32.蘇る友情
32.蘇る友情
仲間たちから先行したアーサリンとウィルマは敵の重要人物らしき者が乗る機体を撃墜せんと、二機のアルバトロスD.IIIに向けて集中的に攻撃を仕掛けていた。
二機のうち一機はアーサリンの目から見ても素人くさい動きで、自分と同じく飛行に慣れていないのが一目で分かるほどだが、もう一機の動きは歴戦のパイロットであることを感じさせる。どちらがゲルマニア軍の重要人物なのかは分からないが、いずれにせよ両方撃ち落としてしまえば同じことだ。
「ええいっ!」
―― スタタタタタタタタン! ――
アーサリンが敵機をなぎ払うように機銃掃射を浴びせる。無駄弾の多い撃ち方ではあるが、自分も空中戦には不慣れなのでこうしないと当てられないのである。
何発かの弾は鈍くさいほうの機体に命中するが、素早いほうには一発も当たらない。アルバトロスD.IIIは試作機とはいえ、トライプレーンのスピードをわずかに上回っているのだ。それどころか四機のうち二機のD.IVも妨害してくるため、攻撃する隙さえなかなか見つけることができなかった。
「アーティちゃん、大丈夫?」
「は、はいっ!」
「旧型の片方は大したことないけど、もう片方はかなり腕のいいパイロットが乗ってるね」
「それを守ってるのはヘルミーネ・ゲーリングと……もう片方はブリュンヒルデ・レールツァーですね。どっちも厄介な相手です」
ウィルマにしてみればブリュンヒルデも“大したことないほう”に分類されるのだろうが、アーサリンにとっては十分に強敵だ。自分がどうこうできるとすれば遅いほうのアルバトロスD.IIIのみだろうと、アーサリンは攻撃目標をそちらに絞ることに決めた。
「私は動きの遅いほうを狙いますから、ウィルマ中尉は速いほうをお願いします。二人で両方倒しちゃえば、誰がどっちに乗ってても当たりですから」
「だね。りょーかい」
狙うべき敵が決まり、二人はそれぞれ親衛隊とポリーヌの機体を攻撃しようとする。だが敵はそれよりも先に、ヴィルヘルミナとローラの機体に向かって猛スピードで襲い掛かった。
「あっ!」
ヴィルヘルミナが狙われていることに気付いたアーサリンは、彼女に背後から近付いていくアルバトロスD.IIIを食い止めようとした。だが逆側から突っ込んできたヘルミーネに銃撃され、一瞬の切り返しを余儀なくされる。
「くっ……邪魔しないで!」
アーサリンが怯んだその隙に、アルバトロスD.IIIはヴィルヘルミナを後ろから羽交い絞めにしていた。これでは敵を撃とうとすれば、ヴィルヘルミナまで巻き添えにしてしまう。
「ど、どうしよう……これじゃミーナちゃんが……」
この状態では敵もまたヴィルヘルミナを撃てないはずだが、さりとて自分が助けに入ることもできない。アーサリンがどうすべきかと悩んでいると、先ほどニアミスしたヘルミーネが信じられないことをした。なんと彼女はヴィルヘルミナの機体にしがみついている味方機ごと、両手のハンドマシンガンで銃撃しはじめたのだ。
―― バギャギャギャギャギャギャギャギャァン! ――
「ああっ!」
突然の凶行にアーサリンが悲鳴のような声を上げる。いくらヴィルヘルミナが裏切り者扱いされているにせよ、味方機ごと容赦なく撃ち落とそうとするなど彼女には考えることすらできなかった。
無数の銃弾を浴びせられ、翼が穴だらけになった二機がバランスを失って落下しはじめる。まだ両翼とも原形は留めているので一気に落ちていくことはないが、もし片方でも翼が折れれば死のスピンに陥ることは避けらない。
「ミーナちゃんっ!」
アーサリンは左右のプロペラを前に向けると、全速力でヴィルヘルミナの機体を追った。いくらアルバトロスD.IVが軽いとはいえ、一機だけでその落下を止めることなどできないだろう。だが少なくとも速度を落とすことができれば、命だけは救える可能性があるかもしれない。
「アーティちゃんっ?」
「ウィルマ中尉、ごめんなさい! あの機体を追わせてください!」
アーサリンが落下していく敵機を追いはじめたのは、まだ少し離れた場所にいる仲間たちからも見えていた。だが、放っておけば勝手に墜ちてくれる敵をどうして追っていくのかはルネにも理解できない。
「アーティちゃん、あとは墜落するだけの敵機をどうして……?」
「少佐……あの機体に乗っていると思われるヴィルヘルミナ・ラインハルトは、実はアーティちゃんの幼馴染なんです」
「彼女は親友だったというその幼馴染をゲルマニア軍から抜けさせるため、他のパイロットに撃破される前に自ら捕獲、もしくは投降させるつもりだったと……」
唯一アーサリンの事情を知るジャクリーンとシェリルが真相を明かす。それを聞いて、ルネはようやくアーサリンの一連の言動に納得がいった。
「そう……だからあんなにもパイロットになることを強く望んだのね。さっきあの二機を襲っているほうを叩こうと言ったのも、全ては幼馴染を助けるため……」
「少佐、じゃあ私たちも助けに行きましょうよ! そりゃラインハルトは敵かもしれないけど……あいつがあんなに頑張ってたのが親友のためだったっていうなら、私も協力してやりたいです!」
「エダちゃん、私だってそうしてあげたいわ。だけど、この距離じゃ落下していく二人のスピードに追いつけない。ウィルマちゃんも残った敵の相手でそれどころじゃないだろうし……ここはアーティちゃんに任せるしかないわ」
「くっ……死ぬなよアーサリン、私のエレキギターを聴くのはお前が最初なんだからな。なんならその親友も一緒にノースアメリカに連れてこい!」
エダは意外と涙もろく、こういう話にはめっぽう弱い。彼女は少し目を潤ませながら、急降下していくトライプレーンに向かって叫んだ。そしてその叫びは、無線を通じてアーサリンにも届いていた。
「エダさん……少佐……ジャクリーンちゃんにシェリルちゃん、みんなありがとう……私、今度こそ絶対にミーナちゃんを助けてみせるっ!」
アーサリンはさらに速度を上げ、アルバトロスD.IVにあと数メートルのところまで肉薄した。だがそれ以上スピードは伸びず、翼が崩壊してさらに落下速度を上げていくヴィルヘルミナに追いつけない。
「ミーナちゃんっ!」
アーサリンは一か八か、無線でヴィルヘルミナに呼びかけてみることにした。前に戦場で会ったときのようにアイカメラを点滅させ、無線の周波数を自分と合わせるよう信号を送る。
―― ザザッ…… ガガ…… ザーッ…… ――
「ミーナちゃん、聞こえる!? 聞こえたら返事をして!」
「アーティ……あなた、どうして私を追ってきたの?」
ヴィルヘルミナが冷めた口調で通信に答える。どうやらアーサリンが追ってきたのは彼女も気付いていたようだ。
「そんなの当たり前じゃない、ミーナちゃんを助けるためだよ!」
「あなたはまだそんなことを……私はあなたなんかに助けて欲しいなんて思わない。私の大切な人に傷を負わせ、名誉を奪ったあなたなんかに」
「…………!」
「それにね、私はもう疲れちゃったの……マルグリット大尉だけじゃない、私のせいで多くの仲間たちを死なせてしまった。私が守りたいと思っていたのは家族だけだったはずなのに、いつの間にかできていた大切なものを、私は守ることができなかった。だから私はもういいの……あの世でみんなに謝らなきゃ」
「馬鹿ぁっ! そんなの、死んだ人たちだって望んでるわけないよ!」
「――っ、あなたに私たちのなにが分かるっていうの!」
「分かるよ! 私だって連合軍で初めての友達がすぐに死んじゃったもん……けど、生きてることがその子に申し訳ないなんて思わない。その子と逆の立場だったとしても、会いたいから早く死んで欲しいなんて思わない。仲間なら、友達なら自分よりずっと長生きして、自分の分まで幸せになって欲しいって思うよ!」
「…………」
「なにより私が嫌だっ! 私がミーナちゃんに死んでほしくないっ! …………お願い……私のために生きててぇ……」
「あなたは……またそんなワガママを……」
「ワガママでもなんでもいいよぉ……ミーナちゃんが死んじゃうなんて嫌だぁ……」
アーサリンの顔は涙でぐしゃぐしゃになっているのだろう。見えなくてもそれが分かるのか、ヴィルヘルミナはふと昔を思い出した。
「あなたはいつもそうして泣いていたわね。そしていつも私がそれを慰めていた……それが、私たちの宿命なのかな」
「そうだよ……ミーナちゃんは私をいつも助けてくれた。だから私もミーナちゃんを助けたいの。私はいつだって、どんなときだってミーナちゃんの味方でいる。それが約束だったでしょ」
アーサリンの行動には打算も裏表も一切ありはしない。ただ友達を救いたいという純粋な一念があるだけだ。一度は死を覚悟したせいだろうか、今のヴィルヘルミナはその想いを素直に受け入れることができた。
「アーティ……」
ヴィルヘルミナが機体の手を伸ばし、アーサリンに助けを求めようとする。だが次の瞬間、
―― めぎゃん! ――
無情にもアルバトロスD.IVの両翼がへし折れた。




