店の外へ。
そしてやっと・・・彼女に話しかけられた。
カフェで彼女と話をした後、家に帰るなり、大樹はベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
彼女にもらった名刺を取り出し、鼻に当てて匂いを嗅ぐ。当然、紙の匂いしかしないが、大樹はその匂いの向こうに、彼女の笑った顔を思い出していた。
「真知子さん、か」
まちこさん、まちこさん、と繰り返し呟く。
近くで見ても、洒落っ気のない、垢抜けない女性だった。そして、大樹はその初対面の彼女の前では、至極自然体でいられたのだ。例えが微妙だが、座りなれた椅子に腰掛けるような、着なれた服に袖を通すような感じ。
どこかで会ったことがあるような気さえする。
ベッドに大の字になって、深呼吸。微かに甘いような空気が鼻腔を満たす。
何か楽しいことが起こる予感がする。明日も、明後日も。
これは・・・恋?
これが恋?
だとしたら、頼むから永遠に続いてくれ。
自分はもう、引き返せないところまで来てしまっている。




