33.空よりも青く
33.空よりも青く
「きゃぁぁっ!」
「ミーナちゃんっ!?」
翼を失ったアルバトロスD.IVが急激に落下していく。
両翼が同時にもげたおかげでどちらか一方にスピンすることはないが、こうなってはもはや自由落下にも等しい。圧倒的な速度で落ちていく機体に対して、トライプレーンでも追いつくのはもはや不可能かと思われた。
「もっと、もっと速く飛んで!」
アーサリンは懸命にペダルを踏み込むが、いくらプロペラを回しても一向に速度は伸びない。機体そのものを前のめりに倒すことで左右のプロペラを下に向けることはできるが、真ん中のプロペラが揚力を発生させ続けているため、それがブレーキになってしまっているのだ。
「そ、そうだ……!」
真ん中のプロペラが余計なブレーキになっていることに気付いたとき、アーサリンは恐ろしいことをひらめいた。一歩間違えば自分が墜落しかねない方法である。だが、ヴィルヘルミナを救うためにはこれしかない。
「お願いトライプレーン……私に力を貸してっ!」
アーサリンは左右のプロペラも上に向けると、本来飛行時には絶対に踏み込まない後方にペダルを踏み込み、プロペラを逆回転させた。
―― ブィィィィィィィィィン! ――
本来プロペラというものは扇風機の羽と同じく、どちから一方向にのみ風を送るようになっている。もしも逆側にも同じ風量が発生したなら、せっかくの揚力が打ち消されてしまうからだ。
しかし上から空気を取り入れて、下へと送り込む形状の羽を逆回転させればどうなるか。答えは簡単、上に旋風が発生して下に向けて加速する。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
三つのプロペラから発生した風に押され、トライプレーンがもの凄いスピードで矢のように降下していく。
だが、本来トライプレーンの長い翼は真下からこれほどの風圧を受けることを想定していない。一応動力ユニットから補強のためのパイプは数本伸びているが、それでもすぐに翼がミシミシと悲鳴を上げはじめた。
「(もう少し……もう少しだけ頑張って……!)」
もうすぐヴィルヘルミナの機体にトライプレーンの手が届く。
「ミーナちゃん! もう一度手を伸ばしてっ!」
「アーティ!」
ヴィルヘルミナが機体の手を目いっぱい上に伸ばす。AMの腕はあまり高く上がらないため、全身でのけ反る格好だ。
そして、その体勢が結果的に功を奏した。人間のスカイダイビングでも体を広げれば風圧で速度が落ちるように、飛行に特化したアルバトロスD.IVの扁平なボディが風を受ける面積を増やし、落下速度を一時的に緩めたのだ。
―― ガシィン! ――
ついにトライプレーンの手がアルバトロスD.IVの手を掴んだ。だが、地面に墜落するまでそれほど距離はない。
「あっ……が…………れぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
アーサリンはペダルを全力でペダルを前に踏み込んだ。途端にプロペラが正回転に切り替わり、落下速度がガクリと落ちる。
だが、やはりトライプレーンでもAM一機を吊り上げるのには無理があった。まだ助かるには不十分な速度で落下が続いているだけでなく、さっきの無茶で翼が軋んでいるのだ。
「(このままじゃ駄目だ……こうなったら、パラシュートで脱出するしかない……!)ミーナちゃん、ハッチを開けて! こっちの機体に飛び移って!」
「ええっ!? そ、そんなこと……」
「急いで!」
「わ、分かったわ!」
二人はお互いに跳ね上げ式のコックピットハッチを開いたが、両機の体勢のせいでまだお互いの姿は見えなかった。アーサリンはプロペラが止まらないよう操縦ユニットから離れるわけにはいかないし、ヴィルヘルミナは自分の真上にあるハッチの扉を避けてトライプレーンのコックピットに飛び移らなければいけない。
「くぅっ……!」
ヴィルヘルミナはコックピットから身を乗り出すと、上にあるハッチの扉にしがみつきながら機体の真上によじ登った。もしも今ここで体が宙に投げ出されれば一巻の終わりだ。彼女は必死で両手に力を込め、アーサリンの姿が見える位置まで移動した。
「ミーナちゃん……よかった、無事だ……」
ようやくお互いの姿が視認され、二人が少しだけ表情を緩ませる。だがここで気を抜くわけにはいかない。このままジャンプするだけで落下してくるトライプレーンのコックピットにすぽりと入れるような気もするが、少しでも位置がずれたら上で回転しているプロペラに巻き込まれてしまう。
アーサリンが以前乗った複座式のパップと違い、基本的にAMのコクピットは二人の人間が入れるほど広くはない。だが今は多少体がはみ出しても問題ないので、なによりも位置を合わせることが肝心だ。
「(アーティ……そういえば、子供の頃にもこんなことがあったわね。あのときとは逆だけど、私もあなたを信じて跳ぶわ)」
「(ミーナちゃん、今度は私があなたを受け止める。絶対に死なせたりしないからね!)」
二人が同時にこくりと頷き、ヴィルヘルミナが機体を蹴って真上にジャンプする。
アーサリンはプロペラの回転速度を緩め、落下速度を落とすよりも機体を安定させることに努めた。そしてGETSが反応してくれるギリギリまで上半身を起こして両腕を広げ、飛んできたヴィルヘルミナの体を抱きしめるように受け止めた。
「ミーナちゃんっ!」
「アーティっ!」
お互いが名前を叫んだきり言葉に詰まり、それ以上なにも言えなくなる。だが感傷に浸っている時間はない。地上まであと二百メートルを切っている。すでにパラシュートでも助かるかどうか微妙な高度なのだ。
「そうだ、話は後。ミーナちゃん、私にしっかり掴まってて!」
「え、ええ!」
アーサリンは掴んでいたアルバトロスD.IVの手を離して身軽になると、ヴィルヘルミナの体を無理矢理引き寄せてコックピットのハッチを閉めた。
かなり無理のある体勢でレバー操作もできなければモニターも見えない。だが緊急脱出用のスイッチは、ハッチの裏側に設置されたモニターの下にあるのでそうするしかなかった。
そしてアーサリンは手探りで緊急脱出用のスイッチを探すと、機体をほんの少し上にのけ反らせてからそれを押した。こうすれば動力ユニットが上向きに射出されるため、落下の速度や衝撃を少しは和らげることができる。
「脱出するよっ!」
―― バシュンッ! ――
射出された動力ユニットはアーサリンの思惑通り、一度上向きに飛んでからパラシュートを開いた。トライプレーンが直前まで頑張ってくれたこともあり、あれだけの高さから落ちてきたにもかかわらず落下の速さはエレベーターの三倍ほどだ。
すでにシュトゥットガルトの上空からは少し離れていたため、落ちていく先は幸いにも草原である。これならユニットが着地する寸前に飛び降りて転がれば怪我もしないだろう。
―― ゴワシャァン! ――
操縦者がいなくなったことでプロペラの停止したトライプレーンが落下し、跪くような格好で着地する。両足は完全にひしゃげてしまったが、意外にも先に墜落していたアルバトロスD.IVよりは原形を留めていた。
「(ありがとうトライプレーン……あなたのおかげでミーナちゃんを助けることができたよ)」
アーサリンは壊れたトライプレーンに感謝を送りつつ、迫ってくる地面に対して身構えた。
「ミーナちゃん、飛び降りるよっ!」
「うん!」
二人はユニットを蹴って横に飛び、抱き合ったまま草の地面に転がる。おかげで衝撃が分散され、どちらも怪我一つすることなく着地することができた。
「ミーナちゃん、大丈夫!? 怪我してない!?」
上になっていたアーサリンが上半身をがばりと起こし、馬乗りの体勢のまま訊ねる。
「え、ええ……大丈夫よ」
「よかった……ミーナちゃんが無事で、本当によかったぁ……」
アーサリンは再びヴィルヘルミナの上に覆い被さり、わんわんと声を上げて泣き出した。
「アーティー……私はあなたに色々と酷いことを言ったわね。それなのに、あなたは昔と変わらず助けに来てくれた……こんな私を許してくれるの?」
「いいの……嫌われても、憎まれても、それでも私はミーナちゃんを助けるって決めたんだから」
「泣き虫は相変わらずだけど……強くなったんだね、アーティ」
「うん……連合軍のみんなと、ミーナちゃんのおかげだよ」
それ以上、二人はなにも語らなかった。ただ抱き合ったまま、アーサリンはなにも言わずに泣いていた。ヴィルヘルミナも泣いていた。
いくつもの大きな雲に覆われていた空はいつの間にか晴れ渡り、一面の青に染まっている。そして寄り添う二人をすぐ傍で見守るトライプレーンの左肩には、二人の友情の証であるリンドウの花が、それよりもなお青く輝いていた。




